#12

 

 そのモルザン星系へ向かう『クーギス党』の高速輸送船『ラブリードーター』では、二度目のDFドライヴを終え、再び重力子のチャージを開始していた。

 ノヴァルナとノア、カールセンとルキナのエンダー夫妻、そして『クーギス党』の副頭領のモルタナは食堂に再集合し、モルタナに事の経緯を改めて説明している。


 ソファーに足を組んで座るモルタナは、順序立ててトランスリープと皇国暦1589年のムツルー宙域での出来事を聞かされても、なお不納得な顔であった。


「どうにも信じられない話だねぇ。あたいは学がある方じゃないけど、タイムスリップが実際には不可能だって事ぐらいは知ってるよ」


「だからそういったおとぎ話的な、タイムスリップじゃねーって」


 ノヴァルナがいい加減分かれ的な面倒臭さを滲ませて言うと、モルタナは肩をすくめて応じる。


「まぁ、そちらのエンダーさんとやらは悪いお人じゃないようだし、みんなしてあたいをからかうには話に筋が通り過ぎてるからねぇ…若様だけが言ってる話なら、端から信じはしないけどさ」


「るせーな。ひとこと多いんだよ、ねーさんは」


 ふてくされてソファーの背もたれに上体を沈み込ませるノヴァルナに、ノアは“まあまあ…”と宥めるように微笑みを向けた。そしてこの世界の、あの位置に転移した理由の推察を説く。


「私達がこちらの世界にトランスリープした位置は、『ナグァルラワン暗黒星団域』から約93光年…もう少し正確に言うと、私とノヴァルナが『ナグァルラワン暗黒星団域』で飛び込んだブラックホールから96.77光年、直線距離で惑星パグナック・ムシュ寄りに移動した地点です」


 ノアのその言葉を聞いてノヴァルナは訝しげな顔をする。惑星パグナック・ムシュは、ムツルー宙域へ飛ばされたノヴァルナとノアが不時着した未開惑星で、オーク=オーガーの大規模なボヌリスマオウ農園に加え、二人がこの世界へ戻るのに使用した『恒星間ネゲントロピーコイル』の、パーツの一つが存在する惑星であった。


「その距離に何かの理由があるのかな?」とカールセン。


 頷いたノアは、ムツルー宙域でノヴァルナとノアが過ごした、およそ一ヵ月の時間が関係している事を告げる。


「向こうでの一日が、約3光年の距離を消費していたようです」


 それを聞いたルキナが、やや顔をしかめて言った。


「じゃ、じゃあ…もしノバくんがノアちゃんを助けたあの時、トランスリープを強行せずに七年待ったとしたら、八千光年近くもムツルー宙域寄りに出てたって事?」


 ルキナはどちらかと言えば、あそこで無理にトランスリープせず、七年待つ事を勧めていたため、自分の判断が間違っていたのではないかと考えたのだろう。ルキナの表情からそれに気付いたらしいノアは、その手に自分の手を重ねて笑みを浮かべ、“気にしないでください”と軽く首を振った。トランスリープを実際に行ってみて、初めて判明した事実だからだ。


「問題はそこじゃねーよな?」とのんびりとした口調のノヴァルナ。


 ノアは「ええ…」と頷いて話題を本題に移す。


「アッシナ家に掴まっていた時に聞いた話では、私は『ナグァルラワン暗黒星団域』で死んでいたはずなのです。それがこれからどの程度、未来に影響するかは不明なのですが、宇宙の分岐が起きた可能性があります」


 予め話を聞いていたノヴァルナと、発言者のノアを除く三人は声を揃えて「えっ!」と声を上げる。さらにノアは、アッシナ家の戦艦に捕らえられていた際に、スルーガ=バルシャーから聞かされた自分に関する人物データの内容を続けた。それによると、ノアの死にはキオ・スー艦隊の襲撃もノヴァルナも登場せず、単なる御用船『ルエンシアン』号の事故に巻き込まれた事故死となっているのだ。


 そんな中でノヴァルナとノアが気になったのは、『ルエンシアン』号の中でノアを殺害しようとしていた、昆虫のナナフシを思わせるロボットである。あれはどう考えてもノアを捕らえようとしていた、キオ・スー家の意図とは別の存在であったように思えるのだ。


 もしあれが他者による暗殺であったなら、ノアが聞いた人物データ上の事故死の話も、怪しくなる。残念ながらノアの死が、あの世界でどのような結果を招き、歴史の流れにどのような影響を及ぼしたかは今となっては不明だ。




