#01

 

 寒冷惑星アデロンの雪が降り始めた山腹を、ノヴァルナが操縦する反重力バイクが、谷底を進行しているムカデ型巨大ロボットの機動城、『センティピダス』と並走する。バイクはノヴァルナ達が捕らえた、オーク=オーガーの貨物宇宙船に積まれていたものをそのまま使用していた。


 機動城の進む先には積雪が覆う白い地表に、黒いシミのようなものが広がっている。ノヴァルナが戦場に指定した溶岩台地サーナヴであった。地熱が高いために雪が積もらず、むき出しの地表が晒されているため、黒いシミのように見えるのだ。


 谷底は雪深く、『センティピダス』の長い脚も、歩み進むたびに半分以上は雪にめり込む。移動速度は『センティピダス』より、反重力バイクの方がはるかに速いはずだが、ノヴァルナはあえて機動城と速度を合わせて進んでいた。何かを待っているようである。


 すると『センティピダス』の四百メートル近い胴体が、谷の出口を半分ほど出たところで停止した。それに従ってノヴァルナも、積雪で雪ダルマのようにこんもりとなっている岩の陰に、反重力バイクを潜ませて停止する。


 やがて二十二の体節に分かれた構造の、『センティピダス』の後部四節に一輌ずつ、下半分を埋め込まれた形になっている、重多脚戦車が稼働を始めた。重力子機関の上げる甲高い金属音と共に、頭部や脚部の赤と白のポジションランプが点り、グキリという感じで身震いをすると、六本の脚を折り畳んだまま宙に浮かんで行く。


 ノヴァルナ達は一旦この星から脱出する際に、宇宙港でこの重多脚戦車の内の二輌に、貨物船をぶつけて動きを止めたのだが、どうやら動かなくなったのはその時限りで、すでに修理は完了しているようだ。


 四輌の重多脚戦車―――オーク=オーガー達が“大蜘蛛”と呼ぶそれらは、横一文字に並んで間隔を開けながら、『センティピダス』に先行してサーナヴ溶岩台地に向かう。


 岩陰からその状況を確認したノヴァルナは、機動城のいる谷底に向かって、反重力バイクを発進させた。その直後、機動城は再びゆっくりと動き出す。

 ノヴァルナは谷底までの途中に、どこかの宮殿のテラスのように突き出した岩を発見すると、その岩に向かってバイクを一気にトップスピードまで持って行き、宙へと跳躍させた。


「行ッくぜぇえーーーッッッ!!!!」


 反重力バイクを跳躍させたノヴァルナが降りたのは敵の本拠地、『センティピダス』の上だった。着地直前に、反転重力子放出の出力をマニュアルで最大にし、車体を傾けて横滑りさせる事によって、『センティピダス』の外殻に接触して音を立てるのを避けるテクニックなどは、地元のナグヤや星都キオ・スーなどで、警察までも手を焼かせている悪ふざけの賜物だ。


「はん。上手くいったぜ。ヤツらも多少は戦術を知ってるようで、助かるってもんさ」


 不敵な笑みで呟くノヴァルナはバイクを降りて、重多脚戦車が発進した後の格納スペースである、丸い窪みの一つを覗き込んだ。その中央部分には予想した通り、『センティピダス』の内部から重多脚戦車に乗り込むためのハッチがあった。


 ノヴァルナが呟いた“ヤツらも多少は戦術を知っている”とは、サーナヴ溶岩台地が近付き、ノヴァルナとレジスタンスの戦力状況が不明であるため、オーク=オーガーはまず防御力と機動力のある重多脚戦車を威力偵察も兼ねて、先行させるはずだと予想した事を指す。これにはもし、オーク=オーガー本人が思いつかなくとも、参事官として補佐するアッシナ家の武官、レブゼブ=ハディールが助言するであろう、という思惑も含まれていた。


 足音を立てずに素早く窪みを降りたノヴァルナは、ハッチの所で片膝をつき、ジャケットの内懐から軍で使用する小型汎用コンピューターを取り出す。そしてそれに細いコネクターケーブルを取り付けると、ケーブルの先をハッチの非常用開閉装置の出入力端子に突き刺した。


 ノヴァルナがキーを操作すると、即座に汎用コンピューターの小さな画面が、何十桁もの数字を高速で流し、次の瞬間にはハッチのロックが、カチャリと小さな音を発して解除される。『センティピダス』は出自が軍用ではなく、移動式の地下資源探査基地であったため、電子ロックや情報保護はそれほど堅牢とは言えなかったのだ。


 ノヴァルナはホルスターからハンドブラスターを抜いて右手に握り、左手でハッチを少しだけ引き上げた。身を伏せて中の様子を窺うと、粗末な梯子が掛かる円い竪穴が2メートルほどの高さで続き、その底にもう一つのハッチが見える。


“たぶん、あの下がこのポンコツムカデの、本当の内側だな…”


