#12

 

 当初はノヴァルナだけでなく、その配下の『ホロウシュ』までを、下賤な者達の集団と侮っていたキオ・スー家のBSI部隊だったが、ノヴァルナやラン、ササーラを倒すどころか、イェルサスの乗る砲艦にすら近寄れなくなっていた。数的には優っていながら、二隻を守る『ホロウシュ』の防御陣を抜けないのだ。


 防御陣の指揮を執るのはヨヴェ=カージェス。技量的には最もバランスが取れた二十一歳の男で、ラン・マリュウ=フォレスタと同期の、武門出身者だ。それが二隻の砲艦の前に陣取り、的確な射撃でキオ・スー家の『シデン』を近寄らせない。


 そして以前、ノヴァルナの中立宙域への旅に同行し、ロッガ家と戦ったヨリューダッカ=ハッチやナガート=ヤーグマー、シンハッド=モリンをはじめとする、若手の『ホロウシュ』達も日頃の言動とは裏腹に、上手く連携を取って敵を排除している。カージェスが牽制射撃を行い、それを回避した敵を、若手の『ホロウシュ』が協力し合って仕留めるという形だ。地上戦では先日のキオ・スー家水陸両用部隊の迎撃で、初陣を迎えた若手達だが、宇宙での実戦は初めてという者も少なくなく、その面倒も見るようにカージェスはノヴァルナから命じられていたのだ。


「セゾ、そっち行ったぞ!」


「ガラク、動きが遅ぇぞ!!」


「うるせぇ! こっちは忙しんだ!」


「ヤーグマー、てめ、どこ見てやがる!!」


「ジュゼ、あたいらでやるよ!」


「オッケー、キュエル!」


 若手の『ホロウシュ』達は、物言いこそ主君に似て軽薄だったが、ノヴァルナ自身が見いだして来ただけあって、才能に富み、また早くから親衛隊仕様機を与えられて、日々の猛訓練を課せられていた事で、全員が高い技量を持っていた。キオ・スー家BSIを複数対複数のドッグファイトに持ち込んで超電磁ライフル、或いはポジトロンパイクで撃破してゆく。


 三十機近くいたキオ・スー家BSI部隊は、みるみるうちに数を減らし、残存機数が五になったところで、遂に逃走を始めた。それを見たカージェスは、半数の『ホロウシュ』について来るように命じる。狙いは敵の母艦である。おそらく周辺のどこかに潜んでいるはずだからだ。


「008から017は我に続け。残りは砲艦が、惑星ガラブのスイング・バイ軌道に乗るまで、護衛を続けろ」


「了解ッス!!」


 若手の『ホロウシュ』達は声を合わせた。


 イェルサスの乗る砲艦の確保と、『ホロウシュ』の排除を目論んでいた、キオ・スー家BSI部隊が撤退を開始し、ランとササーラがそれぞれ、残り一機の敵機と交戦している中、二機の親衛隊仕様機に対するノヴァルナの奮戦は続いていた。


 ガキリ!という手応えが、握り締めた操縦桿から伝わって来る。敵の指揮官機とポジトロンパイクを刃を打ち合わせた感触だ。するとそこに、ヘルメットの中で左上方向から警告音が響く、もう一機の敵がポジトロンパイクを振り上げた状態での急降下だ。


 ノヴァルナは切り結んだ状態の正面の敵に、胴体へ足蹴りを喰らわせて突き飛ばし、続けて機体を回転させながら横滑り、急降下して来た敵の斬撃を紙一重で回避した。


 そこへさらにロックオン警報。蹴り飛ばして距離が開いた敵機が、それを逆用して銃撃を加えようとしている。しかも反対側からは、今しがたの急降下での斬撃を躱された敵機が、再びポジトロンパイクで斬り掛かって来た。


 それに対してノヴァルナは機体に片膝をつかせる。そして咄嗟にポジトロンパイクを左手一本に持ち替え、刃の根元に短く握り直すと、空いた右手で腰のQ(クァンタム)ブレードを抜き放った。左手に握るポジトロンパイクがザバ機の撃った銃弾を、陽電子力場で覆われた刀身ではじき返し、突き上げた右手のQブレードが火花を散らせて、バグート機の斬撃を受け止める。


