#16
プリム=プリンの実況は、モルザン星系に向け最後のDFドライヴに移ろうとしていた高速輸送船、『ラブリードーター』でも映し出されていた。思いがけないイマーガラ艦隊の奇襲に誰もが言葉を失っている。
「わ、私達の目の前を、イマーガラ艦隊本陣が通過して行きます。中央にいるのが旗艦のようです。誰が指揮を執っているのでしょうか」
プリムの声だけが響くラウンジに、ノヴァルナは敵旗艦が『ギョウガク』であり、それがイマーガラ家宰相のセッサーラ=タンゲンの艦である事を認識した。
“タンゲンのおっさんか…”
現在の自分にとっての最大の敵の出現に、さしものノヴァルナも口の中に渇きを覚え、拳を握り締める。初陣を迎えた自分を捕らえようとして…いやそれだけでなく、戦いに対する恐怖を植え付けようとして、五十万人もの植民星の住民を焼き殺した、因縁の相手であった。
「どうするんだい?―――」とようやく口を開いたモルタナが問い掛ける。
「これじゃあ向こうについても、あんたが考えてた手が上手くいくとは思えないよ」
戦場に着いたノヴァルナがやろうとしていたのは、ノアを人質にしたひと芝居を打ち、ともかく双方の戦闘を中止させるというものだった。この世界に帰還した際、最初に発見されたのがサイドゥ家の船であった場合に用意していた手段の一つだ。
しかしセッサーラ=タンゲンの出現で、状況はいっそう複雑化した。今戦場に飛び出して行っても、味方の混乱が大きくなるばかりでタンゲンを有利にさせるだけだ。
「どうせ混乱させるなら、そのイマーガラ家とやらの部隊も混乱させないとな」
そう言ったのはカールセンである。ただ具体的な案は浮かばないようだ。
「もっとインパクトがあるような事をやらないと、意表は突けないわね…」
ノアも思案顔のままそう告げる。
「インパクトつってもなぁー…」
同じインパクトのある手段でも、ナグヤ=ウォーダ家とサイドゥ家にとって有利になる方向のインパクトでなければならない。だが事態の急変に対し、考えをまとめる時間はあまりにも短かった。
とその時、「ある!」と少し上擦った声が上がる。全員が振り向いた先で座っていたのは、背筋を伸ばしたルキナだった。ルキナはにへらと俗っぽい笑みを浮かべると、もう一度繰り返した。
「ある!…あるわよぉ。みんなをアッ!と言わせる別の手が―――」
セッサーラ=タンゲンのイマーガラ艦隊は、隊列を維持したまま主砲を連続発射した。ヒディラスの旗艦『ゴウライ』の盾となって、ウォーダ軍の戦艦がその身に主砲ビームを受け、大爆発を起こして砕ける。
ドゥ・ザンの旗艦『ガイライレイ』がCIWSのビーム砲で、至近距離まで迫った宇宙魚雷を撃破し、主砲を撃ち返す。だが宇宙魚雷を発射したイマーガラ軍の軽巡は、素早い回避運動でその反撃をかわした。
カーナル・サンザー=フォレスタの『レイメイFS』と、配下のBSI部隊は戦場に踏みとどまり、イマーガラ軍のBSIユニット『トリュウ』を次々となぎ倒しているが、それでも圧倒的な敵の数に僚機は一機、また一機と討ち減らされていく。
そしてこのような状況の中でも、ウォーダ軍の艦とサイドゥ軍の艦の撃ち合いは止まらない事が、双方にとっての損害を増大させていた。情報が錯綜し易い現在の状況でなまじ停戦命令を出すと、多くの兵がイマーガラ家に対する反撃まで停止させ、その結果、一方的に攻撃を受ける可能性があったからだ。
「今はサイドゥ軍に構うなと言っているであろう! 何をしているか!!」
「各戦隊司令に指揮権の掌握を再度命じよ! このままでは埒が明かん!」
ヒディラスもドゥ・ザンも、統制が取れない状態のままの敵味方入り乱れての混戦に、苛立ちを隠せなくなっていた。いかに名将とはいえ、秩序を失った軍ではどのような手段も講じる事は不可能だ。その間にも、また新たな艦がイマーガラ軍の攻撃の餌食となる。
ヒディラスの艦隊とドゥ・ザンの艦隊が共に、セッサーラ=タンゲンの艦隊の前に敗北していく光景を、プリム=プリンは表情を強張らせながら実況し続けていた。イマーガラ軍の乱入で、事態は全く予想も出来なくなっている。いや、実際にはイル・ワークラン家かキオ・スー家のいずれかから、オ・ワーリ支局に報道管制がかかり、自分の実況も領民達には届いていないかも知れなかった。だがそれでも、戦況を知らせようとする自分の口の動きは止められない。
するとそんなプリムの乗る報道シャトルのキャビンに、操縦室から副操縦士が慌てた様子で飛び込んで来た。何事かと振り向くスタッフに口ごもりながら知らせる。
「つつつ、通信が! ナグヤ=ウォーダ家のノヴァルナ殿下から、超空間通信が入って来てます。“プリム=プリンを出せ”と!」
▶#17につづく
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