#21

 

 ノヴァルナが撃ち放ったロケット弾は、三輌が横隊を組んで通りを封鎖する、多脚戦車モドキの真ん中の一輌に命中した。すると示威行動も兼ね、狭い通りを密集して封鎖していた三輌は一気に大混乱をきたす。爆発を起こした中央の一輌の破片と炎が、両側の多脚戦車モドキに降り注いたのだ。


 民間用の作業機械を改造しただけの多脚戦車モドキが、オープンデッキである事がここでも仇になった。体を破片にえぐられ、炎に炙られた両側の二輌を操縦する兵士が悲鳴を上げ、車体から転がり落ちる。しかもその直前にノヴァルナが連射した、住宅の壁の崩落が大量の砂埃を生み出し、通りの視界を狭くし始めていた。


「何をやってやがる! 早く始末しろ!!」


 この大混乱に、反重力モジュールを盾にしたオーク=オーガーは、大きな背中を丸めながら怒鳴り声を上げる。そこに主人であるレブゼブ=ハディールを隠した護衛兵の一人が姿を現した。これまでの動きから、相当腕が立つと思われるレブゼブの護衛兵は、視界を妨げる砂煙にも関わらず、手にしたライフルの擲弾筒を、ノヴァルナが奪った多脚戦車モドキに向けて発射する。

 正確無比はその一弾は、狙った多脚戦車モドキの車体の下に命中し、操縦席に火柱を上げた。その火柱と共に舞い上がったのは二つの人影である。ところがその二つの人影は、いずれもオーガーの配下であって、ノヴァルナではない。


 すでにノヴァルナは、通りの反対側を封鎖する三輌の多脚戦車モドキに、ロケット弾を発射するやいなや、後部座席の兵士が地上降下に利用したワイヤーを使って、地上に降りていたのだ。あくまでも牽制という範囲内で戦果の拡大を図った、ノヴァルナの割り切りの良さが、自分自身の命を救った形である。


 その“牽制”の意味とはノアの行動にあった。ノアはノヴァルナが奪った多脚戦車モドキの住宅の壁を撃ち抜く射撃で大量の砂埃が発生すると、建物の陰から飛び出して走りながら、空に向けて銃を乱射し始めたのだ。

 すると路上に降りていたノヴァルナも銃を取り出し、同じように空に向けて発砲しながら砂埃の中を走り出す。そして視界が悪くなった状況で立て続けに叫び出した。


「レジスタンスだぁぁぁ! レジスタンスに通りを挟まれたぞぉぉぉ!!」


「罠だ!! 罠に嵌められた! 助けてくれぇーー!!」


「撃て、撃ち返せぇーーッ!!」


 叫ぶ言葉によって口調や声色まで変えたノヴァルナの芸の細かさと、ノアとの銃のメーカーの違いによって異なる乱射音が、視界を妨げる砂埃に功を奏した。本当にレジスタンスの伏兵がいると勘違いした一部の兵士、特にまともな戦場経験のないならず者達が勝手に、通りの前後に向けて銃を撃ち始めたのだ。

 そうなるともはや収集がつかない。ならず者達が始めた射撃に釣られ、傭兵達もがサブマシンガンを通りの向こうへ火箭を開き、その発砲煙が視界を妨げ始める。


 戦場の心理とは奇異なもので、混乱した状況になると第三者から見れば馬鹿げた事が、当事者にとって真実となり得る。別世界の惑星の水上戦でも、霧の中で居もしない敵艦隊を“発見”して全力射撃をかけた艦隊の例では、その居なかった敵を肉眼で確認し、攻撃を受けたと証言した者が複数いたという。

 それと同じ心理状況に敵を陥れたのはやはり、たった一人で僅かな時間に、六輌もの多脚戦車モドキを排除してしまった、ノヴァルナの身体能力の高さであった。一人ではおよそ出来ないような一連の行動が、敵をして“レジスタンスの部隊が待ち伏せしていた”という、一番納得できる判断を選択するように誘導していたのだ。であれば、ノヴァルナの言葉に乗せられて、誰もいない通りの向こうに“反撃”を開始するのも致し方ない。


 この辺りが、日常では傍若無人などと罵られるノヴァルナ・ダン=ウォーダという若者の、戦場においては機先を制し、敵を攪乱するポイントを読む天賦の才だった。人の虚を突く行動が取れるという事は、人の心理の動きを見るに敏だという意味でもある。


 多脚戦車モドキには煙幕弾投射器も装備されており、サンクェイの街では実際にそれを使ったノヴァルナだが、ここでは使わなかった。両側に住宅の並ぶ狭い空間で、煙幕まで張ってしまうと視界が遮られ過ぎて、あとの行動に支障を招くからである。


