#10
ヤーベングルツ側の旗艦『ガルドロ』では、オペレーターが切迫した声で報告する。
「宙雷戦隊、被害甚大!!」
言われるまでもなく、『ガルドロ』の艦橋の窓からも次々に撃破される、味方の軽巡や駆逐艦の凄惨な姿が乗組員の視覚に入っていた。ノヴァルナの『ヒテン』の主砲射撃を喰らった軽巡がエネルギーシールドごと四散し、艦尾を吹っ飛ばされた駆逐艦同士が激突して、力なく漆黒の宇宙を漂い始める。
この光景にノルディグ=ヤーベングルツは業を煮やして言い放った。
「ええい、宙雷戦隊を後退させろ! 重巡部隊、戦艦部隊、回り込んで射線を外し次第、敵の戦艦部隊に砲撃開始だ!」
ノルディグにすれば出鼻を挫かれた形だ。ノヴァルナは単純に力押しで来ると読んでいたからである。情報でもノヴァルナが指揮を執るナグヤ第2宇宙艦隊は、側近達が指揮を代行してしておらず、僅か十七歳の少年であるノヴァルナが直接指揮を執っているとなっており、そのような若輩者の指揮など、大うつけの性格と相まって単純なものに決まっている…それがノルディグの判断だった。
“なんの、たまたまだ。こちらの宙雷戦隊の分離と、敵の主力部隊の突出のタイミングが偶然重なっただけだ”
ノルディグはそう決めつけ、命令を続けた。
「ザーゴンの機動部隊に下令。ただちにBSI部隊を発進させよ!」
「し、しかしザーゴン様の部隊は、まだ所定の位置に達しておりません」
参謀の一人が意見するが、宙雷戦隊の損害の大きさに焦りを覚えたノルディグは、聞き入れない。
「構わん! BSI部隊を発進後、ただちに護衛の艦艇は一部を残し、ノヴァルナ艦隊に針路を変更、この本隊と挟撃させるのだ」
そう言ってノルディグは当初の作戦の変更を命じた。本来なら双方の前衛部隊、主力部隊の順でセオリー通り戦闘に突入し、動きを見極めておいて、分離した機動艦隊からのBSI部隊による後方からの襲撃という、三段階の作戦を組んでいたのだ。それをノヴァルナが前衛部隊を早々に後退させ、戦艦部隊を突撃させた事で齟齬が生じてしまった。
ノルディグはそれをノヴァルナの粗野な性格ゆえの、無謀な戦術と思っていたのであるが、この若君の真の姿を知る者にとっては、周到に計算した上での戦術だと分かるはずであった。
「艦隊針路288マイナス10。宙雷戦隊を回り込む敵主力の頭を押さえる!」
とノヴァルナ。
ナグヤ第2宇宙艦隊の戦艦群が五隻ずつの二列縦隊で、左やや下方へ針路を変更し始めるとノヴァルナは矢継ぎ早に次の命令を発する。
「後退した前衛部隊は、打撃母艦部隊と合流して待機させろ! 戦艦群、何してやがる。新目標に主砲射撃急げ!!」
いつもながらの乱暴な物言いこそ混じって入るが、ノヴァルナの表情は真剣そのものであった。そしてその命令を伝える参謀達の動きも、一部の無駄もない。さらにそれを受ける各艦の反応も尋常ではなかった。針路変更を終える前にスルスルと主砲塔が照準を合わせ、変更完了と同時に第一斉射を放つ。世間一般では“カラッポ殿下”“イミフ王子”と揶揄されているノヴァルナと、彼が率いる艦隊の、これが実力であった。
ガガガン!!と腹に響くような強い衝撃が、ノルディグの旗艦『ガルドロ』を包む。艦の左側に並べた六枚のアクティブシールドに命中した、ノヴァルナの『ヒテン』の主砲弾の中の一発が、その隙間をすり抜けて『ガルドロ』を直撃したのだ。
「左舷に被弾一!」
「エネルギーシールド負荷率25パーセント!」
「四番アクティブシールド機能停止!」
「敵艦隊、距離四万六千!」
損害と状況報告に、衝撃から体勢を取り戻したノルディグの怒声混じりの命令が飛ぶ。
「は、反撃だ! 反撃しろ!!」
だが機先を制したノヴァルナ艦隊の砲撃は止まない。反撃を開始したノルディグ艦隊であったが、勢いで上回るノヴァルナ艦隊の火力の前に押されて隊列が乱れ始める。そして遂にヤーベングルツの戦艦の中にも脱落艦が出た。旗艦『ガルドロ』の前方を行く一艦に閃光が走った直後、巨大な艦体の数ヵ所から火柱が噴き出したのだ。
「戦艦『ハスティス・レガ』、通信途絶! 操舵不能の模様!」
前方の戦艦が外殻のあちこちを爆発させて、大きく横を向く様子に衝突の危険を察知した『ガルドロ』の艦長が叫ぶ。
「右舷へ回避!! 急げぇっ!!」
緊急回避に入る『ガルドロ』。艦の間隔は数十万キロは離れているとは言え、超高速で移動している宇宙艦同士では一瞬の間合いだ。『ガルドロ』が舵を切り終えた時、操舵不能に陥っていた戦艦が至近距離で大きな爆発を起こした。