「なんだと!!」


「バカな!!」


 ザバとバグートは驚きの声を上げた。二人共、完璧な連携が取れたと思ったからだ。しかも続け様に素早く回り込んだノヴァルナ機の位置は、超電磁ライフルを握るザバ機との間にバグート機を挟む形、つまりザバ機からの第二射にバグート機を盾にする位置だ。


「く!」


 躊躇いを見せるズーナン=ザバの前で、バグート機はポジトロンパイクを下段に構え、ノヴァルナに突貫した。三機の高度は惑星ガラブの氷環ギリギリ、下方へ回避してむやみに氷のリングの中へは入り難いはず。ノヴァルナ機が距離を取ったところで、後背のザバに再度狙撃させる算段だ。

 だがここでもノヴァルナは予想外の行動に出た。瞬間的に高度を下げたかと思えば、乗機の右脚でリングの表層にあった氷塊を、爪先で救い上げるように蹴飛ばしたのだ。それほど巨大ではない氷塊はバグート機の胸元に飛び、バグートは反射的にポジトロンパイク振り抜いて、それを真っ二つに割る。


 咄嗟の行動で出来たバグート機の隙を、見逃すようなノヴァルナではない。二つに割れた氷塊が分かれて飛んだ時にはすでに、ノヴァルナ機はポジトロンパイクを放り出し、Qブレードを構えて猛然とダッシュをかけていた。それに気づいたバグートも、返すやいばで斬撃を放とうとする。


 しかし間に合わない。


 大ぶりな斬撃兵器であるポジトロンパイクを再度振ろうと、バグート機が手首を返す間に、ノヴァルナ機は懐に飛び込んでいた。突き出したQブレードがバグート機のコクピットを刺し貫き、その命脈を絶つ。


 僚機が葬られる光景に、ズーナン=ザバの激昂した声が響いた。


「バグート!…おのれぇ、ノヴァルナっ!!!!」


 ザバ機もポジトロンパイクを放り投げ、Qブレードを起動させてノヴァルナに突進を仕掛ける。ノヴァルナはバグート機に突き刺していたQブレードを引き抜くと同時に、相手の手にしていたポジトロンパイクを奪い取り、突っ込んで来るザバ機に投擲した。


「バグートと同じ手は喰わん!」


 そう言い放ったザバは、ノヴァルナの投げ放ったパイクを打ち払わず、軌道を見切って機体をひねらせ、回避した。ノヴァルナ機の次の動きを見逃さないためだ。だがやはり、ノヴァルナの方が一枚上手であった。ノヴァルナ機の背後で撃破されていたバグートの機体が爆発したのだ。コクピットごと腹部を刺し貫いたQブレードが、その背中に設置されたバックパック内の、小型対消滅反応炉にまで刃先を達していたのである。


「!!」


 暗黒の宇宙に発生する激しい閃光に、一瞬、目がくらんだザバはそれでも間合いを計って、Qブレードを振り抜いた。その切っ先は的確で、やはり並みのパイロットではない。ただそれでもノヴァルナには届かなかった。ザバの一撃をQブレードで受けて流し、スルリと機体を翻して背後へと抜けていく。


「馬鹿な。自分の専用機でもないのに、その動き!!」


 ザバは叫びながら、機体を振り返らせて第二撃を放とうとする。しかしノヴァルナの方が早く、正面に振り返った敵の機体をQブレードで袈裟懸けに斬り下ろした。引き裂かれたザバ機のコクピットが青白い閃光に包まれる。


「ディトモス様、ダイ・ゼン様! ゆめゆめ御油断召されるな…ノ、ノヴァルナ殿は決して…大うつけなどではっっ!!―――」


 最後の言葉を言い終えぬうちに、ズーナン=ザバの機体は砕け散った。





▶#13につづく

 

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