#15
キオ・スー側のBSI部隊を突破したノヴァルナ側のBSIユニットは、近くにいたキオ・スー艦隊副将の、ジーンザック=サーガイ率いる第4艦隊へ向かった。接近して来るノヴァルナ艦隊のBSI『シデン』に艦列が乱れ始める。
そうでなくともジーンザックの艦隊は、手強いヴァルツ=ウォーダの艦隊を相手取っている。ジーンザックの狙いは、ヴァルツ艦隊をマ・トゥーヴァ補給基地の防御兵器の射程圏内に引き込み、その火力支援と合わせて叩くというものだったが、BSI部隊の襲撃で早くもその狙いが崩れ始めた。
するとこれを見たヴァルツ=ウォーダは、艦隊の針路を変更し、縦列陣を組んでダイ・ゼンが直率するキオ・スー家第1艦隊へ向かう。キオ・スー第1艦隊はノヴァルナ艦隊のナグヤ第2艦隊と砲火を交わしていたが、平面的に上から見ると、その間にヴァルツ艦隊が割り込むように進んで行った。実際にはヴァルツ艦隊はダイ・ゼン、ナグヤの両艦隊の上空におり、上から撃ち下ろす形だ。
ヴァルツ艦隊の砲火で前衛部隊の三隻の重巡が立て続けに爆発し、さらに二隻の戦艦も損害を受けた。その閃光から目を背けたダイ・ゼンが怒鳴る。
「くそッ、ジーンザックめ。話が違うではないか!」
ヴァルツ艦隊は戦場を横断すると、そのままダイ・ゼン艦隊の後方にいる、ソーン・ミ=ウォーダの第1機動部隊へ向かった。空母部隊のソーン・ミ艦隊は、戦艦こそいるが空母中心の部隊で砲戦向きではない。猛然と距離を詰めて来るヴァルツ艦隊に、ソーン・ミ=ウォーダは怖じ気づいた。
「さ、下がれ。後退しろ!」
ソーン・ミは元来、臆病ではなかったが、先日のイェルサス=トクルガルを捕らえようとした戦いで、ノヴァルナの部隊に生け捕りにされており、不名誉を二度も被りたくないという思いが強い。ヴァルツはそれを知った上で少々強引な艦隊運動を行い、ソーン・ミの艦隊に迫ったのだ。
さらにこの動きを捉えたヴァルツ艦隊のBSI部隊指揮官、セロック=アガーゼアが自身の中隊を率いて敵BSI部隊の中を突破、ソーン・ミ艦隊に別方向から横撃を加えようとする。慌てたのはキオ・スー家のBSIパイロット達だ。彼等の大部分はソーン・ミ艦隊に母艦があり、それが失われる恐れが出て来たのである。ノヴァルナを狙う事より母艦を守ろうと引き返し始め、戦場がさらに混乱する。
敵のBSI部隊が浮足立った瞬間をノヴァルナは見逃さなかった。『センクウNX』をまず加速、配下の『ホロウシュ』を置いてけぼりにしておいて命じる。
「行くぜ! 敵の中核を叩く!!」
「で、殿下!」
一直線にすっ飛んで行くノヴァルナの『センクウNX』に、敵側の『シデン』を袈裟懸けに切り裂いたササーラが、慌てた様子で機体を翻してあとを追いかけ始め、さらにそのあとを他の『ホロウシュ』達が急いで続く。余裕があったのはランのみで、自らの乗る紫色のカラーリングを施した『シデンSC』を操り、スルスルと滑るように『センクウNX』に追いついて来て並走した。
しかもノヴァルナは『センクウNX』を操縦しながらも、戦術状況ホログラムで両艦隊の状況の把握も欠かさない。旗艦『ヒテン』に通信回線を開いて、参謀長のテシウス=ラームに指示を出す。
「テシウス。艦隊を押し出せ。宙雷戦隊を突撃させろ」
そう言いながら戦術状況ホログラムに指先で触れ、宙雷戦隊の突撃ポイントを指し示すと、それはNNLリンクを通して、『ヒテン』の艦橋中央に浮かぶ戦術状況ホログラムにも表示された。キオ・スー第1艦隊の後方に回り込んでソーン・ミ=ウォーダの空母機動部隊を襲撃中の、ヴァルツ艦隊のあとを追うコースだ。
「御意にございます」
テシウスからの応答があり、程なくしてノヴァルナ艦隊から第5、第9の二つの宙雷戦隊が分離、槍のような単縦陣を組んで突撃を開始した。そして重巡部隊は空母を護衛して後退、戦艦部隊が主砲射撃を繰り返しながら前進を始める。
「おのれ、こちらも宙雷戦隊を出して阻止しろ!」
ノヴァルナ艦隊からの宙雷戦隊の突出に気付いたダイ・ゼンが、対抗しようとする。宙雷戦隊の編成艦の数でも自分達の方が圧倒しているからだ。
だがその宙雷戦隊の分離のタイミングを狙っていたのが、ノヴァルナと『ホロウシュ』によるウイザード中隊だった。キオ・スー家のオペレーターの「敵機接近!」という叫びと同時に、宙雷戦隊の分離で出来た艦隊の隙間へ
「5宙戦、9宙戦。統制雷撃だ!」
その言葉に従いノヴァルナ側の宙雷戦隊が、三百近い宇宙魚雷を一斉に放つ。ノヴァルナがキオ・スー艦隊の宙雷戦隊分離の瞬間を狙ったのは、アーク・トゥーカー星雲でヤーベングルツ艦隊と戦った時と同じ戦法だった。
