#01

 

 ナグヤ家第2宇宙艦隊旗艦『ヒテン』の艦橋の扉が開き、ノヴァルナ・ダン=ウォーダが入って来た。その両側には彼の親衛隊である『ホロウシュ』が合わせて十名、無表情で付き従っている。


 ただノヴァルナの着衣は、惑星シルスエルタでノアと“駆け落ち”していた時のまま、紫のジャケットに黒いパンツとタンクトップ、そして金の髑髏を三つ提げたネックレス姿だ。しかも洗浄されたとは言え、ジャケットの左肩はイガスターの傭兵と戦った時に大きく裂けたのを修繕もしておらず、裂け目から肌に貼られた治癒パッドが白く見えていた。


 しかしそのような姿で自分の専用戦艦の中をうろつくのはいつもの事で、慣れた乗員達は驚きもせず席を立ち、艦橋に姿を現したノヴァルナに振り向いて頭を下げる。


 答礼代わりに軽く右手を挙げて、ノヴァルナは司令官席に向かった。この若君が訓練以外で『ヒテン』の司令官席に着くのは比較的珍しく、初陣であった惑星『キイラ』攻略戦と、例の数か月前に起きた“宇宙海賊討伐戦”、そして今回のまだ三度目である。しかも前二回は、当のノヴァルナはBSHOの『センクウNX』で出撃しており、直接艦隊戦闘の指揮を執った事はない。


 惑星シルスエルタでノアと別れ、恒星間シャトルで帰還の途についたノヴァルナを出迎えた『ヒテン』は現在、指揮下にあるナグヤ第2宇宙艦隊を率いて、オ・ワーリ=シーモア星系から丸一日の距離に位置する、ML-86552星系の外縁部に停泊している。

 その戦力は『ヒテン』を含む戦艦10、重巡航艦10、軽巡航艦14、駆逐艦18、打撃母艦(宇宙空母)4と、かなり強力であった。これはひと月前のサイドゥ家、イマーガラ家との戦闘で消耗した艦隊戦力を、比較的損害の少なかった第2艦隊から優先的に再編しつつあったためである。


 この第2艦隊が現在のML-86552星系まで移動したのは、次席家老セルシュ=ヒ・ラティオの緊急の手配によるものだ。


 これにはナグヤ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダの急死が関係していた。




 ヒディラスの死因、それは暗殺であった。




 衝撃と動揺がナグヤ家中に広がる中、危機感を持ったセルシュが、ノヴァルナが母星ラゴンを離れていた事を不幸中の幸いとして、次期当主の元へ実力部隊を届けるために第2艦隊を緊急出港させたのである。


 ノヴァルナはナグヤ=ウォーダ家の次期当主である。しかし現在ウォーダ家内は分裂状態であり、停戦が成ったとは言え、宗家のキオ・スー家とは数日前に交戦までしていた。またノヴァルナの次期当主という立場自体も危ういもので、次男カルツェを推す反ノヴァルナ派は、ナグヤの重臣の間でも大勢力を持っている。


 そのような中、外宇宙から自由に使用出来る直轄戦力をノヴァルナに与えた、セルシュの判断はさすがであった。なるべく避けたいところではあるが、場合によればウォーダ内の敵対勢力を、実力で制圧しなければならないからだ。


 そして問題のヒディラス・ダン=ウォーダを暗殺した犯人だが、それは自身のクローン猶子―――ノヴァルナにとっては義兄扱いの、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダだった。


 それはノアと別れ、惑星シルスエルタを離脱したノヴァルナにも、第二報として届けられたが、依然として詳細は不明である。


 様々な不安要素を吹き払うように、『ヒテン』の司令官席に景気良く、ドカリ!と腰掛けたノヴァルナだったが、その荒っぽさに治りかけの左肩の負傷が抗議の痛みを走らせ、「ててて…」と思わず苦笑いを浮かべた。さらにノアの「ほら、もぅ…」という世話焼き声を自然と期待してしまうが、そのノアはミノネリラへの帰途でここにはいない。彼女が傍らにいない事に“つまんね…”と内心で口を尖らせたところで、司令官席に歩み寄って来た参謀長の、「殿下」という声に、ノヴァルナは気持ちを切り替えた。


「おう、テシウス。出迎えご苦労」


 ノヴァルナの参謀長としてセルシュが派遣したのは、テシウス=ラームという三十代半ばのヒト種の男だ。青みがかった髪をきちんと七・三に分けており、細身で高身長、どちらかといえば官僚的な印象を受ける。

 事実、テシウスは印象通り軍事より行政、特に外交的な才能を評価されており、ノヴァルナの後見人のセルシュも、いずれはノヴァルナ政権の政治的中枢に置きたいと考えていた。そのテシウスがセルシュの指示で派遣されて来たのは、第2宇宙艦隊の政治的交渉能力を高める意味合いがあったためだ。


 労いの言葉に会釈するテシウスに、ノヴァルナは問い質す。


「で…何があった?」


 それは無論、父ヒディラスの暗殺の経緯についてだった。今はともかく、情報の収集と整理が何より重要だ。こういった面でのノヴァルナは慎重で用心深かった。




▶#02につづく

 

 

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