#01

 


「はぁ!? 誰が工作員だ、コラ!」


 黒いリムジンの白いレザー張りが施された座席に、胡坐をかいて座る紫紺の軍装姿のナグヤ=ウォーダ家当主ノヴァルナ・ダン=ウォーダは、目の前に展開したNNL(ニューロネットライン)情報サイト、『iちゃんねる』を映し出すホログラムスクリーンを睨み付けて、不満の文句を言い放った。素早くホログラムキーボードを立ち上げ、反論の書き込みを行う。


 隣でそれを見ていた婚約者でサイドゥ家の姫、ノア・ケイティ=サイドゥが揃いの軍装姿で眉をひそめ、ノヴァルナを窘める。


「ちょっと、ノバくん。何やってんのよ」


「ノバくん言うな」


 いつもの台詞を返しはするが、ノヴァルナはサイト書き込みの手を止めない。二人の向かい側の席にはノヴァルナの二人の妹、マリーナ・ハウンディア=ウォーダとフェアン・イチ=ウォーダが呆れた顔で眺めている。


 リムジンのスモークガラスの向こうでは、早春の曇天の下、満開のラゴンシダレザクラの並木が足早に流れていた。後方には同型のリムジン、前方にはSPを乗せた二台の車、さらにその前後には装甲車が付き、その前後を一般の警官が乗る六台ずつのバイクが護衛している。


 車列が走るのはスェルモルの市外、海岸線に沿って続く道路であった。スェルモル市はナグヤ城より低緯度に位置するため、三月上旬であってもすでに春が盛りだ。その先の半島にはスェルモル湾を周遊する観光連絡船の波止場が見える。


 そして場面をリムジンの中へ戻すと、ノヴァルナは苛立ち全開の様相になって、両手でガシガシと頭を掻いていた。


「ああ~もぅ! 何が“おまえ自宅警備員だろ”だっつーの!!」


 文句を垂れるノヴァルナに、見かねたマリーナが諫言する。ゴスロリ衣装のその右腕にはいつも通り、人相の悪い犬の縫いぐるみが抱かれている。


「兄上…ネットの書き込みなど、放っておかれたらよいでしょうに」


 すると赤白ピンクの衣装も目に眩しい下の妹のフェアンが、自分もNNLで何かを操作しながら、ノヴァルナをからかうように言う。


「そーそー、どうせいつもメッチャ叩かれてるんだし、見なきゃいいのにー」


「気になんだから、しょーがねーだろ!」


 そう応じて再び反論の書き込みを打ち始めるノヴァルナを、ノアはやれやれといった表情をして横目で見据えた。


「ねぇ」とノア。


「んだよ?」


 ノヴァルナは書き込みに集中したまま、ぞんざいな口調で応じる。それに対してノアは「前から聞こうと思ってたんだけど―――」と、前置きして言葉を続けた。


「そんなに批判されるのが嫌なら、ネット規制すればいいじゃない。星大名なんだし、皇国に申請すれば出来るでしょ?…実際、ウチのサイドゥ家やイマーガラ家、それにキオ・スーやイル・ワークランだって、星大名はみんな、一般人からの批判的な書き込みを規制してて、何もしていないのってあなたぐらいなものよ」


 ノアが言っている事は、星大名の間では別段珍しい事ではない。ヤヴァルト銀河皇国の政治形態は、民主主義の欠点を補完する『新封建主義』を謳ってはいるが、その実態はすでに変異し、旧い封建主義と大差がなくなってしまっている。そのため星大名による領地内での言論統制も、至極当たり前の事となっていた。したがってNNLの情報交換サイトなどで領民が、他国はともかく、自分達を支配する星大名家を批判する事は、大半の宙域国で不可能となっているのだ。


 だがノヴァルナは、ノアの言葉をあっさりと否定する。


「ああそれ、俺はやんねーし」


「どうして?」


「なんてったけか?…“人の口に戸は立てられない”ってヤツ? 批判しようって気持ちが民衆にあったら、規制したって止めらんねーし、むしろ不満は膨らむだけだろ。それなら好きにさせて、発散してくれた方がマシってもんさ」


 ノヴァルナが批判スレを意識的に放置しているのは事実であった。それどころか今年で三年前となる初陣から帰還すると、ノヴァルナは自分の領民達に、自分に対する批判を規制しないと宣言したのである。それを聞いた誰かが、NNL情報交換サイトの『iちゃんねる』に恐る恐るノヴァルナの批判スレを立てた。すると宣言通り、そのスレは何日経っても削除される事がなかったため、それをきっかけに今日こんにちの悪評が、民衆の間でも半ば公然に語られるようになったのだ。


「それ、分かっててやっておられるなら、ご自分から見に行っては一々目くじら立てて、反論を書き込む必要は無いんじゃないんですの?」


 冷たく言うマリーナに、ノヴァルナは当然と言った口調で言い返す。


「それとこれとは、話が別だ」


 これだもの…と肩をすくめるノアと二人の妹。四人を乗せた車列はやがて、半島の先にある波止場へと到着した。


 ノヴァルナらを乗せた車列が到着した波止場は、今日は臨時に閉鎖されており、入り口をパトカーと警官が固めている。そのような物々しい光景の中、ノヴァルナは「チッ!…今日はこれぐらいにしといてやるぜ」と負け惜しみっぽい言葉を残し、『iちゃんねる』への書き込みの手を止めてリムジンを降りる。


 周遊観光船の乗り場前には、今月付で外務担当家老に昇進したテシウス=ラームと、数人の文官、それに左官級の軍人達が待っていた。


 彼等は歩み寄って来るノヴァルナ達の姿を見て、全員がタイミングを合わせたように頭を下げる。ちなみにテシウスの外務担当家老というのは、先日逝去した次席家老セルシュ=ヒ・ラティオが兼任していた職で、まだ三十代の若さのテシウスの就任は、異例の抜擢と言える。


「おう、ラーム。みなご苦労」


 右手を軽く挙げたノヴァルナは、リラックスした様子で声を掛けた。しかし解せないのは、なぜこのような波止場にノヴァルナ達が来る必要があるのかだ。無論、星大名家貸し切りで、スェルモル湾周遊を楽しもうというのではない。


 ノヴァルナ達がここへやって来たのは、ある人物を出迎えるためであった。しかもその“ある人物”は現在、亡命者ともとれる状況に置かれている。


 すぅ…と軽く深呼吸し、潮風の香りを嗅いでみたノヴァルナは、傍らの軍人に気軽な調子で問い質した。


「んで、状況は?」


 その軍人は目の前に、監視衛星とリンクした長距離センサーのホログラムスクリーンを展開しており、自分達の主君と話すのは初めてなのか、親子ほども歳の離れたノヴァルナに硬い口調で応じる。


「はっ。間もなくこちらへ到着の予定ですが…追撃を受けているようです」


 それを聞いてノヴァルナは驚いたふうも無く、軍装のズボンのポケットに行儀悪く両手を突っ込むと、面白くも無さそうに告げた。


「ふん…逃げ切れなかったか。ま、想定内だがな」


 その直後、突堤の先にいた文官が電子双眼鏡を手にこちらを振り向き、大きな声で報告する。


「見えて来ました! こっちへ向かってます!」


 すると程なくして、水平線の向こうから高速で近付いて来る、水上船の姿が見えるようになった。右へ左へ大きく蛇行しているようだ。その航跡を追うように、白い水柱が何本も上がるのも同時に見える。ノヴァルナも傍らの軍人に片手を差し出し、電子双眼鏡を借り受けて目に当てた。





▶#02につづく

 

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