#07
その後ほとんど休む事も無く、モルタナとノヴァルナ達は『センクウNX』と『サイウンCN』と共に、『クーギス党』の高速輸送艦へ移乗した。新たに『クーギス党』に加えられた二隻の旧ロッガ家の輸送艦は、『ラブリードーター』と『プリティードーター』と名付けられており、高速化されているのは『ラブリードーター』の方である。
それからおよそ二時間後、発進準備が整った『ラブリードーター』は、単艦でオ・ワーリ宙域に向かい始めた。艦には『センクウNX』と『サイウンCN』の他に、宙雷艇を改造した『クーギス党』の海賊船が二隻と、旧式ASGULの『ザルヴァロン』が三機、収容されている。今回は『クーギス党』は戦闘に参加する予定はないが、万が一の場合に『ラブリードーター』を防衛するための戦力として、モルタナが乗せたのだ。
試験航行を兼ねた『ラブリードーター』の最初の全力DFドライヴは、想定よりも大きく船体に負荷がかかったが、航行への支障を懸念する程ではない。
重力子のチャージが終了し、次のDFドライヴによる超空間転移が可能になるまでは、およそ三時間。それまでの間という事で、艦内の食堂ではノヴァルナ達の生還祝いを兼ねた、歓迎会が開かれていた。
ただ『ラブリードーター』は元は軍用輸送艦と言っても、高級士官用食堂のようなものはなく、会場となった一般の船員と共用の広い食堂には、『クーギス党』の幹部と部下達が入れるだけ集まって来ており、その人数は百人近くもいる。
「あんた達、いい加減にしな!―――」
と、立ち上がって配下の海賊達を怒鳴りつけたのはモルタナだった。しかしその表情に怒りはない。
「若様の生還祝いとか言って、ホントは宴会したいだけじゃないか!」
モルタナの言葉に『クーギス党』の海賊達の間からドッ!と笑い声が起こる。それに応じて二人の海賊が立ち上がり、冗談めかして言葉を返した。ノヴァルナはその二人が誰であるか思い出す。カダール=ウォーダとの戦いに臨む前、ノヴァルナ自身が自分の乗るASGULの整備をしていた時に、冗談で盛り上がった輪の中にいた整備兵だ。
「そんな事ァ、ねーですよ!」
「若様万歳!」
そう言ってビールの入ったジョッキを高々と掲げ、乾杯の意を示すと、他の海賊達も一斉にジョッキを掲げて「万歳!」と言い放った。ノヴァルナは上機嫌で「おう!」と声を上げ、親指を立てた拳を突き出す。
それでまた歓声が起こり、酒宴がさらに進み始める。テーブルの端に大人しく座っているカールセンとルキナの所にも何人かの海賊達がやって来て、「さぁさぁお客人。どうぞどうぞ」と陽気な声でビールや料理を勧め、仲間の輪に誘う。
「ナグヤの若様の恩人ですってねぇ。てぇしたもんだ!」
「いや、どうも…」照れ笑いを浮かべるカールセン。
「こちらは奥さんですかい? こりゃまた美人で羨ましい」
「でしょ? やっぱりそう思う? そうよねぇ」
この辺りの打ち解け方は、さすがにルキナと言ったところである。あっけらかんと朗らかに言い返すと、海賊達に笑い声が上がった。
“宇宙海賊”を名乗ってはいるが、そもそも『クーギス党』の構成員は、シズマ恒星群の本当の海で漁業を営んでいた船乗りや、独立管領家の生き残りとその家族であり、惑星アデロンを牛耳っていたオーク=オーガーのマフィアのような、正真正銘の悪党共というわけではない。むしろ義理人情に篤い善人の集団であった。
そう言った連中であるから、当然ノヴァルナの所にも海賊達は集まって来る。壊滅寸前だった『クーギス党』を救ってくれた上に、水棲ラペジラル人の居留地まで提供してくれたとあっては、もはやゲームの世界の勇者様並みの扱いだ。
副首領のモルタナから、事前に「若様に酒を飲ませるのは駄目だよ!」と、きつく言いつけられているため、酒こそ持っては来ないものの、入れ代わり立ち代わり挨拶に来て、ノヴァルナを「ちょっとは俺にもメシ喰わせろ!」と苦笑させている。
そんなノヴァルナの右隣りにはノアが座っており、こちらも海賊達から挨拶を受けているが、挨拶をする海賊達は誰もが些か緊張気味だった。上品に振る舞うノアに、星大名の姫という立場のオーラを感じているのだろう。
