#06
こうして旅立ったノヴァルナ達であるが、彼が予想していた通り、その陰で動いているものがすでにあった。
ミノネリラ星系第三惑星バサラナルム、イナヴァーザン城―――
深夜のベッドルーム。就寝前のウイスキーを楽しむイースキー家当主、ギルターツの姿がある。二メートルはある巨躯を、小ぶりなテーブルセットに収めている様子は、ユニークでもあった。
父とされるドゥ・ザン=サイドゥを斃して二年。ドゥ・ザンの治世では敵対していた隣国、オウ・ルミル宙域のロッガ家、エテューゼ宙域のアザン・グラン家とも関係は修復し、領国のミノネリラ宙域は、ようやく政治的にも落ち着きを見せて来ている。そういう意味で父ドゥ・ザンを討って、母方の血筋である皇国貴族イースキー家を名乗ったのは正解だったようだ。
これでノヴァルナ・ダン=ウォーダの婚約者として、キオ・スー=ウォーダ家にいるドゥ・ザンの娘、ノア・ケイティ=サイドゥを捕らえ、ロッガ家にいる旧ミノネリラ宙域の宗主トキ家の、リュージュ=トキと政略結婚させていればなお良かったのだが、それはノア自身の奮戦によって叶うことは無かった。
目下のところ、イースキー家にとって目障りなのは、ノヴァルナが当主であるキオ・スー=ウォーダ家のみだ。キオ・スー家と同じ一族でオ・ワーリ宙域を支配するイル・ワークラン家とは、ロッガ家を介して友好関係とまでいかなくとも、不戦を暗黙の了解としており、シナノーラン宙域のタ・クェルダ家とも、トーミ/スルガルム宙域を支配する大々名イマーガラ家との関りで不戦関係にある。
そのキオ・スー=ウォーダ家とは、戦っていない…というだけで、敵対している事に違いはない。ドゥ・ザンとの戦いでキオ・スー家へ亡命した、旧サイドゥ家の兵士達の残された家族に慈悲を与え、これまでと変わらぬ生活を送らせてやっているのも、自分が寛容な主君であるところを見せる国内向けの政策の一環で、キオ・スー家との関係改善の足掛かりにするつもりなど全くなかった。
そのようなギルターツ=イースキーのもとに呼出音が鳴り、通信ホログラムの呼び出し画面がギルターツの視界の脇に現れる。ギルターツはテーブルに置いたグラスに、ボトルから琥珀色のアルコールを注ごうとしていた手を止めて応じた。
「何か?」
ギルターツが問うと、通信ホログラムは音声のみで返答する。
「はっ。夜分遅くに申し訳ございません。ギルターツ様よりご指定のあった、最優先人物の一人からメッセージが届きましたので、早急にご連絡させて頂きました」
「ふむ…誰だ?」
「キオ・スー=ウォーダ家の、クラード=トゥズーク殿にございます」
その名を聞いたギルターツは僅かに鼻を鳴らし、グラスにウイスキーを注ぐのを再開しながら「わかった。こちらに転送するがいい」と応じた。すると通信ホログラムとはまた別のフォルダーホログラムが浮かび上がる。ギルターツはそれに指先で触れて、目の前まで引き寄せた。フォルダーホログラムはそこで開封され、中からさらに書類のホログラムと、球体の星図ホログラムが展開する。
書類ホログラムに目を通したギルターツは、ボソリと呟いた。
「ノヴァルナ・ダン=ウォーダ…予定通りに出発したか」
そして星図ホログラムにはノヴァルナの、皇都星系ヤヴァルトへの航路が表示されている。それを眺めながら、今度は自ら通信ホログラムを呼び出し、キーを操作した。相手は陸戦隊司令部である。応対に出た当直士官に、ギルターツはノヴァルナの航路を確かめながら告げた。
「例の部隊、準備は整っているであろうな?…うむ。では明日、出発させよ。キヨウに到着するまでに、ノヴァルナを必ず仕留めるのだ」
どうやらクラード=トゥズークは、二年前のカルツェの謀叛に失敗して、主君カルツェの助命のお零れに預かり、九死に一生を得た事に懲りていないようである。そろそろほとぼりも冷めた頃だろうと思ってか、かねてより裏で繋がりのあるギルターツに連絡を取り、ノヴァルナの皇都行きの情報を流していたのだ。そして今回の情報ではノヴァルナの出発と、途中で立ち寄る惑星が記された、航路付きの星図まで添付されていた。
ギルターツが目を遣った半透明の星図ホログラムの向こうには、まるでクラードの薄笑い顔が浮かんでいるようであった………
しかも動きを見せたのはこれだけではない。思わぬ人物がノヴァルナの出発から数時間後、惑星ラゴンを離れようとしている。
キオ・スー宇宙港のターミナルビル。一見すると恒星間旅行に出かける新婚カップルのように、大きなバッグを幾つも抱えた若い男女が一組。一般人の乗客に紛れて、待合室に並べられた椅子に座っていた。
やがて搭乗予定の渡航便の搭乗開始時間が近付いた旨のアナウンスがなされ、同時に各乗客の視界の脇に、小さな案内ホログラムが浮かぶと、女性の方が先に立ち上がり、男性に声を掛ける。
「行きましょう。キッツァート」
その女性はカーネギー=シヴァ。そして男性は彼女の側近、キッツァート=ユーリスであった。ノヴァルナの対外政策に利用され、お飾りの宙域領主として二年間を過ごして来たこの女性が、ノヴァルナの不在中に何処へ行き、何をしようというのか。カーネギーに続いて立ち上がったユーリスは、忠誠を誓った姫を気遣うような口調で念を押した。
「本当に…宜しいのですね?」
▶#07につづく
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