#09

 

 各々の思惑が絡み合う中、やがてモルザン星系外縁部に、ドゥ・ザン=サイドゥの艦隊が、数十隻ずつの少集団に分かれて次々と空間転移して来た。


 それは約二十万キロ離れた、ナグヤ=ウォーダ艦隊旗艦『ゴウライ』の艦橋から眺めてみると、夜空の星が次第に瞬きを増やしていくようにも見える。しかしそれらの一つ一つが自分達に対して明白な殺意を抱き、またそれを実践する能力を有しているとなると、ロマンティックな気分には到底なれるものではない。


「探知方位311プラス5から、036マイナス5にかけ、敵艦多数出現!」


「家紋照合、『打波五光星団』。サイドゥ家の軍勢と確認」


「戦艦級42、重巡航艦級55、軽巡航艦級68、打撃母艦級18、駆逐艦級95」


「敵旗艦。第1艦隊『ガイライレイ』、第5艦隊『ベドゥリア』、第9艦隊『セレーラ・ゾア』、第1遊撃艦隊『バグルシェーダ』確認」


「敵軍陣形、雁行陣の模様!」


 サイドゥ家宇宙艦隊の転移完了と共に、一斉にオペレーター達が解析情報を読み上げ、艦橋中央の巨大な戦術情報ホログラムに、それらが追加表示されていく。

 その光景を司令官席で見詰めるヒディラス・ダン=ウォーダは、改めてサイドゥ家艦隊の統率の取れた行動に、感嘆のため息を漏らさずにはいられなかった。これまですでに五十隻以上の艦を失い、連戦で兵も疲労を蓄積させているはずなのだが、そんな気配を感じさせないのだ。領民の掌握には苦労をしていると聞くドゥ・ザンだが、少なくとも兵達の掌握は完璧のようである。


 それに引き換え―――と、ヒディラスは左前方に小さく見える、キオ・スー艦隊旗艦の『レイギョウ』を睨みつけた。ここに来てもキオ・スー艦隊の動きは鈍い。相互不信に囚われている各ウォーダ家ではあるが、イル・ワークラン艦隊が離脱した今、なおさら戦意を高めて立ち向かわなければならない局面だというのに、宗家当主たるディトモスには、全軍に向けて檄の一つでも飛ばす気はないようだ。


「全艦、砲雷撃戦用意!」


 気を取り直してヒディラスは強い口調で命じた。


 するとそこに、通信士がそのディトモスから連絡が入っている事を知らせた。気勢を削がれた気分で、ヒディラスはこちらに繋ぐように言う。しかし通信を繋いだディトモスの告げた言葉に、ヒディラスとその幕僚達は気勢を削がれるどころではなくなった。それはキオ・スー艦隊の撤退である。


 スクリーンの中から自軍の撤退を告げるディトモスに、ヒディラスの幕僚達から怒号交じりの抗議の声が上がる。無論ヒディラスも黙っているはずがない。


「なんのおつもりですか、ディトモス様!! 敵はすでに目の前なのですぞ!!!!」


 だがディトモスの表情には、暗い決意のようなものが見て取れた。


「作戦の変更だ。貴殿にはこのモルザン星系の、第二次防衛線を死守してもらう」


「死守!?」


「死守だと!?」


 筆頭家老のシウテ・サッド=リンをはじめとする幹部達が声を荒げる。ムルク星系の第一次防衛線では殿軍しんがりを任じられ、今度は死守命令とは、明らかにキオ・スー家はこの戦いを利用してナグヤ家を排そうとしている。ヒディラスは怒りを飲み込んで、淡々とした口調で問い質す。


「我等に死守を命じられて、ディトモス様はどのようになさるおつもりか?」


「無論の事、オ・ワーリ=シーモア星系外縁部で最終防衛線を引く。貴殿らが奮戦叶わずモルザンを抜かれた場合に備えて、カーミラ星系と双方が防衛できるよう、二段構えの防衛線を引き直すのだ」