 量子力学的に、未来の事象が過去に影響を及ぼす可能性がある事は以前、ノアがノヴァルナに語った話だが、ノアが死なず、ノヴァルナが皇国暦1589年のムツルー宙域にトランスリープした事が、さらに向こうでひと暴れして帰って来た事が、多元宇宙を出現させた可能性が考えられる。


 ノヴァルナとノアがムツルー宙域でやった事が、歴史的に大した意味を為さなければ、分岐した多元宇宙はやがて一つに集束するであろうが、銀河の勢力図に大きく影響したとなると同様の結果、または近似値の結果となる歴史に向けた、別の宇宙へと“成長”するはずだ。


 その多元宇宙の発生自体は大きな問題ではない。多元宇宙が発生した事で、二人が飛ばされたもう一つの皇国暦1589年に繋がる宇宙が破滅するわけではなく、“向こうの世界”で友人となったマーシャル達は無事だからだ。ただ再びトランスリープを行っても、同じ世界に訪れる事は出来なくなったのではあるが。


 それ以上に問題なのは、ノアを助けるため―――いや、正確にはノアを捕らえようとしたキオ・スー=ウォーダ家の、ダイ・ゼン=サーガイを妨害するために『ナグァルラワン暗黒星団域』にノヴァルナが現れた事であった。なぜならその時点ですでに、歴史が改変していた事を示しているからである。




では、いつ、どこで、改変が起きたのか?―――




 唯一の手掛かりとなるのは、やはりあの恒星間ネゲントロピーコイルを建造した、正体不明の存在だった。熱力学的非エントロピーフィールド―――トランスリープチューブを発生させたのが何者で、何を目的としているかだ。


 ムツルー宙域で見た、六つの星系にまたがる恒星間ネゲントロピーコイル。あのようなものを建造するには、天文学的な予算と恒星間規模の組織が必須であるのは間違いない。


「さっき、NNLで調べたんだが―――」そう切り出したのはノヴァルナだった。


「やっぱあの、恒星間ネゲントロピーコイルについての情報は、何も出てねぇ。どこぞの誰かが秘密裡に建造したか、皇国政府が建造して情報を非公開にしているかだが…」


「あなたが言った、『ラグネリス・ニューワールド社』は?」


 ノアはノヴァルナがオーク=オーガーの機動城『センティピダス』の中で見た、組織の裏帳簿に記載があった、惑星パグナック・ムシュのボヌリスマオウ農園を製作したと思われる植民星開拓企業の名を出した。


「いや、そいつはまだだ」とノヴァルナ。


「要領のいいあなたにしては、珍しいわね」


 皮肉ではなく、本心で首を傾げるノア。ただやはりノヴァルナには理由があった。


「もしその企業がクロだった時、迂闊にNNLで探りを入れてセキュリティに引っ掛かったら、この船からのアクセスが知られる可能性があるだろ? 下手に足がつくような真似はしたくねーからな」


 それを聞いて、ノアは納得したように眉を軽く上げ、小さくお辞儀を返す。そもそも怪しい謎の存在と言っても、今はまだノヴァルナの個人的疑念の範疇を出ず、一地方領主の嫡男が、“気に入らねぇ!”という理由で嗅ぎ回ろうとしているだけなのだ。


「そういうわけで―――」


 と言いながらノヴァルナがモルタナを振り向くと、モルタナはニヤリと口元を歪めて片手を挙げ、言葉の続きを制した。


「みなまで言いなさんな。カーズマルスとあたいらで、そのラグネリスとかいう会社を、気付かれないように調べてくれってんだろ? 面白そうだし、引き受けようじゃないのさ…だけど時間が掛かると思うよ。いいかい?」


 モルタナの言葉にノヴァルナは両手を広げて鷹揚に頷く。


「もちろんだ。今はまず、俺の家とノアんのケンカを止めるのが先だからな」


 そう言ってノヴァルナはノアと視線を合わせた。モルタナは「了解だよ」と応じ、船の状況を確認するために席を立つ。そして食堂を去り際に告げた。


「あと二時間ほどで次のDFドライヴが可能になる。そしたらモルザン星系だよ」


「二時間か…」


 そう言ってノヴァルナはノアを振り向き、とぼけた顔で言い放つ。


「とりあえず、それまでイチャイチャしとくか?」


 人前での突拍子もない冗談に、ノアは頬を真っ赤に染めて「バ…バカっ!」と声を張り上げた………





▶#13につづく

 

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