#14
膝蹴りを喰らったファベルの反応は予想以上に大袈裟であったが、ノアにとっては好都合だ。“六角レンチ”の長い方の先端を拳から突き出して、床の上で苦しむファベルに背中からのしかかると、レンチの先端を喉に押し当てて喰い込ませる。細身のそれを力一杯突けば、柔らかな喉を突き破る事も可能だろう。
「命が惜しくば、手錠を外しなさい!」
「ぐえええええ…」
「早く!!」
余程ファベルにとって当たり所が悪かったのか、死にそうな声で呻き続けるこの男ににノアは声を荒げた。ファベルは手を震わせながら電子鍵を取り出し、言われた通りノアの手錠を外す。両手が解放されたノアはすぐに立ち上がって、ファベルのブラスターライフルを拾い上げた。射撃モードを確かめると、“麻痺”にセットしてある。ノアは躊躇わず、床の上で戦意を喪失しているファベルを撃って、意識を奪った。
さらにノアは、開いたままであった個室のドアから、通路の様子を窺い、無人であるのを確認するとブラスターライフルを手に、メイアとマイアが監禁されるはずであった隣の個室へ急いだ。ここへ連れてこられた際に、ノアが発したピーグル語は、“傭兵達を引き付けておいて”という意味である。
メイアとマイアの個室もドアが開いたままだった。物音はしない。用心しながら中を覗き込むノア。するとそこに見たのは、二人の傭兵が床の上に仰向けに並び、手錠をされたままのメイアとマイアに、足で首を絞められている光景だった。
どういう流れでそうなったのかノアには不明だが、ノアのピーグル語の言葉で、脱出行動の開始を知った双子は、傭兵達を引き付けておくだけに留まらず、自由を奪っていたのだ。
ノアは即座に二人の傭兵に、ブラスターライフルの麻痺ビームを浴びせて意識を奪うと、メイアとマイアへ駆け寄った。
「メイア、マイア! 大丈夫!?」
「はい…申し訳ありません」
こんな時にまで声を揃え、詫びの言葉を発するメイアとマイアを、ノアは心配そうな顔で叱りながら、気絶した傭兵から電子鍵を奪い取った。。
「何を謝っているのです」
鍵が外れて立ち上がる双子だが、僅かに体が震えている。まださっきの痛覚拷問の痛みが全身に残っているのだろう。ノアの胸の内に怒りが込み上げて来る。
「ノア姫様もよくご無事で、敵を倒されました」
メイアが自力で傭兵を倒したノアを称賛する。
「ええ。みぞおちを膝で蹴り上げたら、思った以上に効いたみたいで、ひどく苦しんで全く抵抗する気が失せたようでした」
双子の手錠を外してやりながら、膝蹴りを喰らった時のファベルの反応をノアが口にすると、二人は声を揃えて「え…」と小さく声を漏らした。同時に困惑の表情を浮かべる。
「どうしたのです?…二人とも」
手錠が外れて向き合ったメイアとマイアの、困惑の表情を見たノアが、不思議そうに尋ねる。すると双子は顔を見合わせたのち、言いにくそうに応じた。
「姫様はご存知なかったのですか?」とメイア。
「何がです?」きょとんとするノア。
「異星人は我々と似た体形をしていても、各器官の位置が違う場合もあります」
「そんな事なら、知っていますが?」
ノアのいつにない呑み込みの悪さに、もう一度顔を見合わせた双子は、姉のメイアの方が、“しょうがない…”といった顔をして、ノアに耳打ちした。
「姫様が蹴り上げられたのは、ナク・ロズ人の―――」
メイアの耳打ちを聞き終えたノアの表情はたちまち強張り、次いで耳まで真っ赤になる。そしてうつむき加減になると、絞り出すように双子に命じた。
「メイアとマイア…これは命令です。この話は今後、一切他言は禁止…特にノヴァルナ様の耳に入れる事は
ノアの動揺ぶりは、メイアとマイアに妙な可笑しさを与え、思わず体の痛みを忘れさせてくれた。笑いをこらえて、生真面目な表情を作って応じる。
「かしこまりました…」
一国の姫がナク・ロズ星人の、いったい何に膝蹴りを喰らわせたか―――そんな事がノヴァルナに知られでもしたら、鬼の首でも取ったように大喜びし、一生イジられるネタを与えてしまうに違いない…この日、ノア・ケイティ=サイドゥにとって触れるべからざる、“黒歴史”が誕生してしまったようであった。
