#08
高速輸送船『ラブリードーター』での宴がようやく終わりを迎えた頃、ミ・ガーワ宙域からオ・ワーリ宙域へ侵入した、セッサーラ=タンゲン率いるイマーガラ家宇宙軍の三個艦隊は、とある恒星系で一時的に停止し、針路を変更しようとしていた。
直進すればウォーダ家の二つの首都星系である、オ・ワーリ=カーミラとオ・ワーリ=シーモアなのだが、タンゲンの思惑は別のところにあったためだ。
旗艦『ギョウガク』の司令官室で香を焚き、艦の周囲をホログラム投影した星空の中に瞑想するタンゲンの元へ、情報参謀が訪れる。背後から歩み寄る情報参謀に、タンゲンは閉じた目を開く事無く自分の方から問い質した。
「キオ・スーのダイ・ゼンが苦戦しておるか?」
「は?…ははっ。キオ・スーに潜ませた諜報員からの連絡です」
自分が報告するべき言葉をタンゲンに先に告げられ、情報参謀は少し面食らった表情を浮かべる。
キオ・スー家筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイは、ナグヤ=ウォーダ家嫡流のクローン猶子三兄弟を捕らえるため、当主ヒディラス以下主立った首脳が、ミノネリラ軍の迎撃で出払っている隙を衝き、三兄弟の住むフルンタール城を襲撃した。ところが主君ノヴァルナの行方不明で待機中であった親衛隊、『ホロウシュ』が独断で出撃してこれを迎え撃った事で、大損害を受けているらしい。
ダイ・ゼン=サーガイは主君であるキオ・スー=ウォーダ家当主、ディトモス・キオ=ウォーダにも秘密で、数年前からセッサーラ=タンゲンと結託していた。これはノヴァルナの父親ヒディラス・ダン=ウォーダの元、ナグヤ=ウォーダ家が勢力を拡大し始めた頃からの関係である。
今回のダイ・ゼンの行動も、タンゲンのオ・ワーリ侵攻に連動させたもので、その最終目標はキオ・スー=ウォーダ家が単独でオ・ワーリ宙域の領主となり、イマーガラ家と同盟を結ぶ事にある。しかもタンゲンの罠は、ミノネリラ宙域のサイドゥ家にも仕掛けられており、いずれはキオ・スー=ウォーダ家、イマーガラ家、そして新たな当主を迎えるサイドゥ家との間に三国同盟を締結し、周辺宙域の安定を図る構想があった。ダイ・ゼンはその構想に乗っかったのだ。
だがタンゲンのしたたかさは、もう一方のイル・ワークラン=ウォーダ家のカダール=ウォーダとも、同様の秘密協定を結んだところにある。カダールとその支持勢力による、イル・ワークラン=ウォーダ家内のクーデターは、この協定に基づくものであった。
実のところタンゲンはダイ・ゼンをさほど信用はしておらず、カダール=ウォーダとも秘密協定を結んだのは、いずれかがしくじれば、片方を生かす計画だったからだ。さらにそれを見極めるため、双方に潜ませた諜報員から、逐一状況報告を受けていたのである。
しかしその諜報員からの報告を聞かずともタンゲンは、ダイ・ゼンが失敗する事を予見していた思われる。
それは何度か接触を繰り返すうちにダイ・ゼンという男が、悪知恵は働くが実行力に難があるのを見抜いたからであった。それだけならまだ使いようはあるのだが、始末が悪いのはダイ・ゼン自身にその自覚がない点だ。
誰か実行力のある部下に任せればよいものを、そのような大事の時に限って陣頭指揮を執ろうとする、自尊心の高さが問題で、『ナグァルラワン暗黒星団域』でノア姫を捕らえ損ねたのも、ノヴァルナの乱入以前にダイ・ゼンの指揮がまずかったのだと、タンゲンは評価していた。
そうであれば、今回ダイ・ゼンがナグヤ=ウォーダ家のクローン猶子の捕縛に苦戦しているのも、タンゲンからしてみれば想定の範囲内であり、驚くような話ではない。
“やはり、使えぬ男か…”
タンゲンはダイ・ゼンに対し何の感慨もなく、内心で呟いた。
しかも何よりタンゲンの部隊が、ミ・ガーワ宙域のアージョン宇宙城を抜き、オ・ワーリ領内にまで侵攻して来ている事を、ダイ・ゼン=サーガイもカダール=ウォーダも知らないのが、タンゲンがこの二人をどう見ているかを表していた。
“ダイ・ゼンがしくじったとなると、カダールの謀叛もあって、ディトモスのキオ・スー艦隊はオ・ワーリ=シーモアまで後退するはず…となると、むしろ事が運び易いというものよ”
