#09

 

“不憫なものよ…”


 回想から現世(うつしよ)に戻ったギルターツは、数ミリ四方にまで引き裂いた通信文をダストボックスへ捨て、胸の内で呟いた。それはこれから本拠地ミノネリラ星系を追われる事になる、父親ドウ・ザンに対するものでもあり、『ナグァルラワン暗黒星団域』で死んだと思われる妹、ノア・ケイティに対するものでもあった。

 ただギルターツが肉親に憐れみを感じたのはその束の間で、直後には、自らがイースキー氏を名乗ったあとの、ミノネリラの戦略を描き始める。


“イマーガラ家、ウォーダ家との三国同盟がなったあとは、ロッガ家との和睦を図らねばならんな。そのためにもやはり皇国貴族の地位は必要…単に成り上がり者のサイドゥ家の当主を継いだだけでは、侮られるだけだ”


 高齢のセッサーラ=タンゲンの隆盛は、あとそれほど長くは続くまい…その後の同盟は、このギルターツが主導権を握ってやる―――そう考え、ギルターツは執務机の上に浮かんだ、小さなシグシーマ銀河系のホログラムを舐めるような目で眺めた………






 そしてズリーザラ球状星団では、遂にダンティス軍655隻とアッシナ軍586隻の宇宙艦隊が接触。前哨戦が開始されていた。ダンティス軍先鋒の司令官はモルック=ナヴァロン。この戦いの前にダンティス家に寝返った、ナヴァロン星系の領主である。

 対するアッシナ軍先鋒艦隊司令はタルガザール・ショウ・ゲン=ドルミダス。さらにその配下の戦隊司令官はモルック=ナヴァロンの実子、ターナーだった。


 父の裏切りに闘志は充分であったターナーだが、如何せんモルック艦隊が42隻に対し、ターナーは12隻。この戦力差では勝敗は見えている。


「どけい! 小僧!」


 旗艦の艦橋で長い白髪を振り乱し、モルックは自分の息子を闊達に小僧呼ばわりした。戦艦の砲列がターナー戦隊を捉え、複数の軽巡航艦と駆逐艦が火球に包まれる。


「おのれ、ジジイ!」


 それに対しターナー戦隊は、退避行動を取りつつも一斉に宇宙魚雷を発射。自分達が受けたのと同程度の脱落艦を、モルック艦隊に生じさせた。重巡航艦の艦腹に大穴が空き、戦艦群が防御用に並べたアクティブシールドも次々と機能を失う。


「ふん。やるではないか…」


 モルックは敵となった息子の力量に、複雑な表情で称賛の言葉を口にした。そこにターナーの後方から、ドルミダスの本隊が迫って来る。


 先鋒艦隊司令官のタルガザール・ショウ・ゲン=ドルミダスは、アッシナ家第3艦隊司令長官ウル・ジーグ=ドルミダスの息子であった。

 この親子の関係もモルックとターナー親子に似ており、父親のウル・ジーグは現アッシナ家当主ギコウに批判的だが、息子のタルガザールはギコウに忠誠を誓っている。そしてタルガザールは今回の戦いで大きな武功を挙げ、反ギコウ派の父ウル・ジーグを蹴落として、基幹艦隊である第3艦隊司令長官の座を手に入れるとの決意があった。


「ターナー、よくぞ足止めした。全艦全速前進!」


 退避行動を取るターナー戦隊の脇を通り抜け、タルガザールの先鋒艦隊が円柱型陣形を組んで突撃する。一斉雷撃により隊列の乱れていたモルック艦隊は、即座には対応出来ない。モルック自身の座乗する旗艦にも、数発のビームがアクティブシールドに命中してプラズマのスパークを輝かせた。さらなる被弾艦が続出し、モルック艦隊は統制を失う。


