#06
どんちゃん騒ぎは深夜にまで及び、さすがに起きていられなくなったマリーナとフェアンが寝室に引き上げると、騒ぎ疲れたリビングにはまったりとした空気が流れ始めた。
ソファーの上で胡坐をかいたノヴァルナは、NNLのコミュニティサイト『iちゃんねる』を立ち上げ、ホログラムスクリーンに映し出された自分への批判スレに、何事かを書き込んでネット民と口論しているらしく、ムキになってホログラムキーを叩いている。
キノッサは床に寝転がって大の字で爆睡しており、イェルサスは行儀よく座り、袋入りのスナック菓子をぼんやりとした表情で口に運んでいた。
するとイェルサスの胸の内に、不意にこみあげて来るものがある。明日にはこの屋敷を引き払い、ミ・ガーワへ向かわなければならないという事が、実感として沸き上がったのである。
一人で出歩く事は制限された人質生活とは言え、ナグヤ=ウォーダ家の次期当主の庇護下で暮らした二年間は何不自由なく、兄のような存在のノヴァルナは手荒くとも優しく、頼もしかった。天真爛漫なイチ姫は可愛らしく、可憐なマリーナ姫は胸をときめかせてくれた。そして新たに屋敷にやって来たキノッサは、何かにつけ笑顔を提供してくれた…
そういう全てがいっぺんに失われてしまう―――そんな思いに囚われたイェルサスは、スナック菓子を頬張りながら目を見開いたまま、ポロポロと涙を零し始める。
その時、ジャージ姿のイェルサスの後ろ襟をむんずと掴む手があった。イェルサスの涙に気付いたノヴァルナだ。
「なぁあに、泣いてやがんでぇ! イェルサス!」
「えっ!?…べ…」
イェルサスが狼狽して「別に」と言いかけるのを、後ろ襟を掴んだノヴァルナは有無を言わせず立ち上がらせ、力任せに引っ張る。
「うるせぇ! いいからちょっと来い!!」
そう怒鳴ったノヴァルナがイェルサスを連れ出したのは、屋敷の裏庭だった。十一月の夜風は冷たく、イェルサスは肩をすぼめて身震いする。
「イェルサスっ!!!!」
クルリと振り返ったノヴァルナは、仁王立ちになってイェルサスに呼び掛けた。
「はっ…はっ、はいっっ!!!!」
いつもの如く説教されると思ったイェルサスは直立不動になる。だがノヴァルナは次の瞬間、右腕を天に突き上げ、星空を指差して言い放った。
「空を見ろ!! 空を見て涙をこらえろ、イェルサス!!」
「えっ?」と声を漏らしつつ、言われるままに天を見上げるイェルサス。冬を間近にした月の出ていない夜空は空気が澄んで、満天の星に包まれていた。その下でノヴァルナは煌く星々を指差したまま、叩きつけるようにイェルサスに言う。
「あそこに帰る時が来たんだ。泣いてる暇はもうねぇぞ。胸を張れ!!」
「!!」
それはいかにもノヴァルナらしい比喩であった。星の海に帰る時が来たとは即ち、星大名への道を歩み出す時が来たのだという意味である。
「だ、だけどノヴァルナ様…僕は」
ミ・ガーワのトクルガル家に帰り、当主の座を継ぐという事は、必然的にイマーガラ家の支配下に入るという事であり、つまりはノヴァルナのウォーダ家と敵対関係になるのだ。それを告げようとして言い淀むイェルサスに、ノヴァルナはみなまで言うなとばかりに、「アッハハハハハ!」と高笑いで応じた。
「強くなれ、イェルサス!!」
「はい!?」
「先の事なんて誰にも分かんねぇ! 次に会う時は敵か味方かなんてなぁ、そん時の成り行き次第ってもんだ。だから強くなれ!―――」
薄暗がりの中で良くは見えないが、イェルサスはノヴァルナが、いつもの不敵な笑みを浮かべているであろう事を感じ取る。
そしてイェルサスは理解した。“強くなれ”とは、戦場の戦いだけを指しているのではない。イマーガラ家の傀儡としての、トクルガル家当主であらなければならないこれからの不遇に耐え、自分を磨き上げていつの日にか、星大名としての大輪の花を咲かせてみせろ!…と、この破天荒な兄貴分は言い聞かせてくれているのだ。
ノヴァルナは傲然と胸を反らせて、さらに続けた。
「敵として会った時は、俺をビビらせるぐらいに!…そして味方として会った時は、俺が安心して背中を任せられるぐらいになぁ!!」
「ノヴァルナ様…」
ノヴァルナの力強い励ましの言葉に、再び涙が零れそうになったイェルサスは、言いつけ通り星空を見上げて、声を詰まらせながら返事する。
「は…はいっ!!…」
するとイェルサスの背後、リビングの中から陽気な声が掛けられた。
「出来るなら、お味方としてご一緒したいものですねぇ」
振り向くとそこには、さっきまで床で大の字に寝ていたはずのトゥ・キーツ=キノッサが、毒気のない笑顔で立っている。
「なんだてめぇ、寝てたんじゃねーのかよ?」