「わぁあああっ!!!!」
網膜を焼き付かせる程の閃光と爆発艦の破片を浴びて、大きく揺れる『ガルドロ』の艦橋に絶叫が幾つも起こる。
旗艦の急速回頭で、ヤーベングルツ戦艦部隊の艦列は大きく乱れ始める。するとノヴァルナ率いる戦艦部隊は、彼が命令を下さずとも火力を強め始めた。“
ノヴァルナ艦隊からつるべ撃ちに主砲弾を喰らい、ヤーベングルツ第1艦隊のあらゆる戦艦は、急激に低下する防御力に、悲鳴のような通信報告をノルディグの元へ発した。
「おっ…おのれぇッ!!」
歯噛みするノルディグ。その呪詛の言葉が乗り移ったように、『ガルドロ』の主砲が距離の詰まったノヴァルナの『ヒテン』を狙う。しかし『ヒテン』はナグヤ家総旗艦『ゴウライ』とほぼ同等の性能を持つ総旗艦型戦艦。一方の『ガルドロ』は旗艦機能を持つものの、通常の艦隊型戦艦だった。『ガルドロ』の主砲弾は全て、『ヒテン』が右舷前方に並べた八枚のアクティブシールドに弾き飛ばされる。
「く!…くくッ!」
座乗艦の主砲射撃を受けても動じない『ヒテン』の様子に、ノルディグは身をすくませた。そこに『ヒテン』からの射撃。アクティブシールドがまた一枚使用不能になり、一発が直撃となって艦体を叩く。艦の外殻を覆うエネルギーシールドは限界が近い。
その『ヒテン』では、ノヴァルナが司令官席で不敵な笑みを浮かべ、言い放つ。
「俺の『ヒテン』と撃ち合うにゃ、百年はえーんだよ。てめーは」
自信たっぷりに言うその内心では、1589年のムツルー宙域に飛ばされた時に見た、ダンティス家のマーシャルの総旗艦『リュウジョウ』や、副将セシルの『アング・ヴァレオン』の、ズリーザラ球状星団会戦における粘りっぷりに、負けてられないという対抗意識があった。
とその時、通信参謀が駆け寄って来て、固い口調で報告する。
「殿下。6番哨戒艦が敵のBSI部隊を探知致しました。後方より接近中です」
それを聞いたノヴァルナは、驚いたふうもなく「おう」と応え、尋ねる。
「接敵までの時間は?」
「約七分です!」
同じ報告はノルディグの元にも届けられていた。こちらは赤い頭髪と顎鬚でライオンの
「来たか! これで攻守逆転だ!」
ザーゴン=ダリのヤーベングルツ第2艦隊は、打撃母艦(宇宙空母)六隻を中心とした機動部隊である。ノルディグの命令変更で予定より早く艦載機を発進させたのが、このタイミングで到着したのだ。ノルディグからすればこれで部隊を立て直し、逆撃に移る好機と捉えたのだろう。艦載機の数ではノヴァルナ艦隊の空母四隻より有利である。
ただ敵機接近の報告を受けても驚いた様子のないノヴァルナは、そのままの調子で落ち着き払って命令を下す。
「BSI全機発進。五分で完了させろ」
そう言って席を立つノヴァルナ。すると早くも後方の空母から量産型BSI『シデン』の第一陣48機が離艦した。すでに発進準備を終え、命令一下、即座に発進出来る態勢にあったのだ。
「BSI部隊は後方に下げた前衛部隊、重巡部隊と共に敵艦載機の迎撃にあたれ。それから俺も出る。『センクウ』と『ホロウシュ』で敵の第2艦隊を叩く。『ヒテン』と戦艦部隊は敵のBSIには構わず、ノルディグの奴の第1艦隊に攻撃続行だ」
指示を聞いた参謀達が間を置かず行動し、各部署に命令を伝えていく。この辺りの参謀達の動きも慣れたもので、彼等の長であるテシウス=ラームだけが、新任であるために取り残された感があった。ノヴァルナはさらに傍らに控える『ホロウシュ』筆頭代行の、ナルマルザ=ササーラに指をさして命じる。
「俺の『センクウ』と、おまえらの『シデン』は対艦装備だ」
そして今度はテシウスに振り向いて、新たな命令を下した。
「敵機の現れた方角へ偵察駆逐艦を10隻、扇状に出せ。急げ!」
いつの間にか日頃の天衣無縫ぶりも脳天気ぶりも全く影を潜め、鋭い武将の光を瞳に湛えたノヴァルナに見据えられたテシウスは、“これが我が王、我が
「敵BSI部隊接近。探知方位193プラス24。距離約八万、機数百五十以上」
オペレーターの報告にノヴァルナは慌てる事なく、「こちらのBSI部隊は迎撃に徹させろ」と念を押し、『センクウNX』に乗り組むために艦橋をあとにした。
▶#11につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます