#13

 

 その頃、女性達を連れたノヴァルナとノアは、三つの階層に分かれた『センティピダス』の内部で、女性達が囚われていた倉庫のあった最下層から、細い非常用梯子を使って最上層へ向かっていた。

 激しく揺れる城の内部では、梯子を登るという行為は思うようにいかない。振り落とされまいとしがみつく度に、脱出までの時間が停止する。だがノヴァルナはここでも冷静だった。


「慌てるな。大きく揺れた時は、しっかり梯子につかまればいい。踏み外さないように一歩ずつ着実に登るんだ」


 先に最上層に上がったノヴァルナは、梯子を上って来る女性達に声を掛けて励ました。一方の最下層では、ノアが非常階段の出入口の扉に向けて、鋭い目で銃を構え、梯子を昇っていく女性達を護衛している。断続的に押し寄せる激しい揺れに、閉めた扉の向こうで、金属製の大きな缶が転がるような音と、悪態をつく声が小さく聞こえた。オーク=オーガーの声だ。


「クソッ! これじゃまともに走れねえぞ! バカ野郎が!!」


 扉の向こうで喚きながら走り去るオーガーの気配に、ノアは緊張した面持ちで、扉に向けた銃を両手に握り直す。もしこちらに気付いて扉を蹴破って来るようなら、ありったけのビームを浴びせる決意だった。


「だが城が移動を始めたうえに、この揺れなら、女連れには簡単に降りられねえはずだ! 今のうちに追いつけ! 急げ!!」


 しかしオーガーはそう言い放ち、幸いにも手下を連れて、扉の向こうの通路をドタドタと駆けていく。彼等が目指しているのは、『センティピダス』の長大な胴体部中央に設けられている、底部昇降ハッチであった。


 ところでこれは奇妙な状況である。オーク=オーガーはノヴァルナ達が『センティピダス』の底部中央にある、ハッチから脱出を図るに違いないと判断しているが、その当のノヴァルナ達は非常用梯子を使って、『センティピダス』の最上層へ登ろうとしているのだった。

 無論上部にもハッチはあり、この機動城の見張り台や幾つかの外殻構造物へ、出られるようになってはいる。ただそこから外へ出ても、この揺れでは溶岩台地の上へ転落するのが関の山だ。


 だがノヴァルナは、囚われていた女性達を助けると決めた最初から、底部ハッチを使って脱出する事など考えてはいなかった。彼が考えていた脱出方法は、指令室の近くに格納庫がある、連絡用シャトルを奪う事だったのだ。ノアの協力によって得た機動城の内部見取図で、指令室のある頭部の二区画後ろに、連絡用シャトルが格納されているのを知った上で、逃走を図る侵入者が女性達を連れたまま、わざわざ指令室方向へ来るとは考えないだろうと算段したのである。


 非常用梯子で最上層へ上がったノヴァルナ達は、主通路ではなく、整備用と思われる細い通路を使って、シャトル格納庫へと近づいていた。ただその通路も、格納庫の前のスペースまでで、格納庫前のスペースは左右に二十メートル程ある、『センティピダス』内部の幅を全て使った、開放された状態となっている。そしてその内側へ通じる扉の前には、格納庫を管制するためのものと思われる、小さなボックス型のコーナーが設置されていた。


 そのコーナーには、安っぽい椅子に腰かけて操作パネルの両端を手で掴み、機動城の大きな揺れに、椅子から転げまいとしている一人の作業員がいる。オーガーと同じピーグル星人の男だ。傍らの武器ラックにはブラスターライフルが掛かっている。


 とその時、ズズズン!と機動城がひときわ大きく揺れた。


 ノヴァルナは揺れの勢いに任せて整備用通路の端から飛び出し、傾く床に体を斜めにしながら突っ走って、ノヴァルナに気付いて唖然とするピーグル星人の顔面を、問答無用に殴り付ける。そのピーグル星人の作業員は、ライフルも取れないまま鼻を潰され、格納庫の壁に後頭部を強かに打ち付けて気絶した。


 相手が動かなくなったのを確かめたノヴァルナは、整備通路の端から顔を覗かせる女性達を振り向いて手招きをする。掴まる所がなく、女性達は機動城の揺れに何度か転びながら、ノヴァルナの元へ辿り着いた。ただ流石というべきか、殿(しんがり)を守るノアは、BSIパイロットとしても一流で、この揺れの中でも転ぶ事無くやって来る。


 その間に、ノヴァルナは気を失った作業員の懐を探り、格納庫へ繋がる扉のカードキーを手に入れていた。そしてやって来たノアと目を合わせ、軽く頷き合うとカードキーを認証スキャナーに通す。カチャリという音がして解錠するのが分かった。


 スライド式の扉を僅かに開けて中の様子を窺う。格納庫の中は薄暗く、楔型の黒いフォルムしか見えないが、大きな金属の塊が据えられているのが分かった。あれがシャトルであろう。




だが―――



“誰か…居やがるな”