恐ろしい事にタンゲンは、ダイ・ゼンの失敗とそれに引きずられて、キオ・スー艦隊が対サイドゥ家戦線を離脱するであろう事まで、戦略に組み込んでいたのだ。
“最も警戒すべきであったナグヤの大うつけが消えた今、ヒディラスさえ屠れば、カダールであろうがディトモスであろうが…はたまたナグヤのカルツェであろうが、誰がウォーダの宗主になろうと、大望を抱き、実行しようとするだけの器量はない。生き残るに任せておけばよかろう―――”
腹の底でそこまで考えたタンゲンだが、不意に咳き込む。先日来やや体調不良の気配があったが、風邪の類いかもしれない。ヤヴァルト皇国が銀河に進出した後でも、風邪という単純な疾患は撲滅出来ないでいる。様々な植民星を無数に得た結果、様々な病原体も銀河に入り混じるようになったためと言われていた。
「ドクターにお薬を処方させましょうか?」
その言葉でタンゲンは、情報参謀がまだ背後に控えていた事を思い出した。自分の考えに没頭して失念していたのだ。万事備えに油断のないタンゲンにしては、珍しい不覚である。“わしとした事が…”とドラルギル星人の東洋の龍に似た顔に僅かな苦笑を浮かべて、情報参謀に「いや。心配には及ばん」と応じ、背後を振り返り言葉を続けた。
「それより作戦室に各艦隊司令と参謀達を集めよ。最終の打ち合わせを行う」
そしてその三時間後、タンゲンのオ・ワーリ侵攻部隊がいた恒星系に達した、セルシュ=ヒ・ラティオのナグヤ第2宇宙艦隊は、タンゲンの艦隊が針路を変更して超空間転移を行った、そのエネルギー残滓の分布を解析して、顔色を失っていた。
「モルザン星系方向だと!?」
声を荒げて問い質したのは、ノヴァルナに代わり第2宇宙艦隊の指揮を任されている、ナグヤ家次席家老のセルシュである。モルザン星系はミノネリラ宙域から侵攻して来た、サイドゥ軍に対する第二次防衛線が敷かれた地だからだ。
ナグヤ第2宇宙艦隊がアージョン宇宙城の防衛に向かった時点では、サイドゥ軍に対してウォーダ家が第一次防衛線で迎え撃つ直前だった。そしてそこでの撃退に失敗した場合は、モルザン星系の第二次防衛線まで後退し、軍を立て直すのが当初の計画である。
戦場においては現実主義者のセルシュは、甘い考えを抱いてはおらず、第一次防衛線でのサイドゥ家撃退はほぼ不可能と読んでいた。そして猛将ヴァルツ率いる少数ながら強力なモルザン星系艦隊が加わる、第二次防衛線こそが対サイドゥ軍迎撃戦の本命だと考えていたのだ。
ところがそこにセッサーラ=タンゲンのイマーガラ軍が乱入するとなると、事態は由々しきものとなること必至だった。どう考えてもイマーガラ軍がウォーダ家の味方をするはずがなく、またサイドゥ家と同盟を結んだという話も聞き及んでいない。
しかもこのセルシュの困惑には、カダール=ウォーダの謀叛を原因としたイル・ワークラン=ウォーダ家艦隊の離脱という、より事態を深刻にさせる状況の変化を、潜宙艦による通信妨害で知る事が出来ないために含まれていなかった。
そしていかに老練なセルシュであっても、深謀遠慮に富んだセッサーラ=タンゲンの計画を見抜くのは不可能というものである。タンゲンの陰の采配でオ・ワーリではカダール=ウォーダとダイ・ゼン=サーガイが、そしてミノネリラではギルターツ=サイドゥが動いている事など思いも寄らない。
「ともかく。我等もタンゲン艦隊のあとを追うしかない!」
セルシュが旗艦『ヒテン』の艦橋でそう言い切ると参謀達も頷く。
「これは好機となるやも知れませぬぞ」
と一人の参謀が口を開く。
「我等は現在、タンゲン艦隊に追いついて来ております。上手くいけば、モルザンの第二次防衛線で、転移直後のタンゲン艦隊の後背を突く事が出来るかも知れませぬ」
その言葉に他の参謀達も「おお…」と頷いて同意する。
しかしセッサーラ=タンゲンはやはりそう甘くない―――
艦橋から見える第2艦隊の右端で小さな閃光が走った。「なんだ?」と視線をやる幕僚達の元に至急電が入る。
「第12戦隊重巡『キルギング』より入電。“ワレ魚雷ヲ被弾セリ。探知方位不明ナリ”。以上」
それはセルシュ艦隊をこの恒星系に足止めするため、これまで通信妨害に徹していた、イマーガラ家潜宙艦隊の襲撃の始まりだった………
▶#09につづく
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