#14
「全く皮肉なもんさ…」とマーシャル。
「―――千年以上も前の、惑星の上だけでやりあってた大昔の戦争じゃあ、戦場の状況に応じて軍医が覚醒剤を手渡してたそうだが、それと同じようなやり方で煩わされるとはよ」
このボヌークの軍内部への蔓延が発覚するのが遅れたのは、ボヌークの配付が正確には密売ではなく、“無料”で行われたためである。理由はオーク=オーガーがボヌークのダンティス軍内部への蔓延を自らの功として、アッシナ家に取り入るためだ。
以前オーク=オーガー自らが口にしたように、このピーグル星人の野望は自分の領地となる星系を手に入れ、母星を失ってこのシグシーマ銀河系辺境部に散らばったピーグル星人を集めて、その王となる事が最終目標だった。ボヌークのダンティス家への無料拡散は、いわば自らの野望に対する先行投資というわけだ。
マーシャルから一通りの事情を聞き終えたノヴァルナは問い質した。
「それでいて、惑星アデロンにいるオーク=オーガーを放置しとくってのか?」
「だからメシの時に言ったろ? 今は戦略的に奴に構ってるヒマはねえって。アッシナ家との決戦に勝たなきゃ始まらねえから、オーク=オーガーを好きにするのは、おまえらに任せるって話だろうよ」
マーシャルはなぜその話を蒸し返すとばかりに、面倒くさそうに応える。だがノヴァルナの言わんとしていたのは、アデロンに対する別の側面だったのだ。
「俺が言ってるのは、その戦略的な意味だ」
「なに?」
訝しげな目を向けるマーシャルにノヴァルナは告げる。
「あんたが勝った時の事を考えての話さ。この辺りの星図は出せるか? この星系周辺の各勢力の分布みたいなものだ」
「ああ。それなら」
ノヴァルナの要請に、マーシャルがホログラム投影機を操作すると、四人の前にプラネタリウムの星空画像を立体化したような、広域の星図が浮かび上がった。彼等が現在いるナヴァロン星系や、ノヴァルナとノアが脱出して来た惑星アデロンのあるクェブエル星系をはじめ、様々な恒星系が描き出される。
マーシャルはさらにキーボードを操作し、その星図に各星大名や独立管領の勢力圏の分布を重ね合わせた。
「これでどうだ?」
「おう。バッチリだぜ」
ノヴァルナは笑顔を見せ、その星図の各所を確認し終えると、指差しながら自分の考えを述べ始める。指摘したのは星系の位置関係だ。
「えっと…こっちがアッシナ家とそれに味方する連中の勢力圏だな」
ノヴァルナは星図を色分けした、赤い部分の中の各星系を指差しながら続ける。
「ここがアッシナ家の本拠地アイーズン恒星群、そしてこれがズリーザラ球状星団…で、こっちが惑星アデロンのあるクェブエル星系。確かにクェブエル星系は位置的にアイーズン恒星群からも離れてて、大して重要にも見えねえ。奴等の勢力圏にある内はな」」
「なに?」
「だが。このナヴァロン星系がダンティス側に寝返った事で、状況が変化したのさ。あんたらが想定している…このズリーザラ球状星団での決戦とタイミングを合わせて、オーク=オーガーを倒し、クェブエル星系を支配下に収めれば…こうだ」
ノヴァルナはそう言いながら、ホログラムの星図の中に指を揃えた右手を突き入れた。
「アッシナ家とつるんでる、この辺りの星系の独立管領連中を孤立させられる。つまりズリーザラでの決戦にあんたらが勝利した場合、同時にクェブエル星系も占領したとなると、この連中は一気にアッシナ家との連携が断たれるため、あとは各個撃破も思いのままと言うわけだ」
そう言ってノヴァルナが指摘したのは、独立管領のイヴァーキン家が支配するイヴァク星系の他、銀河外縁にかけて、それぞれ別の独立管領が統治する、幾つかの星系を点在させたエリアである。
「ふむ…」
ノヴァルナの言葉を聞いてマーシャルは考える目をした。
イヴァーキン家はこの宙域に勢力を持つ独立管領の中でも有力で、星大名に近い国力がある。さらにイヴァーキン家と行動を共にする事が多いカーミ・ノート家や、イシーク家、二ッカー・イドア家といった独立管領の星系を分断出来るのは、ズリーザラ球状星団決戦を勝利で終えられたあとを考えれば、確かに大きな布石になるだろう。
「で? 何か見返りをよこせってか?」
マーシャルが尋ねると、ノヴァルナは「今は要らねえ―――」とあっけらかんと応じ、そして不敵な笑みを加えて告げた。
「だがさっき俺が言った、“帰る”って話が駄目になった時は、そのクェブエル星系を俺の支配下に置く」
「ほう…」
軽く言葉を返すマーシャルだが、その隻眼がギラリと光る。
「俺の司令部付きじゃ物足りず、自分の領地までよこせ…というわけか?」
「あんたも俺が、司令部付きのBSI乗りだけで満足する程度の奴じゃ、物足りねえだろ?」
「フフン。そりゃまた、大きく出るじゃねえか」
平然と言ってのけるノヴァルナ。視線が攻撃的になるマーシャル。そのやりとりを、ノアはノヴァルナの傍らで内心ヒヤヒヤしながら見守っていた。この二人の間の空気が対決の第二ラウンドを始めそうになって来たからだ。マーシャルの側に座るセシルも、それまでの和やかな目が厳しい眼差しになっている。
それにしても何という事だろう…とノアは思った。ノヴァルナがマーシャルの配下になる誘いを断り、元の世界に帰る事を優先したのに安心したのも束の間、もしそれが叶わなくなった場合は支配地を手に入れると、自分の野心をマーシャルに面と向かって言い放ったのだ。
「ガキが調子に乗ってると、痛い目を見る事になるぜ」
それは言いようこそ悪いが、マーシャルのノヴァルナへの忠告であった。その言葉にノヴァルナはさらりと言い返す。
「調子に乗れるのが、ガキの特権だろ?」
「………」
「………」
そして二人の間で沈黙という名の火花が散ると、マーシャルは呆れた表情になって、笑い声を「ハッハッハ…」と上げた。
「まったく、口の減らねえガキだな。よし、いいだろう。おまえの事情は分からねえが、もしも帰れなくなったって時は、おまえにクェブエル星系をくれてやる」
「おう。じゃあ、決まりだな」
簡単に了承したマーシャルにノアは一瞬驚いたが、すぐにそれが理由のある事柄ゆえだと理解した。その前の話で、マーシャルはクェブエル星系に援軍を差し向ける余裕はない、と言ってしまっていたのだ。それなのにノヴァルナが単独でクェブエル星系を陥落させた場合、マーシャルが自分に支配権があるなどと主張するようでは、星大名家当主としての器が狭量な人物と思われかねないからである。
これは大局からすれば大した事ではない。だがこのような些細な言動の積み重ねが、周囲に知られ広がる事で、時として思わぬ災いを招くのが星大名であり、翻ってマーシャルの当主としての地位が、いまだ不安定な事を示していた。
傍らで様子を見ていたセシルも“やれやれ…”といった表情で緊張を解くと、マーシャルは両手をパチン!と膝に置き、「さあて」と声を上げてノヴァルナに笑顔を向ける。
「難しい話はこれぐらいにして、『ムシャレンジャー』見ようぜ!」
▶#15につづく
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