#08

 

 ただそんな会話が、ノヴァルナとノアに人心地をつかせたのも確かだ。そこでノアはノヴァルナに問い掛けた。


「…で? どうして警察に保護を求めちゃ、いけないの?」


「ああ。警察っつっても、ここは貴族の支配下にある星だからな。星大名の子女の俺達が下手に保護を求めたりしたら、勾留されて取引材料にされ兼ねないって話さ」


「そんな事が許されるの?」


 怪訝そうな表情で尋ねるノアに、ノヴァルナは「許されるんだな、これが」と答える。事実、数か月前の中立宙域の惑星サフローでは、ドーム都市『ザナドア』の行政管理局がロッガ家と結託し、ノヴァルナ達の追撃を黙認していた。銀河皇国直轄の荘園惑星では、まだ多少なりとも行政管理局や警察機構に公平性が保たれているが、個々の思惑で動く貴族の領有する惑星では、弱肉強食の戦国の世を生き抜くために、このような事がしばしば起こるのであった。


「―――まぁ、現地の警察とかが勝手にやる分には、領主の貴族に対する点数稼ぎだったりするし、この星の警察がそうだとは限らねぇが、用心するに越した事はねぇからな」


 ノヴァルナが解説と結論を続けると、ノアは「ふーん、なるほどね」と応じる。星大名の姫として今まで自分が生きて来た世界では、知り得ない情報である。


「それにしても連中、何処のどいつの差し金なんだ?」


 ノヴァルナは思考を襲撃者の方へ切り替えて、自分自身に問い掛けるように独り言ち、首を捻った。それを聞いてノアが尋ねる。


「あなたを狙う相手に、心当たりは?」


「あり過ぎてわかんね」


 無蓋車の上で森を眺めながら、あっさりと言い切るノヴァルナに、ノアは肩をすくめてため息を吐いた。するとノヴァルナはノアを振り向いて逆に尋ねる。


「おまえの方はどうなんだよ?」


「私?」


「おう。だっておまえと初めて直接逢った時、自分の御用船の中で変なロボットに、殺されかけてたじゃねーか」


「あ…あれは、キオ・スー=ウォーダ家が、私を捕らえたあとで船を破壊するため、キヨウであらかじめ船に運び込んでおいたものだと、情報部から報告を受けてるけど…」


 ノヴァルナが指摘したのは、『ナグァルラワン暗黒星団域』でノアと出逢った際、御用船『ルエンシアン』号の中で遭遇した、昆虫のナナフシを巨大化したような、正体不明の黒い殺人ロボットの事だった。


 確かにノアの言う通り、ブラックホールに吸い込まれつつあった『ルエンシアン』号の救助に、ノヴァルナとノアが乗り込んだ時、黒いロボットは乗員を殺害して回っていた。サイドゥ家情報部の報告も頷ける。


だが本当にそうだろうか?…


 見落としてはいけないのは、普通の姫であれば、あの状況でBSHOに自ら乗り込んで出撃はしない、という事だ。そもそも星大名の姫が、自分用のBSHOを所有している事自体、前代未聞なのである。


 もしノアが『サイウンCN』で戦うため船外に出ずに、あのまま船に留まっていたとしたなら、キオ・スー家に捕らえられる前に、黒いロボットに殺されていたのではないか?…ノヴァルナは難しい表情で考え込んだ。


“そう言えば、二人が飛ばされた皇国暦1589年の世界では、ノアは『ナグァルラワン暗黒星団域』で“事故死”した事になっていた。キオ・スーの奴等との戦闘じゃなくて、事故死…それが本来の歴史で、実はノアを船ごと暗殺したものだとしたら―――”