そのノアのさらに右隣りに座っていたモルタナは、ノアに緊張した面持ちで挨拶をする手下の一人を冷やかした。
「ったく、いつものあんた達らしくないねぇ。カチコチじゃないか」
「そ…そりゃ、星大名のお姫様なんて、滅多にお目にかかれるもんじゃねえですし」
「何言ってんだ。お姫様なら毎日拝んでるだろさ」
モルタナがそう言うと手下は首を傾げる。
「へ?…他にお姫様なんてどこに?」
「ここに」
自分を指差すモルタナ。
「…はて?」
「はっ倒すよ!」
モルタナのツッコミに笑いの渦が起きる。
そんな騒ぎにノアは戸惑った笑顔で隣のノヴァルナを振り向いた。ところがノヴァルナはノアをほったらかしで、いつの間にかテーブルの向かい側に座った大柄の海賊と、超大盛パスタ料理の早食い競争を始めている。周囲では大勢の海賊達が二人をはやし立てて、ノヴァルナもノリノリだ。
もう、なにやってんだか…と呆れた表情で、ノアは硬めに揚げたポテトスティックを行儀悪く指で摘み、口に放り込む。ノアのその様子を見て、モルタナは苦笑いしながら声をかけた。
「すまないね。姫様には合わない空気で」
「い、いいえ。私もこんな雰囲気は嫌いではないですから」
「そうかい? 無理しなくていいよ」
「…でも意外です。ノヴァルナがこんなに、皆さんに慕われてたなんて」
海賊達の宴会の様子をひとわたり見回したノアは、素直に自分の気持ちを口にした。モルタナはそれに「はははは…」と笑ってから応じる。
「世間一般のウケは最悪だからね、あの若様は。だけど実際に接して、本音を曝け出して向き合ってみればあの通りさ…だから姫様も惚れたんだろ?」
的確過ぎるモルタナの切り返しに、ノアは頬を染めて「え?…えっと…」と動揺した。そこにモルタナの反対側でノアの隣に座るノヴァルナが、二人のひそひそ話に気付いて振り向く。口の中にはパスタを目一杯頬張ったままだ。
「ひゃはは、へーはん。ひもももひひんははひゃんひひ!(だからねーさん。コイツを口説くのは無しだって!)」
「ちょっと! ノバくん、行儀悪すぎよ!!」
ノアが強い口調で窘めると、ノヴァルナはゴクリと喉を鳴らして、口の中のパスタを強引に飲み下し、慌ててノアに言い返した。
「馬鹿おまえ! ここでノバくん言うな!!」
ノヴァルナが慌てた理由はすぐに判明する。ノアの向こうに座るモルタナが、今のノアの言葉を聞いてにんまりとしていたからだ。
「ほぉお、“ノバくん”ねぇ~…普段はそんな風に呼んでもらってるんだぁ~」
「う…」
これはマズいとノヴァルナは顔を引き攣らせた。“ノバくん”は元々ルキナが言い始めた呼び名だが、もはやそんな事は関係なくなっている。問題はモルタナに、自分を弄る新たなネタを与えてしまった事だ。だが意外にも、ここでノアが助け舟を出す。
「駄目ですよ、モルタナさん。この人をノバくんと呼んでいいのは、私と名付け親のルキナさんだけですから」
きっぱりと言い切るノアにモルタナは目を丸くした。お淑やかそうな見た目と裏腹に、結構な気の強さである。ただ釘を刺された当のモルタナは、気分を害するどころか、感心した表情でノアを見返した。そして「ハハハハッ!」と笑い声を上げる。
「いいね、お姫様。あんたを気に入ったよ」
ノヴァルナからモルタナの性癖を聞かされているノアは、当惑した顔をした。モルタナは「ああ、いや、そういう意味じゃなくてさ―――」と否定の言葉を入れておいて、さらに続ける。
「あんたみたいに気の強い女の方が、そこのひねくれものの若様には、お似合いだっていう話だよ。なんせそこの若様ときたら、大事に思ってる人間にほど、本心をはぐらかしちまうからねぇ」
「そ、そうでしょうか?」
ノヴァルナをよく知る友人らしいモルタナから、お似合いと言われて目を輝かせるノアの向こうで、ノヴァルナは赤い顔を背けて聞いていない振りをしていた………
▶#08につづく
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