#02
オーク=オーガーが、タペトスの町の地下通路に送り込んだ傭兵達が、先に逃げ込んだレジスタンスを未だ発見できずにいるのには理由があった。
そして今、それを利用しようとしているのが、カールセンに案内された妻のルキナとノヴァルナ、ノアである。
碁盤の目をしたインフラ管理通路の、何の変哲もないセラミック製壁面パネルの一部が、カールセンによって取り外されると、その内側に下へと続く梯子が現れた。通路が碁盤の目であるから、その存在を知る者以外は見当もつかなくて当然だ。
「これは?」と尋ねるノヴァルナ。
「この町のさらに下を通っている、アル・ミスリルの廃坑に繋がる抜け道さ」
カールセンはそう答えてまず自分から開いた壁面の中へ入り、内側の片隅に用意してあった発光スティックを手に取って一旦折り曲げる。中で液体が混ざり、反応でホタルのような光を放ち始めたスティックを口にくわえ、梯子を降りて行った。
「ふうん、こいつは悪くねえな…」
自分の悪運がまだ尽きてはいない事を確認したように、不敵な笑みを浮かべたノヴァルナは、ルキナとノアを先に行かせて最後に壁の中へ入る。そして内側から閉じられるように、把手のついた壁面パネルを掴みあげて元通りに嵌めこんだ。
下へと続く梯子は百五十メートル程はあり、その底はほとんど正確な半円型に掘られた、暗闇に閉ざされた坑道となっていた。坑道と言うと自然の洞穴的なものや、角材に支えられてトロッコのレールが敷かれたものをイメージしがちだが、科学が発達した結果、現在の採掘技術はビーム削岩機と強化コーティングスプレー機に、反重力トレーラーの使用で、車が走る普通のトンネルのように見える。
ノヴァルナはサバイバルバッグから、銃に装着する集束光ライトを取り出して点灯させた。
「タペトスの町は元々、このアル・ミスリルの鉱山町として作られた町らしくてな―――」
カールセンは坑道を歩きながら、半円型の天井を見上げて語り始めた。ただ歩く速度は緩めはしない。
「だが俺とルキナがタペトスへ来る何年も前に、鉱山は廃止されたんだ。思った以上にコストばかりが掛かったって話だ。アル・ミスリルも今では価値が下がったからな」
「で? あんたはなんで、さっきの梯子の存在を知ってたんだ? カールセン」
天井をライトで照らしながらノヴァルナは尋ねた。
「仕事で何度も地下通路に出入りしてるうちに、偶然見つけたのさ。おそらく町と採掘場を作った、初期の開拓民が遊び半分で掛けたんだろうがな。でなきゃ、出入り口を壁の中なんかに隠したりはしないはずだ」
「なるほど。俺達は先人達の悪ふざけに、助けられたってワケか」
カールセンの説明に冗談で応じるノヴァルナだが、その口調に気の緩みは感じられない。そんなノヴァルナにカールセンは「それにしても―――」と話題を変えた。
「ノバック。おまえさん、本当は何者なんだ?」
「ん?」
「さっきの戦いぶりは、その辺にいる十代の新兵の動きじゃなかった。それに、おまえさんが着ているその派手なパイロットスーツ、考えてみりゃ、一般兵が着用を許されるような代物じゃない…俺が最初に思っていたのとは違うんだろ?」
カールセンの探るような口調に、ノヴァルナはあっけらかんと応える。
「言っても、信じねーよ」
「わからんぞ? 試しに言ってみろ」
するとノヴァルナは、それまで隠していた事実を平然と言ってのける。
「俺は過去の世界からやって来た、十七歳のノヴァルナ・ダン=ウォーダ。そしてこの一緒にいる女はノア・ケイティ=サイドゥ。ミノネリラ宙域国の姫だ。恐れ入ったか!」
「………」
一瞬、足早に歩いていた全員がその場に立ち止まった。ノアはノヴァルナが自分だけでなく、ノアの素性まで明かしてしまって仰天する。ところがカールセンは「そ、そうか…」と、信じていない事が明白な声で応じて再び歩き出した。「ほらな」と返して、ノヴァルナもカールセンの後に続く。
とは言えカールセンには、今のノヴァルナの言葉が全て冗談だと思えなかった。少なくとも銀河皇国関白家のウォーダ一族と、直接繋がりがある少年なのではないか…と疑い始める。
そしてそれもまたノヴァルナの思惑の内であった。これが後でどう転ぶかは今の時点では分からないが、この件に関わると決めた時から、布石として打っておいてもいいと考えていたのだ。 どうせ自分が本物のノヴァルナ・ダン=ウォーダだとは信じないだろうが、ウォーダ一族の一人ぐらいには考えるかもしれず、それを利用するかしないかは好きにすればいい…といったところである。無論これは、カールセンなら信用に足るとノヴァルナが認めたからだが。
二十分ほど歩き、やがて一行は坑道の行き当たりへ辿り着いた。そこは金属製の壁となっている。カールセンの話では、この先が鉱山の出入り口であり、廃鉱の際に塞がれたのだという。その金属壁の左隅には、古めかしい扉が取り付けてあった。
「ここから出るぞ」とカールセン。
扉には鍵がかかっておらず、カールセンが把手を引くと、暗闇と淀んだ空気の中へ、外の白い光と寒風が入り込んで来る。そこから出た先は広い石切り場のようなホール状になっており、鉱山が稼働していた頃に、足場に使われていたと思われる桁材が、幾つか無造作に積まれていた。
位置的にはタペトスの町の西側にあたり、谷の底近くであった。上の方からは、オーガー一味によるタペトスへの砲撃が続いているらしく、爆発音が谷間にこだまして響いて来る。ノヴァルナ達は思い思いに、周囲の様子を見て回りだした。
とその時、ノアと一緒にいたノヴァルナの視界の外から、「誰だ!!」と鋭い声で誰何がある。声がした方向を振り向くと、ブラスターライフルを構えた五つの人影が、積まれた桁材の向こう側から姿を現した。レジスタンスのリーダー、ケーシー=ユノーとその四人の部下だ。
「俺だ、ユノー」と、やや離れていたカールセンが呼び掛ける。
「カールセン。無事だったか!」
安堵を含んだ声でユノーは言葉を返し、構えていたライフルを下げた。そしてようやく自分がライフルを向けていたノヴァルナとノアを、見知った顔だと気付いたらしく「おまえら…」と、訝しげに呟く。
「オーガーに連れて行かれそうになったところを、この二人に助けられてな」
カールセンはそう言いながら、妻のルキナを連れて歩み寄って来た。
「そうか…しかし、それならやはり、最初から俺達と逃げていればよかったな」
渋面を作って応じるユノー。カールセンは静かに告げる。
「重傷を負ったおまえさんの部下を見捨ててか?」
「俺だって、見捨てたくはなかったさ!」
ユノーは、オーガーに撲殺された重傷の部下の事を責められていると思ったらしく、声を荒げて反応した。
「勘違いするな、ユノー。おまえさんを責めてるわけじゃない。やっこさんから残ると言ったんだし、その判断は間違っちゃいない…俺の気が収まらなかったって話だ」
カールセンが落ち着いた口調で言葉を返すと、ユノーは頭を垂れて「…すまん」と絞り出すような声で詫びる。ノヴァルナはそんなユノーを、リーダーとしてはどうかと思うが、少なくとも悪い人間ではないと判断した。
▶#03につづく
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