#11

 

「36宙戦、電子戦機雷を射出しつつ、全艦離脱!」


 カールセンは、臨時編成のダンティス軍軽巡航艦と駆逐艦に命令を発し、工作艦『デラルガート』を、護衛が機能しなくなった『ヴァルヴァレナ』へ突進させた。一方の36宙戦は散開し、各艦が電子戦機雷を12基、6基ずつ二回で前方へ扇状に投射しながら離脱を開始する。


 一見すると昔の人工衛星を思わせる電子戦機雷は、小型で爆発兵器ではないが、一定の時間、強力な通信障害などの電子妨害機能を発揮する、厄介な代物であった。それが旗艦の周辺にバラ撒かれたのであるから、アッシナ軍本陣の左翼部隊は指揮系統が一気に麻痺する。それは局部的だがNNLの機能障害で混乱した、緒戦のダンティス軍と同じ状況だ。


 この状況を見逃さなかったのはセシル=ダンティスと、指揮下のダンティス軍本隊である。


「全艦! 左前形傾斜陣を取れ。加速前進!」


 セシルはギコウ=アッシナの本陣中央と、スルーガ=バルシャーの左翼を分断するため、今の敵陣形に合わせた、最も火力を叩きつけ易い陣形に変えて前進を命じた。これが指揮系統の麻痺したバルシャーの左翼部隊にとって、致命的となったのは言うまでもない。相次いで僚艦が爆発するのを見た幾つかの艦が、損害も受けていないのに撤退を開始する。


 この混乱の中、『センクウNX』で敵旗艦のBSI格納庫に侵入していたノヴァルナは、『デラルガート』の接近を確認した。


「カールセン、来たか!」


 工作艦『デラルガート』は、ノヴァルナのいる『ヴァルヴァレナ』の右舷下側―――BSI格納庫の真横に停止すると、前方で盾代わりにしていた敵の重巡航艦を、ワーキングアームを使って、自らの右側へ移動させた。艦が停止した事で、盾代わりの重巡航艦から一斉に脱出ポッドが飛び出していく。重巡航艦は味方からの砲撃を散々に受けていたらしく、その艦腹は穴だらけになっており、乗員が艦を奪い返すより逃げ出したくなるのも当然だと思われた。


 そして『ヴァルヴァレナ』に横付けした『デラルガート』は、使用可能なワーキングアームを『ヴァルヴァレナ』の損害箇所、つまりノヴァルナが『センクウNX』で与えた外殻の被弾孔や、BSI格納庫内部のポジトロンパイクで斬り裂いた箇所に伸ばす。


 これが味方同士ならば、工作艦『デラルガート』が戦艦『ヴァルヴァレナ』に、修理を施している光景になるところだろう。


 ところが実際はその真逆だった。『デラルガート』が伸ばした十一本のワーキングアームは、もの凄い勢いで『ヴァルヴァレナ』を解体し始めたのだ。

 ダンティス家とアッシナ家と言ってもテクノロジーは共通しており、宇宙艦の構造はほぼ同じである。アンドロイドが操作するワーキングアームが何の迷いもなく、的確かつ迅速に『ヴァルヴァレナ』の装甲板を引っぺがし、各種のパイプや装置を取り外し、艦の構造材の接合部を分解していく。


「てっ!…敵艦が、接舷した敵艦が、本艦を解体していきます!!」


「ぬぇええいッ!! さっきから無茶苦茶な事を! ダンティスの奴等は命知らずばかりか!!」


 オペレーターの言葉に声を上ずらせるバルシャーだが、その認識は些か間違いだ。命知らずなのはダンティスの奴等ではなくノヴァルナとカールセン、それにカールセンの妻のルキナだからである。だか命知らずが誰であれ、窮地に追い込まれたのは確かだった。


「陸戦隊はどうした!? 何をやっている!!!!」


「格納庫への通路が侵入したBSHOに全て破壊され、塞がって辿り着けないようです!」


「く…!」


 バルシャーが奥歯を噛み締めた直後、『ヴァルヴァレナ』の艦橋の電源が一斉にダウンした。代わりに生命維持を含む最低限の非常時システムが起動し、モニターも幾つかが再点灯する。


「どうした!?」


 問い質すバルシャーに、オペレーターが焦りを隠せずに応じた。


「艦の主要システムのメインを、接舷した敵艦に奪われました!!」


「!…という事は…」


 言葉を失うバルシャー。副長は噛みしめるように告げる。


「この艦が乗っ取られた…とご理解下さい」




 BSI格納庫に敵の機体が無理やり乗り込んで来て暴れ、そのうえ敵艦が接舷して“解体”という、思いも寄らぬ攻撃を仕掛ける―――これほどの異常ならば、その攻撃を仕掛けられている『ヴァルヴァレナ』の中にいる戦闘に直接関係していない人間にも、何かが起きていると判断出来る。


 それは無論、独房に監禁されて外部情報が得られない状況の、ノア・ケイティ=サイドゥにも当て嵌った。ただそれでも自分の想い人が、直線距離で二百メートルほどのところまで来ているという事実は、想像の範囲を超えていたが。


 ノアは捕虜ではあったが、彼女を連行したアッシナ家のレブゼブ=ハディールが、その存在を主家に隠しておきたいがために、警備兵達に賄賂を渡して買収し、捕虜の記録を残さずに独房に閉じ込めておくよう手配していた。


 『ヴァルヴァレナ』に連れて来られて以来、いや、ここへ向かう恒星間シャトルの中で意識を取り戻して以来、ノアはほとんど心を閉ざしたままである。

 それ故にダンティス軍との戦闘が始まっても、外部の状況が伝わってこない事もあって、今の全てに関心がなかった。


 だがそれでも思考を完全に停止させていたわけではない。この艦に来て、ノアの遺伝子情報を調べたレブゼブが口にした、ノア・ケイティ=サイドゥは三十四年前に『ナグァルラワン暗黒星団域』で事故死しているという事実が、心に引っ掛かりを生んでいたのだ。


 実際には自分はノヴァルナに助けられ、この世界へ飛ばされて来たのだが、記録では死体も発見されたという不可解な状況が、皮肉にもノアに生きる力を与えていた。何が起きたのかを知りたいという欲求が、ノアに精神的な死を受け入れる事を拒ませていたのである。




 そこに独房―――艦が大きく震え始めた。壁に収納する形式の固定された椅子に腰を掛けた、ノアの長い黒髪が揺れる。ずん!という地響きに似た震動に続き、微弱な揺れ、そして今度はドアを軽くノックし続けるような響きだ。


 それはノアに既視感をもたらした。自分が乗っていたサイドゥ家御用船、『ルエンシアン』号がウォーダ家―――ああ、襲ったのはキオ・スー=ウォーダ家でナグヤ家じゃないと、区別してあげないと、ノヴァルナの機嫌が悪くなるんだった…に襲われた時を思い出す。




あの時と同じように、この船も炎に包まれるのだろうか………




もし自分の死が歴史の必然なら、その辻褄合わせとして、ここで死ぬのだろうか………




 すると不意に独房の照明が消え、すぐに再点灯した。そしてまた消えてさらに再点灯。この艦が攻撃に晒されているに違いないとノアは判断した。結構な事だ。自分の捕らえられている艦が戦っているダンティス家の当主マーシャルは自分の想い人の友人だ。部隊旗艦のこの艦が攻撃に晒されているなら、ダンティス家が勝っているという事になる。



だがノアは大切なことを失念していた。



御用船が炎に包まれたあの時、助けに現れたのがノヴァルナだったという事を―――





▶#12につづく

 

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