#19
一方、ドゥ・ザン軍は、ノヴァルナとアンドアの軍の戦闘開始より僅かに早く、ギルターツ軍と戦端を開いていた。
遠くにブラックホールが黒い穴を見せる、白とオレンジの色が混ざり合った『ナグァルラワン暗黒星団域』を背後に、ドゥ・ザンの総旗艦『ガイライレイ』と、その左右に横一列で三隻ずつ並んだ戦艦が一斉に主砲を撃つ。
さらにその周囲では百五十隻近い宇宙艦が半球陣を組み、接近するギルターツ軍を迎え撃っていた。ドゥ・ザン軍は三個艦隊、対するギルターツ軍は七個艦隊と圧倒的な戦力差だが、ドゥ・ザン軍に怯んだ様子は無い。
「無理に動く必要はない。動いてもこれだけの敵の数、こちらが分断半包囲されるだけじゃからな。それよりもよく狙って、効率良く敵を撃破するのじゃ」
総旗艦『ガイライレイ』の艦橋では、ドゥ・ザンが八の字髭を指で撫でつけながら、緊張感のない声で指示を出した。この老将の言葉通り、艦隊の後背に『ナグァルラワン暗黒星団域』を置いているため、ギルターツ軍はドゥ・ザン軍の背後に回り込めない状況である。
加えてドゥ・ザン軍が布陣した場所は、『ナグァルラワン暗黒星団域』の重力バランスが不均衡な、星間ガスの急流の中に出来た窪地状になっていた。そのためにギルターツ軍は数が多すぎる事が災いし、七個艦隊全てが、その窪地の中のドゥ・ザン軍に対して、充分な主砲の射角を得られない状況となっている。
したがって実際にドゥ・ザン軍と交戦しているのは五個艦隊で、互角とまではいかないまでも、ドゥ・ザン軍三個艦隊も充分に戦えていた。この辺りは流石に戦功者の“マムシのドゥ・ザン”である。
獲物を狙う肉食獣の群れの頭部のように、『ガイライレイ』の外殻に突き出た主砲塔が、一斉に敵艦に指向すると、赤い曳光粒子が眩く輝き、大口径ビームを撃ち放つ。
目標となったギルターツ軍戦艦は、すでに複数回被弾して過負荷状態になっていたアクティブシールドが崩壊。さらに次弾がそれを貫いて艦体を直撃すると、艦体を覆うエネルギーシールドをも貫通、外部装甲板に大穴を穿ち、辺り一帯を吹き飛ばす爆発を発生させた。明らかに機関部に支障をきたしたその戦艦は、一艦だけ別方向へ流されていく。
似たような光景はギルターツ軍のあちこちで見られ、各艦隊司令を切歯扼腕させる。それは無論、総司令官でイースキー家当主、ギルターツ=イースキーも例外ではない。さらに視界の中で三隻の巡航艦が爆発すると、ギルターツは司令官席の肘掛けを、ダン!と拳で叩いて怒声を発する。
「何をやっておるのか!!」
ただギルターツも喚くだけの無能ではなかった。若い頃からドゥ・ザンの
「第10艦隊のドーツェン=タルコスに連絡!」
「はっ!」
「第10艦隊は敵正面に進出。先陣を切り、突破口を開け、と伝えよ!!」
それを聞いて情報参謀は一瞬、表情を強張らせて応じる。
「は…ははっ!」
その命令を受けたタルコスは、座乗艦の艦橋で鬼の形相となった。
「先陣!? 先陣と言うか!!」
戦場で先陣を仰せつかるは武門の誉れである。だが今の状況でドゥ・ザン軍の正面に進出するのは、集中攻撃を受けて壊滅するのが必至だった。おそらくギルターツは、自分達に敵の攻撃を引き付けさせ、残りの艦隊で力押しするつもりだろう。
「く…」
タルコスは戦術状況ホログラムを見詰めたまま、ギリリ…と歯を噛み鳴らした。ギルターツが自分を選んだ理由…それが分かるからである。
ドーツェン=タルコスは、ドゥ・ザン=サイドゥ恩顧の重臣の一人で、ドゥ・ザン政権の内政面においてはドルグ=ホルタ、コーティ=フーマに次ぐ地位を得ていた。したがって今回、ギルターツ側についてはいるが、そのギルターツからドゥ・ザン側に寝返るのではないか、と当初から疑われていたのだ。そのため、嫡男を総司令部付き連絡将校という肩書で、ギルターツの近くに置かれ、事実上の人質に取られている。
「よかろう…我等が意地、ギルターツ殿にお見せするとしよう!」
ギルターツの総旗艦『ガイレイガイ』を振り向いて、カッ!とまなじりを開いたタルコスは、司令官席から立ち上がって命令を発した。
「第10艦隊全艦、全速前進。ドゥ・ザン様の艦隊の正面に出る! BSI部隊も全機発進させろ!!」
タルコスの第10艦隊が動き出すのを見て、大きく頷いたのはギルターツだ。身長二メートルの巨体を司令官席に収め直すと、残りの艦隊に命令を出す。
「これより第10艦隊が前進し、敵の攻撃を引き付ける。イナルヴァとウージェルは、敵の砲撃に隙が出来たところで第10艦隊に続いて前進。敵の防御火線に、楔を打ち込め。その後、残った艦隊全てで押し出す」
各艦隊司令から「了解」の応答が入るのを聞きながら、ギルターツは参謀長に指示した。
「オウラ星系付近で戦闘中の、ノヴァルナ軍の動きから目を離すな。状況は逐一、こちらに報告しろ」
▶#20につづく
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