ノヴァルナが問い質すと、キノッサはリビングの明かりに照らされた顔を、わざとらしくしかめてみせた。
「いんやぁ、殿下にあんだけ馬鹿デカイ声出されちゃ、おちおち寝てられませんて」
「んだとぉ!?」
頓狂な声を上げるノヴァルナにさらに二階の窓が開き、パジャマ姿のフェアンとマリーナも顔を覗かせて、抗議の言葉を投げかける。
「そうだよ。兄様、うるさい!!」
「兄上、いい加減にしてください。そんなとこにいつまでも…風邪を引きますよ!」
「アッハハハハハ!」
周囲の抗議も何のその、再び高笑いしたノヴァルナはイェルサスに歩み寄ると、まるでプロレスのヘッドロックを仕掛けるような勢いで、腕を回して肩を組んだ。そしてノヴァルナ自身も星空を見上げて明るく言い放った。
「どうせなら、イェルサス! いつか俺達二人で銀河征服でもしよーぜ!!」
「えへへ…」
と照れ笑いのイェルサス。そこにすかさずキノッサが口を挟む。
「では、お二人の
「はぁ? てめ、なんで殿軍なんだよ!? それって負け戦じゃねーか!!」
そう返して大笑いする三人を二階から見下ろしていたマリーナは、呆れたように小さくため息をついて、微かに笑顔を浮かべ、フェアンに告げた。
「いいわ。ほっときましょう、イチ。窓を閉めてちょうだい」
「はーい」
ピシャリと音を立てて閉まる窓の下、自分の気持ちにようやく踏ん切りのついたイェルサスは、肩を組んだままのノヴァに尋ねる。
「明日、見送りに来てくれますか? ノヴァルナ様」
それに対してノヴァルナは、不敵な笑みを大きくして応じた。
「おう。任せとけ!」
その頃、イマーガラ家の占領下にあるミ・ガーワ宙域、ヘキサ・カイ星系第五惑星アージョンの宇宙城では、一隻の戦艦と護衛の一個宙雷戦隊が、今まさに発進準備を終えようとしている。先月のアージョン宇宙城攻防戦で捕虜にした司令官、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダ―――ナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダのクローン猶子を乗せて、イェルサス=トクルガルとの人質交換に向かうためである。
交換はイマーガラ家第5宇宙艦隊司令、モルトス=オガヴェイがオ・ワーリ宙域との国境まで出向き、無人の恒星系の一つで行う手筈となっていた。
アージョン宇宙城の内部、座乗艦への連絡艇に向かうイマーガラ家重臣モルトス=オガヴェイは、シャトル・ベイへの通路をもう一人の重臣、第3艦隊を指揮する女性司令官のシェイヤ=サヒナンと共に歩いていた。
いや正確にはシェイヤはトクルガル家の本拠地惑星ヴァルネーダにおり、そこから超空間通信で送られて来ている、全身像ホログラムを同行させているのであり、シェイヤの方は歩いていない。
「―――報告は聞いた。トクルガル家の方はどうだ?」
気圧差からシャトル・ベイに向けて通路を吹く風に、長めの白髪をなびかせて歩くオガヴェイは、ホログラムのシェイヤに尋ねる。
「はい。すでに受け入れ態勢は整っております」
シェイヤは丁寧な口調で応じた。三十代半ばの女性将官ながら、宰相セッサーラ=タンゲンの後継者と
「しかしながら、オガヴェイ様…」
「ん?」
「私は今回のタンゲン様の策、乗り気にはなれません」
シェイヤのタンゲンに対する何かに疑問を抱く言葉を聞き、オガヴェイは歩みを止めてシェイヤのホログラムに振り向いた。
「武人らしくない、と申すか?」とオガヴェイ。
「は…このようなやり方は」
シェイヤの不満にオガヴェイは「ふむ…」と息をつき、タンゲンについて語る。
「二年前。お主がまだ第3艦隊を任せられる前の話だ…タンゲン様はナグヤ=ウォーダ家の嫡男のノヴァルナという子供を、途方もない将の器を秘めていると酷く恐れられてな」
「ノヴァルナ…あの大うつけと領民達にまで、揶揄されている子供ですか?」
「うむ。第一次アズーク・ザッカー星団会戦の時、そのノヴァルナを捕らえるため…いや捕らえられなくとも、戦場に立つ事に恐怖を植え付けようと、タンゲン様は初陣のノヴァルナが占領を任されていた、とある植民星の住民…およそ五十万人を、全て焼き殺すように命じられたのだ」
「!!!!」
シェイヤはそんな話は初耳らしく、ホログラムの中で身をすくめる。
「すべてはイマーガラ家のため…そのようなお方なのだ。タンゲン様は」
オガヴェイはそう言い捨てると、立ち尽くすシェイヤのホログラムを置いて、その場を歩き去って行った………
▶#07につづく
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