#08

 

 ヴァルツの葬儀からさらに二週間が過ぎ、ようやくキオ・スー家も表面上は落ち着きを取り戻し始めていた。相変わらず二人揃って人前には姿を現さないノヴァルナとノアの、不仲説こそ収まる気配はないが、そういった話に世間が聞き耳を立てている事が、束の間であっても戦乱の世を人々が忘れているという証だ。


 だがそうなるとまた、コソコソと動き出す者が現れる。


 主君を失った事でまだ十二歳の嫡子、ツヴァール=ウォーダが後を継いだモルザン星系を、一人の男が秘密裡に訪れていた。ノヴァルナの弟カルツェの側近である、クラード=トゥズークだ。


 クラードはモルゼナ城へ到着すると、用意された一室へ通される。そこに待っていたのはモルザン=ウォーダ家の筆頭家老、シゴア=ツォルドであった。ヒト種に近い赤ら顔のジェヴェット星人で、四角い顔の耳には、彼等の種族の正装である、家系を示す大量のイヤリングがぶら下がっている。


 豪華なソファーセットに向かい合わせに座り、女性士官が用意した紅茶を啜りながら、世間話に花を咲かせる二人の様子は、一見すると単なる表敬訪問だった。しかしものの五分も経つと、二人は自然と前屈みになり、話す声をひそめ始める。


「…ところでトゥズーク殿。先の秘文で頂いた、お話は真意でございましょうや?」


 ツォルドが探るような目で尋ねると、クラードは恭しく頭を下げて応じた。


「無論の事…それ故に、私めがこうして、カルツェ様の名代みょうだいとして、こちらまで出向いて参ったのでございます」


「うむ。それをお聞きして安心いたした」


 カルツェの名代という事は、いわゆる全権大使という意味であり、その言動はカルツェ=ウォーダの言動そのものと判断していい。


「―――して、我等モルザンが、カルツェ様ご決起の際にお味方するとして、ご勝算はお有りなのであろうな?」


「無論の事」とクラード。


「だが近頃のカルツェ様は、ノヴァルナ様に従われておられるご様子…ご変節なされて、ノヴァルナ様に忠節を誓われる気に、なられたのではあるまいか?」


 ツォルドが懸念を伝える。確かに旧キオ・スー家討伐の辺りから、カルツェはノヴァルナの要請を素直に聞き入れ、ノヴァルナ政権の安定に協力する姿勢を見せていた。ただクラードはそれを聞くと、「これはしたり」と不満そうに言う。


「カルツェ様は時が満つるのを、待っておられるのです」


 クラードがそう告げると、ツォルドは「ほほぅ…」と興味深げに眼光を鋭くする。


「つまりは…今カルツェ様がノヴァルナ様に従っておられるのは、世を忍ぶ仮の姿。そのじつ、面従腹背にて決起の時を待っておられる…と?」


「いかにも、その通りにございます」


 頷きながら答えたクラードは、逆に自分から切り出した。


「…それで? モルザンの方々の、ノヴァルナ殿下に対するご不満…あてにして、宜しいのでしょうな?」


「うむ…我等が亡き前主君、ヴァルツ閣下の実直さにつけ込み、磨り潰されるまで利用したノヴァルナ様への恨み、家臣一同、拭い去れるものではない」


 どこでどう話が歪んだ…または歪められたのであろうか、故ヴァルツの領地モルザン星系に残されていた家臣達は、ヴァルツの死をノヴァルナの策略だと、思うようになっていたのである。そこに至る理由はこのようなものだ―――



 ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家当主収奪、これには叔父のヴァルツが、最大の功労者である事は疑いのない事実だった。


 この功績でヴァルツが得た報償は植民星系が二つと新生キオ・スー家の副将格、そしてナグヤ城の城主の地位だ。しかしこれは、ノヴァルナ父、ヒディラスに従って何年も戦い抜いて来たヴァルツの、これまでの功績を鑑みれば少ない。それはヴァルツからの申し出であって、周囲からの妬み嫉みを買ってまで出世しようとは思わない、ヴァルツの実直さと言ってもいい。


 だがこのように実直で控え目な叔父であっても、キオ・スー家の新たな当主となったノヴァルナは、すぐにヴァルツの存在を危険視するようになった。ヴァルツの実力と人望は自分を上回っており、いずれは自分の地位を脅かす存在になる…と、判断したからに他ならない。


 その結果、ヴァルツを暗殺したマドゴット・ハテュス=サーガイは、実はノヴァルナが放った刺客だという説が浮上して来た。


 マドゴットは旧キオ・スー家としてノヴァルナと対立した筆頭家老、ダイ・ゼン=サーガイと同じ祖を持つサーガイの血縁者だ。この血筋ゆえに今回のノヴァルナの勝利によって、他のサーガイ一族まで復讐の対象にされる恐れがある。世間の評判で乱暴者と言われるノヴァルナであれば、可能性の高い話だ。


 そこで自分も復讐の対象にされるのでは…と恐れたマドゴットが、いずれはノヴァルナの覇道の障害となるに違いないヴァルツの暗殺を請け負った―――という、それまで以上に説得力のある話が、流布しだしたのである。



 その説得力のある噂話が、いつしかモルゼナ城内でも広まって、ヴァルツの死は裏でノヴァルナが糸を引いていると、筆頭家老のツォルドをはじめとして、モルザンの重臣達は思い始めていた。





▶#09につづく

 

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