#01
惑星アデロンの町…タペトスには、灰色の雲が埋め尽くす空に雪が舞い始めていた。気温が比較的高い時に降る“ボタン雪”だ。そしてその高めの気温はもしかすると、タペトスの町に広がる火災が影響しているのかも知れない。
無数の脚を山の岩肌に食い込ませ、巨大なムカデ型の機動城『センティピダス』の長大な胴体に並ぶ火砲が、立て続けに閃光を放った。砲弾はタペトスの町の上空に爆炎を連続させる。
町の四方に配置した重多脚戦車が、垂直発射式の小型ミサイルを発射し、指定された地下インフラ通路網の基点出入り口を、次々に破壊する。
炎にまかれ、逃げ惑う住民達の様子を、『センティピダス』上の見張り台から双眼鏡で眺め、ピーグル星人のオーク=オーガーは「グフグフ」と粘着質の笑いを漏らした。吹きさらしの見張り台では、オーガーとその隣に並ぶアッシナ家の参事官、レブゼブ=ハディールの背後から手下のならず者のヒト種が、大きな傘を差し掛けている。
その二人の傍らで同様に双眼鏡を覗く幹部連中の一人が、こちらも質の悪い笑み浮かべて話しかけた。幹部はすべてオーガーと同族のピーグル星人だが、上位のアッシナ家の参事官レブゼブがいる手前、交わす言葉は全て銀河皇国公用語である。
「オーガー様。住民共は計画通り、町の中心に向けて逃げてるようですぜ」
タペトスに対する焼夷榴散弾攻撃は、町の周囲から始まって、建造物を焼き払いながら、中心に向かっていた。攻撃に巻き込まれて命を失う者以外の住民は、否応なしに町の中心へと逃げることになる。
「あとは町の真ん中に逃げ集まったところを、ドカンとやりゃあ…」
別の幹部が嘲るように続くとオーガーは双眼鏡を下げ、「ああん?」とわざとらしく応じた。
「そんな勿体ねえ事、誰がするってんだ?」とオーガー。
「はあ…」と眉をひそめる幹部。
「運よく生き残った連中は、褒美に、男も女もガキも年寄りも、ボヌークの工場送りだ。ちょうど新しい人手が要るところだったからなあ。一石二鳥ってやつだ」
“ボヌーク”とはこの宙域で蔓延する強力な麻薬であった。オーク=オーガーはそのボヌークを売りさばくマフィアのボスでもある。オーガーの言葉にその幹部は追従口を返した。
「さ、さすがはオーガー様。頭の良さも一級品ですぜ」
「グフフ…」
ニヤつくオーガー。するとそこに手下の一人が駆け寄って来た。
「オーガー様。超空間通信が入ってますぜ。山の陰で受信状態が悪くてよく聞き取れませんが、アッシナ家のクィンガとかいうお人から」
手下の連絡にオーガーは「んん?」と怪訝そうな目を向ける。名前に聞き覚えがないと言った顔だ。だがそれを聞いたオーガーの隣に立つレブゼブが、弾かれたように振り向き、怒鳴り気味に言い放った。
「馬鹿者! そのお方はアッシナ家の筆頭家老様だ! 早く受信状態を回復出来る位置まで、この城を移動させるのだ!」
その直後、『センティピダス』は砲撃を中断すると、無数に並んだ長大な機械の脚を動かし、移動を開始する。鋭い杭のような金属の爪が、岩盤から引き抜かれてはまた突き刺さる。その動きは多少ぎこちないもののムカデそのものだった。全長三百メートル以上もある巨体が、連なる山の稜線を越え、向こう側へと姿を消す。
ただ体を斜めにして山越えをする機動城『センティピダス』の内部は、絶え間ない傾きの変化にもかかわらず、見た目の角度ほど乗員に傾斜を感じさせない。それは床に重力制御がかかっているからである。それがオーガー達をして、この巨大なムカデ型ロボットを“城”と呼んでいる由縁だ。とは言えやはり、古い潜水艦を思わせるような、ゴチャゴチャとした機器やパイプやメーターが埋め尽くす光景は、“城”と呼ぶには些か趣に欠ける。
そして主通信室では、オーク=オーガーと、レブゼブ=ハディールが、大スクリーンの前で恭しく頭を垂れていた。受信状態を回復したスクリーンには五十歳前後の男が映っている。アッシナ家の重臣、ウォルバル=クィンガだ。今のアッシナ家の実質的な支配者と言っていい。角ばった顎に豊かな赤髭を蓄えた彫りの深い顔には、強固な意志を感じさせる青い瞳があって、真っ直ぐこちらを見据えていた。
クィンガの政治的手腕が、現在のアッシナ家の隆盛に結実しているのは事実である。ただその一方、現当主ギコウ=アッシナの当主選定に際しての強引なやり口が、アッシナ家の混乱を招いたのも確かだ。
オーク=オーガーはレブゼブの上司、アッシナ家の側近スルーガ=バルシャーから、この惑星アデロンを代官として統治する事を許されたのだが、バルシャーより上位の者は名も知らなかった。それはアッシナ家にとり、惑星アデロンを含むクェブエル星系は、マフィアのボス程度にくれてやってもよい価値しかない事を示している。
「これは、クィンガ様。御自らご連絡を頂戴いた…いた…いたたた」