 中を窺うノヴァルナは気配を感じ、双眸を鋭くした。



 格納庫の中の気配―――それは殺気であった。


 無論、そのような殺気を、素人に感じ取る事は出来ない。だが十七歳という感受性の高い年齢で、すでに死線を何度も超えて来たノヴァルナにはそれが分かる。相手が危険な存在である程、強く感じる。


 しかしここまで来て逃亡する事は出来ない。シャトルを奪う以外の選択肢は残されていない。


「ノア」


 ノヴァルナに呼び掛けられたノアは思わず固唾を飲んだ。ノヴァルナの表情から、緊迫した状況に陥った事を知ったからである。


「ここを頼む」


 無言で頷くノアに頷き返し、ノヴァルナは武器ラックのブラスターライフルを手にすると、女性達の一人、他の女性の面倒を見るように頼んだ三人のうちの一人に、声を掛けた。その相手は丈の長い外套を羽織っている。


「あんた。その上着を貸してくれ」




 シャトル格納庫に潜んでいたのは、レブゼブ=ハディールの親衛隊である、寒冷地迷彩服の男であった。レブゼブに命じられ、万が一の場合、オーク=オーガーとこの機動城『センティピダス』を見捨てて脱出するため、シャトルの確保に動いていたのだ。

 男は特殊部隊上がりと思われ、ノヴァルナがタペトスの町の戦闘でこの男の同僚に、一対一であわやというところまで追い詰められた通り、相当な手練れだった。


 男は侵入した格納庫の反対側の出入り口付近で、ノヴァルナが作業員を殴り飛ばした一連の物音を聞き、その意図を察知して身構えていた。

 ヘルメットと一体化したゴーグルは赤外線による熱感知モードにしてあり、薄暗い格納庫内に入って来たところを、ブラスターライフルで狙撃するつもりである。


 すると銃口を向けていた扉がスライドして開き、人の姿をしたものが飛び込んで来た。熱感知でも体温でオレンジ色の人型が、ゴーグル内のモニターに浮かぶ。即座にライフルを放つ親衛隊員。だがライフルのトリガーを引き終える刹那、その男は自分のミスを胸の内で呪った。

 男が狙撃したのは女性が着ていた、まだ体温が残る外套だったのだ。瞬時に気付いたものの、トリガーを引きかけた指は止められなかった。


 そしてその僅かな時間に、ノヴァルナは外套を引っ掛けたブラスターライフルを放り出し、野球のスライディングを思わせる動きで、格納庫の中に滑り込んでいた。その次の瞬間には、敵が狙撃して来た位置に見当をつけて、ハンドブラスターを撃ち放つ。


 ノヴァルナが二発、三発と放ったビームは、敵兵を倒す事無くシャトルの外殻に当たって、火花を散らした。敵兵に命中させる事よりも、格納庫の中へ飛び込むための牽制が目的であり、ノヴァルナの目に失望の色はない。

 敵の親衛隊員を牽制射撃でひるませておき、格納庫の中に侵入を果たしたノヴァルナは、扉の脇の密集した金属パイプの列の陰に、素早く身を潜り込ませた。即座に敵兵の反撃があり、複数のビームの射撃を受けてパイプの一本が火花と共に砕け、白い気体を勢いよく噴き出す。




 一方、『センティピダス』の指令室では、上空に打ち上げた偵察用プローブからの情報に、レブゼブ=ハディールが眉をひそめていた。


「敵艦がいなくなっただと?」


 レブゼブが問い掛けるのは、プローブを遠隔操作しているオーク=オーガーの手下である。侵入者の脱出に応じて『センティピダス』に対し、衛星軌道上からの艦砲射撃を企図していると思われた大型艦、つまり工作艦『デラルガート』の姿が消えているという報告だ。


「はい。映像カメラをはじめ、どのセンサーにも反応がありやせん」


「むう…」


 思案顔のレブゼブに、幹部の一人が進言する。


「俺達に気付かれて、逃げたんじゃねえですかい?」


「安易に楽観的な予測は、するべきではない」


 と窘めてみるものの、ここはレジスタンスを押し返すチャンスであった。それを煽るように、『センティピダス』を操縦する手下が報告する。


「レジスタンス共の一部が、まもなく火炎放射器の射程に入ります!」


 火炎放射器の射程に入った―――それはつまり、たとえ再び敵艦が現れて艦砲射撃を加えようとしても、連中の味方である地上のレジスタンス兵達も、巻き添えになる距離まで接近したという事を表していた。であれば、敵艦はそう簡単にこちらを攻撃できなくなる道理である。


“よし。いいぞ、我の目論見通りだ!”


 目を細めてほくそ笑んだレブゼブは、嘲るような口調で命令を下した。


「先の指示通り、残った“子蜘蛛”と連携して、レジスタンス共を火口へ追い込め!」




 高い地熱で積雪のないサーナヴ溶岩台地を、金属の脚爪が騒がしく音を立て、『センティピダス』のムカデ型をした異様な姿が迫って来る。それを認めたレジスタンス兵が愕然として叫ぶ。


「機動城だ! 『センティピダス』が接近して来るぞ!!」





▶#14につづく

 

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