#01
『ホロウシュ』のカール=モ・リーラからの報告を受け、エテルナ達旅館主が捕らえられているネドバ台地の採掘場へ、ノヴァルナらが救出に向かったのは真夜中の事だった。
“三日月の星”と呼ばれるこの惑星特有の、最初から三日月型をしている月が浮かぶ夜空の下、ノヴァルナはランとササーラ、ハッチの『ホロウシュ』。そしてノアとカレンガミノ姉妹と一緒に、採掘場の周囲を覆う草むらの中を、バイクを押しながら接近していた。全員、『クォルガルード』から運ばせた、赤外線ゴーグルを装着している。
ネドバ台地はバンクナス大火山に近いため、草むらをそよぐ夜風が、硫黄の匂いを運んで来る。聴覚が捉えるのはガサガサと草を揺らす音と、チーチー、ジリジリという虫の声だけ…
やがてノヴァルナの赤外線ゴーグルが、前方で点滅する赤く小さな光を映した。先に潜入していたカール=モ・リーラが迎えに出て来たのである。駐機場にいる貨物船から盗んだ作業着を着たままだ。
「ノヴァルナ様」
近づいて来たノヴァルナに、モ・リーラが軽く頭を下げて呼びかける。
「おう。ご苦労、モ・リーラ」
労をねぎらったノヴァルナは、明かりの少ない採掘場を見遣った。表向きはサルフ・アルミナの採掘場だが、実際は
ただモ・リーラからの最新の報告に、ノヴァルナは眼光を鋭くする。
「旅館主達を拉致したのは、見たところならず者ですが、それまで我々が温泉郷で追い払っていた者達とは違い、正体は傭兵のようです」
「なに?」とノヴァルナ。
「そしてそれがどうも…会話を聞いたところ、素性はあの『アクレイド傭兵団』と思われます」
「!!」
これにはノヴァルナも奥歯を噛み鳴らした。『アクレイド傭兵団』と言えば、二年前にノアを連れ去ろうとした、ノヴァルナにとって因縁深い相手である。そんな連中が相手なら、一泡も二泡も吹かせてやりたいところだ。ただ先の事まで考えを回すより、今は目の前の状況に対処しなければならない。
“ともかく今は、『オ・カーミ』達を助けんのが先だ…”
どこの鉱山でもそうであるが、この時代は採掘作業は、すべて作業用ロボットが行っていて坑内はほぼ無人だった。それが真夜中となると、少ない作業員は全て採掘場内の宿泊施設に引き上げて、機械が自動的に掘り続けるだけの、完全に人っ子一人いない状態である。
そして採掘法も変化しており、鉱脈スキャンによって全体の立体図を把握。一番埋蔵量の多い箇所に巨大な縦穴を穿ち、そこから鉱脈に沿った横穴を掘って行く、無駄な穴を掘らない方式となっていた。
エテルナ達が監禁されているのは、深さが五百メートルはあろうかという、その巨大な縦穴の底の中央。地下側の施設内にある管理棟だ。六角形をした三階建ての管理棟には明かりが灯っており、そこは無人ではない事が知れる。
照明がほとんど消されて薄暗い縦穴の中には、外周を渦巻き状に回りながら地上と底を繋いでいる、幅が五メートルほどの作業用通路があった。先行していたモ・リーラの案内で場内へ侵入したノヴァルナ達は、エンジンを切ったままのバイクに乗り、その螺旋状の坂道を音を立てる事無く一列に下っていく。こういった行動はナグヤ城の暴れん坊であった頃、『ホロウシュ』と一緒に、夜のナグヤ城を抜け出す際に何度も経験済みだ。
坑道内の警備システムはモ・リーラがすでに停止させており、無人状態という事もあって、侵入自体は容易かった。
しかしその視界に先にある、明かりのついた管理棟には警戒が必要である。天光閣の『オ・カーミ』達を連れ去ったのが傭兵であるなら、レバントンに雇われたならず者相手のような殴る蹴るだけでは済まず、場合によっては命のやり取りとなるかも知れない。念のために全員を武装させておいて正解だった、とノヴァルナは思う。軍事作戦のつもりでやるという指示を出し、全員が真剣モードになっている。
