#01

 

 キオ・スー城は混乱していた。


 昨日来より、イノス星系へ遠征している主君ノヴァルナの部隊と、連絡が取れなくなっているからだ。


 大陸南部の旧サイドゥ家居留予定地から、一足早く帰還していた家老のショウス=ナイドルは、この事態に緊急性を感じ取り、肩書だけとは言え総司令官の地位にあるシヴァ家のカーネギー姫と共に、筆頭家老シウテ・サッド=リンらと状況への対応を協議していた。


 キオ・スー城地下にある中央指令室では、各方面から届けられる情報から、連絡不通の原因を探った結果、イノス星系周辺と、このキオ・スー=ウォーダ家本拠地のあるオ・ワーリ=シーモア星系内の、どこかにそれが存在していると思われた。


「妨害工作と申すか?」


 シウテはベアルダ星人の熊のような顔に、訝しげな表情を浮かべて問い質した。司令部付きの情報参謀がそれに答える。


「はっ。イノス星系へ向けての、超空間量子通信のみが遮断されている事から、このシーモア星系内の中継基地のいずれかに、なんらかの工作が行われていると、判断されます」


 情報参謀の言葉に連動し、オ・ワーリ=シーモア星系内に存在する、超空間量子通信中継機能を持った施設の位置が、ホログラムスクリーンに表示された。

 施設は全部で十一。この内、指向性の強い超空間量子通信は、通信対象までを直線で結ぶ必要があるため、イノス星系方向へ短距離で、通信のやり取りを行う事が出来る施設は五つとなっている。


「それは間違いないのかね? イノス星系だけでなく、このシーモア星系でも妨害工作が行われているというのは?」


 ナイドルの質問に、情報参謀は首を振って応じた。


「イノス星系内だけの妨害工作であれば、ノヴァルナ様の艦隊から中継プローブを射出する事で、多少の時間はかかりますが、臨時の中継システムを構築する事は可能です。ですが、それすらも不可能となっている事から判断すると、受信側である我がシーモア星系でも、妨害工作が行われていると見るべきです」


 情報参謀の返答に「ううむ…」と唸ったナイドルは、シウテに向き直る。


「如何致しますか?」


 シウテは思考を巡らす素振りで指示を出した。


「そうだな…まずは自動化された、無人の中継施設を中心に、さらなる情報収集と分析を行うべきであろう」


 それを聞いてナイドルは両の目を瞬かせる。シウテの指示が、あまり理に適っているとは思えないからだ。すでにノヴァルナ艦隊と連絡が取れなくなって、一日が過ぎた今の状況であれば、もっと迅速な対応が必要なはずである。ナイドルは正直に疑問を呈した。


「それより先に、まずノヴァルナ様と連絡が取れるように、するべきではございませんか?」


「というと?」


「移動能力のある中継施設を動かし、ノヴァルナ様との超空間量子通信が、可能な位置に持って来るのです」


 ナイドルの意見にシウテは「それはならん」と否定の言葉を発する。


「ならんとは、何故にございますか?」


 頬の肉を引き攣らせて問い質すナイドル。


「もし他の中継施設を移動させて、それが罠であった場合はどうする」


 そう言ってホログラムスクリーンを指差したシウテは続けた。


「例えばこの第七惑星の機動要塞、『マルネー』を中継可能な位置に移動させたとして、その空いたエリアから敵が侵攻して来る可能性もあろう」


「敵?…と申されますか?」


「うむ」


「しかしながら、この星系に接近する艦隊など、感知されておりません。そのような備えが必要とは思えませぬが?」


 不納得顔で意見するナイドル。


「一概にそうとは言えぬであろう。事実、アイノンザン星系のヴァルキス殿に不穏な動きもあり、イル・ワークラン家のカダール殿も、この混乱に乗じて行動を開始する可能性が高まっておる。モルザン=ウォーダ家が彼等と連動している事も、想定しておかねばならん」


 そのように応じるシウテだが、ナイドルは首を捻るばかりだった。筆頭家老の話の中身は分かるのだが、所詮は可能性を恐れているに過ぎない。それが今、主君ノヴァルナとの連絡手段を回復させる事より、優先しなければならない重要事項だとは考えられなかったのだ。


「筆頭家老様。納得出来ぬ話ですが…もし、機動要塞等を動かせないのであれば、『ムーベース・アルバ』にいる、修理を完了した艦を幾つか出港させ、中継ステーションの代わりにするのは如何でしょう?」


 ナイドルは批判を口にするのではなく、即座に代替案を提示してシウテに賛同を求めた。この辺りは、内務担当家老を長く続けて来た実績が示す、臨機応変さであろう。しかしシウテは首を縦に振らなかった。


「…いや、まぁ…それについては、今スェルモル城へ戻っておる、クラード=トゥズークとも話を詰め、追って通達する。今回はノヴァルナ様にカルツェ様も従っておられるからな、向こうの意見も聞かねばならぬ」


「ですが、そのように手間をかけている場合では―――」


 煮え切らぬ態度に、ついに抗議の声を上げようとしたナイドルを、シウテの発する言葉が遮る。


「分かっておる。だから急いでクラードとも連絡を取る。貴殿は引き続き行う、情報収集の陣頭指揮を執れ」


 話はこれまでとばかりに強い口調で命じたシウテに、ナイドルは不信感を抱いたまま、カーネギー姫と共に中央指令室を辞した。通路に出てすぐ、それまで無言であったカーネギー姫が口を開く。


「シウテ様の仰りよう、私にはどうも理解できませんわ」


「私も同様にて…」


 そう応じたナイドルは心の中で呟いた。


“どうされたというのだ、シウテ様は…元々慎重な御仁ごじんではあったが、今回ばかりは、どうにも腑に落ちん…”





▶#02につづく

 

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