幾ら大艦隊とはいえ、いや大艦隊であるからこそ、宙雷戦隊を分離する際は艦隊再編のための隙が発生する。数で劣る部隊が大部隊にダメージを与え、戦闘の主導権を握る事が出来る少ない機会だ。
無論実際にはその隙は僅かなもので、凡百の将では簡単に突けるものではないのも確かである。簡単に突けない隙であるからこそ、宙雷戦隊の分離突撃は一般的な戦術となっているのだ。
しかしノヴァルナはその瞬間を―――敵部隊の戦術機動の…戦場の潮目を読む事にかけては天賦の才があった。硬い大岩を砕き割るための、
ノヴァルナ艦隊の二つの宙雷戦隊の放った、三百以上の宇宙魚雷が、ダイ・ゼンの艦隊に殺到する。ノヴァルナの『センクウNX』らに、重力子ノズルを撃ち抜かれた宇宙艦を中心に被害が続出して、幾つもの艦が陣形から脱落を始めた。その陣形の崩れた箇所から、ノヴァルナ艦隊のBSI部隊の一群が侵入し、さらに混乱の度合いを高める。
「こっ!…後退しろ! ナグヤ艦隊と距離を取れ!」
ダイ・ゼンは焦りの表情で命令を発し、さらに続ける。
「こちらのBSI部隊はどうした!? 総監のチェイロは何をしている!」
キオ・スー艦隊のBSI部隊は、総監のチェイロ=カージェスが指揮を執っている。だが前述の通りキオ・スーBSI部隊は、ノヴァルナ本人がBSHOに乗って戦場に現れた事で、それを討ち取って大功を挙げようと単独行動に出る機体が続出し、挙句の果てに統制を完全に欠いた状態となっていた。
チェイロも専用BSHO『シンセイCC』で戦場に出て、必死に部隊統制を回復しようとしている。
「四機小隊ごとに行動し、ナグヤのBSI部隊の迎撃に向かえ。バラバラになってしまった者は、近くの僚機と臨時の小隊を組んで行動しろ!」
チェイロ=カージェスは細身で目の鋭い男であった。ノヴァルナの『ホロウシュ』で、ナンバースリーの地位にいるヨヴェ=カージェスと同じ一族だ。この戦いはウォーダ家の内紛であるから、同族で争うのはウォーダ一族だけの話ではない。
一方、ヴァルツ艦隊の大胆な戦場の横断で、遊軍となってしまったのがジーンザック=サーガイ率いるキオ・スー第4艦隊である。ヴァルツの艦隊を引き付け、マ・トゥーヴァ基地の防御火線上へおびき出す当初の作戦が崩れて、取り残された形となってしまっていた。敵の誘引という作戦は、敵に戦う意志がなければ成り立つものではない。この場合、ヴァルツの意志は最初から、ジーンザックの第4艦隊ではなくダイ・ゼンの本隊―――第1艦隊に向いていたのだから、誘引する動きは逆に、ヴァルツにダイ・ゼン本隊への突撃をし易くしてしまったのだ。
「本隊の援護に向かう。針路変更急げ!」
ジーンザックはヴァルツ艦隊によって混乱に陥っている、ダイ・ゼン本隊の救援に艦隊を急がせた。自分達が誘引に失敗した穴を埋め合わせなければ、という思いである。パイロットとしても自信を持つジーンザックは、席を立って副官に告げた。
「我の機体を…『レイゲツ』を用意。親衛隊を招集せよ」
同じ頃、『センクウNX』に乗るノヴァルナはキオ・スー第1艦隊から緊急発進した、総旗艦直掩のBSI中隊と戦闘中であった。ダイ・ゼンの首を直接狙ったのである。叔父のヴァルツの活躍もあって、現在は自分達が優勢だが、戦力的に敵は倍であり、いずれは押し返されると冷静に判断していたからだ。であるならこの有利な状況を活かし、ダイ・ゼンを討ち取るのが優先すべきことだった。
だがウォーダ宗家の総旗艦を守護するための部隊だけあって、『レイギョウ』とその護衛戦艦から出撃して来た、親衛隊仕様『シデンSC』直掩隊は別格の強さだ。数もノヴァルナと『ホロウシュ』の十一機に対して二十四機もいる。
「ああ、ウゼぇッ!!」
急速回転でライフル弾を躱して、二機同時に突っ込んで来るキオ・スーの『シデンSC』のポジトロンパイクを、ノヴァルナは忌々しげな声を上げて打ち払った。グルリと『センクウNX』の手首を返してこちらからも斬撃を放つが、二機の敵は素早くブレイクして距離を取る。すると別の敵機が背後から狙撃を目論んだ。ロックオン警報でそれに気付いたノヴァルナは、間を置かず機体を急加速して射点を外し、振り向きざまに銃撃を返す。
しかし狙撃を目論んだ敵機も動きが素早く、即座に回避行動に入ったためノヴァルナの反撃も命中しない。舌打ちをしたノヴァルナは、捻りをかけた九十度ダイブで敵機との距離を取った。
▶#16につづく
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