 なるほど、考えたものだ…とヒディラスは思った。イル・ワークラン家で謀叛が起こったため、鎮圧に向かったヤズル・イセス=ウォーダの艦隊は、サイドゥ家を相手取るのも困難なはずで、カーミラ星系の防衛もキオ・スー家が負う必要性が出て来たのは確かだ。ディトモスはそれを建前として、ヒディラスに死守命令を下したのである。

 戦力的にはサイドゥ家の部隊が、ウォーダ家の二つの首都星系にまで侵攻する可能性が低い事は、NNLのニュース内でも分析されていたがあくまでも可能性であって、ドゥ・ザン自身が語った事ではないのだ。


 しかし綺麗事を口にしても心根は隠せないもので、ディトモスはつい本音を漏らす。


「…そろそろ、けじめのつけ時だと思うのだがな、ヒディラス殿」




 しばらくの間が空いたあと、ヒディラスは「かしこまりました…」と深く頷いた。最初からそう言えばいいものを…と僅かに口元を歪める。今日こんにちのウォーダ家とサイドゥ家の険悪な関係を作り出したのは、ヒディラスのミノネリラ宙域への独断侵攻に端を発したのは揺るがない事実で、キオ・スー家やイル・ワークラン家からすれば、自分達はその巻き添えにされたに過ぎず、遺恨があって当然だ。


 この時、ヒディラスはダイ・ゼン=サーガイが、ナグヤ家のフルンタール城を襲撃している事を知らなかった。セルシュ=ヒ・ラティオが第2艦隊を率いてアージョン宇宙城の救援に向かったあと、迂闊な交信を行ってサイドゥ家に傍受され、動きを知られる可能性を回避するためと称したディトモスの指示で、無線封鎖を開始していたからだ。


 ダイ・ゼンの襲撃自体は失敗に終わりそうな勢いであるが、ヒディラス以下、ナグヤ家の勢力をここで大幅に衰退させる事が出来れば、あとはどうとでもなるとディトモスは踏んでいた。キオ・スー艦隊でナグヤ家そのものを、惑星上空から制圧してしまう事も容易となるためである。


 サイドゥ家に対してはヒディラスの処分に加え、相当量の領域の割譲など停戦合意には大幅な補償が必要となるだろうが、もはや仕方あるまい。


「なに。けじめと言うても、死ねと申しておるわけではないぞ、ヒディラス殿―――」


 心にもない言葉を付け加えるディトモス。


「勝てばよいのだ。勝てばな」


“そうだ。万が一にもヒディラスが勝利した場合に備え、やはりクローン猶子共は人質にしておかねばならん。ダイ・ゼン…何をやっておる”


 自分の言葉で手抜かりに気付いたディトモスは、不意に顔をしかめて、急き込むように続けた。


「よいな、ウォーダ家の浮沈はひとえに貴殿の働きにかかっておる。ここで敵に大打撃を与えれば、これ以上の侵攻は阻止出来よう」


「…了解致しました」


 少し間を置いてヒディラスは無表情で応じ、さらに続ける。


「だが次男カルツェには、後退を認めて頂きたい」


「相分かった。だがラゴンはサイドゥ家来襲の危険性がある。我等の防衛戦に巻き込まれぬよう、カルツェ殿は公転位置的に安全な、第七惑星サパルの宇宙要塞マルネーまで後退されるがよかろう。武運尽きたる時は、カルツェ殿を当主に我等もナグヤ家を盛り立てるゆえ、存分に武人の本分を全うされよ」


 今カルツェにラゴンへ戻られては厄介なディトモスは、適当な理由をつけ、カルツェの後退先を変更させた。確かに位置関係的にはサイドゥ家部隊から見て、現在第七惑星サパルは第四惑星ラゴンの向こう側を公転していて遠い。


「では、そのように…あとの事はよしなに」


「うむ」


 ヒディラスの言葉に短く返答したディトモスは、そそくさと通信を切り、配下のキオ・スー艦隊172隻に反転を命じた。






▶#10につづく


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