 ノヴァルナがそこまで考えを巡らせた時、ノアが「どうしたの?」と声を掛けて来た。「傷が痛むの?…大丈夫?」と、言葉を続け、左肩の負傷を心配しているのだと分かる。


「んあ?…おう、おまえが止血してくれたから、大丈夫だ。ありがとな」


 そう言って一つ、笑顔を返すノヴァルナ。


 ところがその直後、列車の後方の森の中から爆発音が響いて来た。遊歩道からこの列車に飛び降りた直後に見た、警察のエアロバイクが飛んで行った方角からだ。顔の表情に、サッ!と緊張が走るノヴァルナとノアは、ハンドブラスターを握り直して、互いに視線を交わした。どうやら敵の追撃は、まだ終わりそうにないらしい。




 ノヴァルナとノアが耳にした爆発音―――それは時間をやや遡り、この惑星シルスエルタの警察のエアロバイク隊が、落ち葉の中から這い出た傭兵のジェグズを、発見した時から始まる。


 ノアの銃撃を受け、バックパックのメカニカルアームを破壊されたジェグズは、遊歩道から転落した。そしてうず高く堆積した落ち葉の中に埋もれてしまったのを、ようやく掻き分けて地表へ出たのだが、そこを通報を受けて急行して来た、警察のエアロバイク六台に囲まれてしまったのだ。


「両手を頭の後ろで組んで、そこを動くな!」


 エアロバイクに乗った警官の一人が、強い口調でジェグズに命じる。


 警察のエアロバイクは下部に、旋回式ブラスター機銃を取り付けており、それが全てジェグズに銃口を向けている。さらに命令を発した一人を含む五人の警官がハンドブラスターを構えており、残る一人はヘルメットの通信マイクで彼等の指令室と連絡中だ。


「両手を頭の後ろで組んで、そこを動くな!」


 取り囲む警官達をひとわたり見回すジェグズに、先程と同じ警官が再び命令を発した。ジェグズは次に下を見る。落ち葉の深い層はまるで泥沼のように纏わり付き、腰の上辺りまでを飲み込んでいた。幾ら特殊部隊であっても素早く動いて、この状況を脱する事は不可能である。ジェグズは無言で両手を挙げ、命じられた通り頭の後ろで組もうとした。


 すると組んだ手が両方の指を交差させたその時、カチリと小さな音がして、ジェグズの体は激しい閃光を放って爆発する。爆発はジェグズの胸板に大穴を開け、閃光は警官達の網膜を麻痺させた。ノヴァルナとノアが聞いたのは、この爆発音だ。「うわあっ!」「ああッ!!」と声を上げ、顔をそむける警官達。一人はエアロバイクから滑り落ちる。


 その直後、巨木の上部に立ち込める白い靄の中から、ゲーブルがメカニカルアームを使い、垂直の幹を一気に駆け下りて来た。動きを見ると、まるで獲物に襲い掛かるハエトリグモだ。

 ゲーブルは距離を詰め、エアロバイクの一台に跳び移ると、すぐさまメカニカルアームの鋭い先端で、最初の警官の腹を刺し貫いた。それを皮切りに、瞬く間に警官達を殺害していく。バイクから落下した一人が最後に残ったが、ブラスターを構える前に、ゲーブルがショルダーアーマーから射出した卍手裏剣に、喉を掻き切られて絶命した。


 死体ばかりが転がる場となった中で、ゲーブルは自爆死したジェグズを見下ろす。そして自分の左手首を返して視線を移すと、黒いリストバンドの上にホログラムで、緑色の時間表示が現れた。その表示が3分を示すと、小さなアラーム音を発する。それに合わせ、ジェグズの死体は猛烈な白い光を放ちだした。遊歩道の上に残っていたジェグズの、メカニカルアーム付きバックパックも同様だ。


 その光が収まると、あとには白い灰だけがあった。不思議な事に木製の遊歩道や周囲の落ち葉には焦げ跡ひとつない。イガスター宙域特殊傭兵部隊の掟に従い、証拠の残らぬよう自分で自分の始末をしたジェグズを確認し、ゲーブルは森の中へ姿を消した………





▶#09につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る