一方、管理棟の事務所に閉じ込められたエテルナ達は、さらに焦燥していた。
そうでなくても前日は話し合いで徹夜しているのだ。それなのに相手はさらに今夜も眠らせないつもりらしく、天井の照明が煌々と輝く下、ならず者を装った傭兵達に囲まれた中で、一列に座らされたままだった。しかも嫌がらせに、部屋の中には大音量の音楽がかけられている。そして旅館主ひとり一人の前には、立ち退き承諾書の書類ホログラムが浮かぶ。帰りたければ承諾マークにタッチしろ…というわけであった。
ただ事務所内にレバントンの姿は無い。夕食時になるとさっさとザブルナル市へ引き上げ、今はベッドの中で高いびきのはずだ。そして最初七人いた旅館主は、六人に減っている。新緑湯屋という温泉旅館を経営しているぺラスという男が、この仕打ちに耐えかねて、承諾書に押印して帰ってしまっていたのだ。
レバントンの代わりにこの場を任されたらしい、人相の悪い男が、昨夜から何も食べていないエテルナ達の前で、分厚いパテのハンバーガーをこれ見よがしに頬張りながら、面倒くさそうに言う。
「なぁ、あんたら。お互いそろそろ終わりにしようじゃねぇか。レバントンさんの話、悪くねぇんだろ?…スイッ!と承認ボタン押して、気持ち良く帰ろうぜ」
「………」
無言のままのエテルナ達に、別の一人も言い放つ。
「そうそう。さっき承諾したオッサンだって、今頃は“考え直して正解だった”って思いながら、一杯やってるはずさ」
執拗な説諭に負けて承諾し、先に帰る事を許された新緑湯屋のペトラの事を出されるがしかし、エテルナの気持ちは変わらない。
伝統ある温泉旅館を手放す気はもとより無いものの、万が一そうするにしても、これまでに離脱した旅館はまだ、与えられた代替地に新館が建っておらず、その上さらに、ここ数日でレバントンの卑劣さが明確となって事で、彼等を安易に信用する事への危険感が増した。保証の話をどのように出されても、かえって不安材料になるだけである。
「それに聞いたろ? 三日後にゃあ“略奪集団”ってのが、襲いに来るんだ。峡谷のあちこちに被害が出ても、まだ懲りねぇのかい?」
追い打ちをかけるように、今度は事務机の上に腰かけた一人が、ニヤつきながら声をかけた。そこから顔を逸らし、天井を仰ぎ見るとさらに不吉な言葉を続ける。
「なんでも噂じゃあ、峡谷を襲う略奪集団ってヤツら、BSIユニットまで持ってるって話らしいぜぇ…そんなのが暴れちゃあ、旅館そのものにも被害が出るんじゃねぇかなぁ…」
「!?」
その男の方を驚いて振り向く六人の旅館主。BSIユニットの話など、レバントンから聞いてはいなかったのだ。それをこの精神的に圧迫されたタイミングで告げたのは、巧妙な仕掛けであった。
「BSIユニット…そんなものに荒らされちゃあ…」
一人の旅館主が唇を震わせて、呻くように言う。心が折れかけているのだろう。そしてそれはあとの五人も―――エテルナも同じだった。もし天光閣の建物が破損するような事になれば、今の経営状態で修復など不可能…それが旅館組合長のレバントンの息がかかっているとなれば、修復費の補助など期待出来るものではない。
“なぜ、そうまでして私達を………”
レバントンの狙いがアルーマ峡谷の地下に眠る、金の大鉱床だとは知らないエテルナは、ただただ理不尽な今の状況に、ひたすら涙をこらえた。
するとその時、事務所の外で大きな物音が響く。そして男たちの争うような声。エテルナらを囲んでいたならず者達が、何事かと身構えた。
▶#02につづく
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