 そう思ったノヴァルナはもう一度、警戒装置らしきものがないかを確認してから、静かにハッチの中へ潜り込んだ。


 惑星アデロンでのノヴァルナとレジスタンス達の、オーク=オーガー一味に対する戦いは、意外にも宇宙空間から開始された。それはこの青白い惑星の衛星軌道上においてである。


 ダンティス軍の『デラルガート』は工作艦だが、サイズ的には軽巡航艦ほどもある。その艦長席に座るカールセン=エンダーは、着古した普段着でいる事に、どうにも居心地の悪さを感じずにはいられなかった。


 『デラルガート』はアンドロイドだけで運用する艦であり、一応艦長役のアンドロイドもいるが、工作艦としての指揮能力を付与されている程度の存在で、戦闘においては防御戦闘ぐらいしか出来ない。ただ艦自体は軽巡程度の砲戦能力を有している。そこでノヴァルナは、元は武人で戦場経験もあるカールセンに、『デラルガート』の指揮を依頼したのだ。

 とは言えノヴァルナの真意は、カールセンとルキナを一番安全な所に、置いておきたいというものであったのだが。


「衛星軌道に上昇して来る反応あり…」


 それはアンドロイドのオペレーターが発した抑揚のない声であった。艦橋の窓から見える惑星の白く霞んだ大気圏から、光の点が浮かび上がって来る。すぐにホログラムスクリーンが立ち上がり、光点の拡大映像が映し出された。

 カールセンがそれを見ると、自分達がこの惑星から脱出する際に奪ったのと同じ、『クランロン』型武装貨物船だと分かる。その直後、アンドロイドのオペレーターが、新たな反応の出現を報告した。


「さらに同型反応3…いずれも同方向に移動中」


 カールセンは艦長席のコンソールを操作して、映像ホログラムを戦術状況ホログラムに切り替える。さらに幾つかの操作を加えると、貨物船の予想針路が表示され、四隻とも向かう先はオーク=オーガーとの決戦場である、サーナヴ溶岩台地だと判明した。武装貨物船を航空支援に使うつもりらしい。


 そうであるなら、こちらとしてもやらねばならない事は決まっている。カールセンは幾分表情を曇らせてアンドロイド達に命令を下した。


「砲戦準備。まずは四隻の貨物船に投降を勧告」


 しかし通信担当のアンドロイドが投降勧告を発信した直後、四隻の貨物船は針路を変更し、襲撃行動を取り始める。その光景にカールセンは舌打ちせずにはいられなかった。おそらくはアンドロイドが通信時に工作艦と名乗ったため、こちらの戦闘力を見くびっているのだ。




“やめてくれ…”




 立ち向かって来る四隻の武装貨物船を見据え、カールセンはそう思う。やらなければならない事だとは分かっていても、妻との平穏な生活を求めて一度は武人の身を捨てたというのに、このような形で戦闘に入るのは、不本意以外の何ものでもない。この星から脱出する時は砲火の中に飛び出したりもしたが、それは生き延びるために無我夢中でやった事だ。


 艦橋内に警戒警報のアラーム音が響き、敵船に射撃用センサーを照射された事が知らされる。やはり戦わなければならないか…小さくため息をつくカールセンの背後から、妻のルキナの呼び掛ける声がした。


「カール…」


 振り返るカールセンの視線の先に、気付かない間に艦橋にやって来ていたルキナの姿がある。ルキナはカールセンと目を合わすと、夫の心情を汲み取ったらしく、穏やかな表情でコクリと頷いて静かに告げた。


「戦って、カール。ノバくんやノアちゃん…みんなのために」


 妻の言葉にカールセンは少し想いを馳せる表情をして、苦みのある笑顔をルキナに返す。


「…そうだな。大義のため、野心のため…そして大切な誰かのため。戦う理由は人それぞれだ。避けて通れないなら、俺は誰かのために戦う事にするよ。すまん、ルキナ…」


 その直後、一番距離を詰めて来ていた武装貨物船の一隻が、連装ブラストキャノンの射撃を開始した。至近距離のため被弾予告警報が鳴ると同時に命中したそのビームは、『デラルガート』のエネルギーシールドに弾かれ、虚空の彼方へ吸い込まれていく。


「損害なし」


「主砲群、照準よし」


 感情のないアンドロイドオペレーターの声が、冷淡さを増して聞こえ、カールセンは居ずまいを正し、反撃を命じた。


「対艦砲撃戦、はじめ!」


 砲術担当のアンドロイドが、やはり無機質な声で復唱する。


「砲撃開始」


 次の瞬間、『デラルガート』が装備する連装6基、12門の180ミリポジトロンキャノンが速射を始めた。青い曳光ビ―ムが立て続けに武装貨物船に命中する。

 左方向に急速旋回して離脱を図る武装貨物船だったが、宙雷艇レベルの防御力しか持たない武装貨物船は、すぐにエネルギーシールドが破断して爆発の閃光に包まれた。

 これで諦めてくれれば…という願いも虚しく、残った三隻は散開して襲撃行動を継続する。迷いを振り払い、カールセンはアンドロイド達にさらなる攻撃を命じた………





▶#02につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る