「と…とにかく今はリカードとレヴァル、そしてドルグ=ホルタを!」
些か動揺が残る意識を振り払うように、強めの口調で命じるノア。主君からの命令が下ったからには、メイアとマイアも即座に気を引き締める。意識を失った傭兵からブラスターライフルを奪い取ると、マイアはこの個室区画の入り口へ向かい、警戒態勢を取った。一方のノアはメイアを連れ、ロックされた個室へと向かう。
最初の個室、ドア越しにノアが指示する。
「ロック機構を破壊します。念のため下がって!」
ノアが離れたところで、メイアがブラスターライフルを撃ち、ロッキングパネルを破壊した。ロックを解除されたドアをノアが開く。すると予想とは違い、その個室の中にはリカードとレヴァルだけでなく、ドルグ=ホルタも閉じ込められていたのである。
それでは残る一つの外部ロックされた個室の中には、誰がいたのかと言うと、この『ルーベス解体基地』の作業員達だった。十五名の作業員が一つの個室に押し込められていたのだ。
「作業員の方はこれで全員ですか?」
通路に出て来た作業員達にノアが尋ねる。他にも捕らえられているなら、助け出さなければならないとの考えからだ。
ノアの問いに、作業員の一人が口ごもりながら告げる。
「は…はい。も…元は二十二人でしたが、ヤツらが攻めて来た時に三人…そしてその…作業の協力を拒んだ時への見せしめだと言って、も…もう三人の者が宇宙服も無しに、エアロックから…」
「むごい事を…」
作業員の言葉にノアは表情を曇らせた。この基地の通信システムを恒星間量子通信妨害用に改変するのであれば、作業員に手伝わさせる方が効率がいいに決まっている。それを強要するために、罪もない命が奪われたのだ。
「ドルグ」
ノアは、他の作業員へ聞き取りを行い、何人かの弱っている者の健康状態を確かめている、ドルグ=ホルタに声を掛ける。
「はっ」
「作業員の方達の状況は?」
「敵がここを占拠したのは五日前。二日間、不眠不休で通信システムに手を加える作業を強要されてからは、この部屋に閉じ込められていたようです。食事もほとんど与えられておらず、数名はかなり体力が落ちております」
ノアはその言葉に「わかりました」と頷き、さらに続けた。
「私とカレンガミノ姉妹で脱出路を確保します。ドルグは作業員の方達を率いて、ついて来て下さい」
それを聞いたホルタは、顔色を変えて翻意を促す。
「姫様まで! それはなりませんぞ。私がカレンガミノ姉妹と―――」
「これは命令です!」
ノアがぴしゃりと言ってホルタの言葉を遮ると、ホルタは「姫様…」と困り顔をする。幼少の頃からノアを見て来たホルタは、こうなった時のノアが、あの“マムシのドゥ・ザン”でも手を焼くほどの、頑なさを見せるのを知っていた。つまりは議論の余地はないという事だ。
そのノアは、弟のリカードとレヴァルにも指示を出していた。
「貴方達もドルグと共に、作業員の方達を守るのです。例え若輩の身であっても、武家の男子であるなら、民間人を守らねばなりません。いいですね」
無論十一、二歳の子供に、十五人の大人を守れと言っても、出来る事など知れているし、逆に守られるぐらいだ。しかしそういう気構えを持て、というノアの言葉であった。凛としたノアの物言いに、リカードとレヴァルは背筋を伸ばし、力強く「はい!」と応じる。
「では、行きましょう」
「どちらへ向かわれます?」とホルタ。
「私達のシャトルを奪い返します。二十人の人間を一度に乗せるには、あれを使うしかありません」
それに…とノアは心の中で呟いた。
“あのシャトルには、私のBSHO『サイウンCN』と、メイアとマイアの『ライカSS』が搭載してある。それを使って、通信妨害システムを破壊して、イノス星系で戦っているノヴァルナに、無事を知らせなければ!”
▶#15につづく
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