「急げ、艦隊を立て直せ!!」


 叫ぶモルックの眼前を、タルガザール艦隊が疾走する。


「駄目です! 突破されました!!」


「うぬ。しくじったわ!!」


 艦隊参謀の言葉に、モルック=ナヴァロンは司令官席の肘掛けを拳で叩いた。己の庭先同然のこのズリーザラ球状星団で、なんたる失態であろう。


 一方のタルガザール艦隊は、敵の先鋒を突破した幸先の良さに歓声を上げていた。タルガザールの旗艦でも、各士官が留飲を下げる中、参謀がタルガザールに問い掛ける。


「BSI部隊を出して、戦果の拡大を図りますか?」


 だがタルガザールは首を左右に振った。


「いや、まだだ。このまま敵の第二陣まで喰い破る。そこでBSIを使う」


 先鋒同士で潰し合っていては、好機を活かせなくなる―――そう判断したタルガザールは、モルック艦隊の陣形が崩れるに任せ、さらに艦隊速度を増してその背後に構える、ダンティス家第二陣へ襲い掛かる。




「ほう。気合い入ってるじゃねえか…」


 タルガザール率いるアッシナ家先鋒艦隊の機敏な動きに、それを総旗艦『リュウジョウ』の、戦術状況ホログラムで眺めるマーシャル=ダンティスは、苦笑をもって称賛した。第二陣の迎撃態勢もまだ、整ってはいないはずだからだ。


「モルック殿の艦隊を反転させますか?」


 タルガザールの動きに危機感を覚えたらしい参謀の一人が尋ねる。


 参謀の問いにマーシャルは僅かに迷いを見せる。第二陣を指揮しているのは第2宇宙艦隊司令のセシルだった。マーシャルが最も信頼を置く副将だ。だがリアルタイムで表示される戦術状況ホログラムでは、こちらも動きが鈍いように見える。モルックの先鋒が崩されるのが、予想外に早かったのである。


“モルックめ…やはり相手が自分の息子で、手心を加えたか”


 マーシャルは内心で舌打ちした。一番最初に接触したのが自分の息子ターナーの部隊であったため、“殺さない事”に気を回したのだろう。そのため、急接近して来たタルガザール艦隊への対応が遅れたのだ。


 だがどうする?…マーシャルは自分に問い掛けた。下手にモルック艦隊を反転させれば、敵方の第二陣に背後を衝かれてしまう。しかもその敵の第二陣を指揮しているのは、アッシナ家筆頭家老のウォルバル=クィンガであった。これはマーシャルも予期しなかった事である。クィンガはアッシナ家総旗艦『ガンロウ』に座乗する当主、ギコウ=アッシナの元で指揮を補佐しているものだと思っていたからだ。

 クィンガの艦隊司令官としての力量は今一つ不明だが、それ相応の戦力を有しているはずで、高い警戒レベルが必要である。


“ここはセシルに無理を頼むか…あとでまた、怒鳴り込んで来るだろうがな”


 隻眼を苦々しげに細めたマーシャルは、モルック艦隊への指示を質問して来た参謀を振り向いて告げた。


「モルック艦隊は一旦離脱。戦力再編を図りつつ指示を待て」


「はっ!」


 参謀が返答して通信士官に命令を伝える。マーシャルは“悪いなセシル。今度、ティルサルガのウイスキーを1ダース送ってやるから、勘弁してくれ…”と詫び、司令官席に背中を沈めた。だがこの時はまだ、マーシャルもセシルの動きが鈍いこの状況に、重大な事態が絡んでいる事を知らずにいたのである…




 そして当のダンティス軍第二陣ではすでに深刻な事態が起きていた。


 セシル=ダンティスの座乗する、第二陣第2宇宙艦隊旗艦『アング・ヴァレオン』では、統合指揮システムの大部分が突然麻痺した事で混乱の極みにある。


「システムダウン! システムダウンだ!」


「非常回線はどうした!!??」


「そんな事より敵艦隊だ! すぐそこまで来てるんだぞ!!」


 艦橋の中で各士官が慌ただしく行き交い、オペレーターは必死に機器を操作していた。




▶#10につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る