初対面の主家筆頭家老に見据えられ、しどろもどろの挨拶を述べるオーガーに、クィンガは無表情で言葉を返した。
「馴れぬ敬語など使わずともよい。オーク=オーガーとやら。貴公がダンティス領に麻薬を大量に拡散し、かの地の社会不安を招いて我等の進出に貢献せし事は、我も聞き及んでおる。その功…大いに可である」
「は、はいです」
星大名家の筆頭家老直々の評価に、権力欲に満ちた目を輝かせるオーガー。クィンガはさらに唆すように付け加えた。
「貴公のこれからの働き次第では、あと一つ、二つ、星系をくれてやってもよい…と、我は思うておる」
「おお…それは―――」
それはまさにオーク=オーガーが望む、本物の独立管領への道である。このアデロンより住み易い惑星を有する星系を手に入れ、母星を失って宇宙に散り散りなったピーグル星人を呼び寄せて、自分が支配するピーグル人の国家を造る事がオーガーの野望なのだ。このアデロンでピーグル語を銀河皇国公用語より上位に置いているのも、その意思の表れであった。
しかしその直後、スクリーンの中のクィンガは淡々とした口調で冷や水を浴びせて来る。
「ところで…オーク=オーガー。貴公がレジスタンスに盗まれた、NNL封鎖解除のデータキーは取り戻せたのであろうな?」
それを聞いてオーガーは思わず「ぶごッ」と鼻を鳴らして肩を跳ね上げた。そして慌てて傍らにいるアッシナ家の参事官、レブゼブ=ハディールを睨み付ける。睨まれたレブゼブも顔を引き攣らせて首を小さく左右に振った。どうやらタペトスの町までレジスタンスを追って来たのは、この解除データキーを奪い返すのが目的で、しかもその件はオーガーもレブゼブも、アッシナ家に隠しておきたかった話らしい。さらに筆頭家老のクィンガがそれを早々に嗅ぎ付け、直接連絡して来たという事は、かなり重要な事態なのであろう。
「はははい。もう間もなく、取り戻せる手筈となってますです」
愛想笑いを浮かべて取り繕うオーガーだが、クィンガはまるで聞かず、冷めた目で告げた。
「あれは、我がアッシナ家が来る新銀河皇国に与(くみ)し、その傘下に入る褒美として、関白ノヴァルナ様より直接下賜されたもの。いわば忠誠の証である。それをコピーデータとは言え、賊徒共にみすみす奪われるとは何たる不始末」
報告を怠った事をあえて取沙汰さず、淡々としたクィンガの口調がかえって鋭く突き刺さり、額に冷や汗を浮かべたオーガーとレブゼブは、揃ってゴクリと固唾を飲んだ。
「か、必ず取り戻しますので、ご安心を」
そう告げて深々と頭を下げるレブゼブに、オーガーも反射的に従ってお辞儀をする。
筆頭家老ウォルバル=クィンガは現当主ギコウ=アッシナを隣国ヒタッツの星大名、セターク家から養子に迎える際、多数を占めていた、ダンティス家のマーシャルの弟、セオドア=ダンティスを養子にするべきと主張する、反対派の家老達を悉く失脚させるという辣腕を発揮して恐れられていた。
長年の功臣である家老達ですら、簡単に職を剥奪されるのであるから、下位の者は職を奪われるだけでは済まないのは明白だ、それを知るアッシナ家直臣のレブゼブが慄くのは無理もない。
「己の身がかわいいのであるなら、そうするべきだな。レブゼブ、オーガー…」
回りくどく応じたクィンガはさらに続けた。
「―――よいな、あの解除データをダンティス家の手に渡してはならぬ。それが出来ぬ時は貴公らのこれまでの功は、貴公らの命と共に、すべて水泡に帰すと肝に命じておけ」
「はッ、ははッ!!」
今度は明確に命にかかわると警告したクィンガの言葉に、二人は震え上がる。
「合わせて告げる。これからは必ず報告を入れよ。もし事態が収拾出来ぬと判断した場合、我が直参の部下を差し向ける…しくじるなよ」
そう言い捨ててクィンガからの通信は終了した。オーク=オーガーはいつも手にしている黒い金属棍の両端を掴み、へし曲がりそうなほど力を込めた。
「ぬうう…レジスタンス共め、この俺様に恥をかかせおって!」
歯を剥き出しにして唸るように怒りの言葉を吐いたオーガーは、近くの城内用通信機に大股で歩み寄ってスイッチを入れ、『センティピダス』の指令室に繋いで怒鳴るように問い掛ける。
「指令室! 地下通路に送り込んだ傭兵共から、連絡はまだ来んのか!!??」
指令室の兵は「まだなんも無いです!」と返答して来た。それに対しオーガーは、獣のように咆哮する。手に握る金属棍で近くの壁を二度、三度と殴り付けて大きな裂け目を作り出すと、その傷だらけの金属棍を睨んで呟いた。
「レジスタンス共、今に見ろ…捕らえたら一人ずつ、この棍でまず手足、そして最後に頭を叩き潰してやる!」
▶#02につづく
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