 敵を誘導する叫びを止めたノヴァルナは、パイロットスーツの左手首に幾つか並ぶスイッチの一つを入れた。すると両肩のパット部に埋め込まれた透明金属が、青い光を明滅させ、電波を発し始める。宇宙戦闘でパイロットがBSIなどの機体から脱出し、漂流する事態が起きた際に位置を知らせるための、救難信号用の発光器とビーコンの複合装置だった。程なくノアがその光を目指して駆け寄って来る。あえて濃密な煙幕を張らなかったのはこのためだ。


「ノヴァルナ」


 合流を果たし、呼び掛けるノアにノヴァルナは軽く頷き、不意に腰を屈めて、路上の積雪まみれの泥を空いている片手で掬い取ると、自分の顔をひと撫でして塗りたくった。そしてその不思議な行動を呆気にとられた表情で見るノアに、「時間がない。行くぞ」と告げて駆け出す。




 このような恐慌状態の中、カールセンとルキナは四人の傭兵達によって、到着したトラックに乗せられようとしていた。視界が悪く、混乱した今の戦場では、四人の傭兵達は他に出来る事が思いつかず、移送命令にかこつけて早々にここから逃げ出したいという意思が、顔にありありと見える。


「乗れっ! 急げ、荷台だ!!」


 一人が荷台後部のゲートを降ろし、もう一人の傭兵がサブマシンガンを片手に、銀河皇国公用語で怒鳴りながら、カールセンの背中を突き飛ばした。さらに別の一人はルキナの二の腕を荒々しく引っ掴み、残る一人はサブマシンガンを下げ気味に構えて、銃撃音の聞こえて来る方向を見張っている。


 するとそこに、砂埃の向こうから若い男の声が聞こえて来た。


「おおーい! 待った待ったー。オーガー様の指示だ。この女も連れて行け!!」


 傭兵達が声のした方向を見ると、両手を挙げた美しいヒト種の女の頭に、背後から銃を突きつけた若いヒト種の男が、目つきも悪く泥だらけの顔で現れる。振り向いたカールセンとルキナがハッ!と息を飲むその二人は、ノヴァルナとノアである。ノヴァルナは背中を丸めて背を低く見せ、ノアの体で自分のパイロットスーツ姿を隠していた。

 

 泥に薄汚れた顔からノヴァルナを、オーガーの手下のならず者だと勘違いしたらしい見張りの傭兵が、ノアの秀麗な顔に情況を一瞬忘れ、ひゆぅ!と口笛を鳴らして下衆な目で告げる。


「こいつァまた、スゲェいいオンナじゃねーか!!」


 その直後、ノアを脇に押しやりノヴァルナは見張りの傭兵に銃を向けた。


「だろ?」


 自慢げに言い放ち、対峙した傭兵の太腿を銃で撃ち抜く。


「!!!!」


 目を飛び出しそうなほど見開いたその傭兵は、瞬間的に声を失って崩れ落ちた。そしてノヴァルナは太腿を撃たれた傭兵が、ようやく「ぎゃああああ!」と悲鳴を上げ、路上を転げ回り始めた時にはすでに、カールセンとルキナを荷台に乗せようとしていた二人を殴り飛ばし、失神させている。


 一方のノアも、久しぶりにジャジャ馬姫の本領を発揮した。ノヴァルナに押しやられた勢いで荷台の脇にいた傭兵に駆け寄り、ノヴァルナがルキナの腕を掴んでいた傭兵の顔面を殴り付けたのと時を同じくして、横腹に強力な回し蹴りを叩き込む。

 さらにうずくまるその傭兵の顔面を蹴り上げて、完全にノックアウトさせ、ノアはトラックのドア越しに、運転席に座るならず者の頭へ銃を向けて強い口調で命じた。


「両手を挙げなさい!!」


 ノヴァルナはノアが倒した傭兵が、へし折られた上下の前歯を撒き散らした血溜まりの中で呻いている様子を見下ろす。自分達の面倒を見てくれたエンダー夫妻を、危険な目に遭わせた敵に対するノアの怒りの、吐け口にされたに違いなかった。ノヴァルナは「やっぱアイツ、怒らせるとこえーな…」と呟いて、顔をルキナを支えるカールセンに向ける。


「カールセン、ルキナねーさん。無事か!?」


「ノバック!」

「ノバくん!」


 ノヴァルナの偽名を同時に呼ぶ二人に、ノヴァルナは不敵な笑みを返して告げた。


「今のうちに逃げるぜ!」


 ところがその直後、通りを覆っていた砂埃がゆっくりと晴れて行く中で、運転席に向け銃を構えるノアが警報の声を上げる。


「敵よ!!」


 それは例の、レブゼブ=ハディールを護衛している冬用迷彩服の男だった。アッシナ家に仕える正規の兵士で、ノヴァルナの奪った多脚戦車モドキを視界の悪い中、一撃で屠ったかなりの手練れだ。その護衛兵は出現と間髪入れずにライフルを放って来た。ノヴァルナ達は咄嗟にトラックの陰に回り込んで回避するが、運転席にいたならず者は逃げ場もなく、車体を貫通する銃弾を複数浴びて撃ち殺される。


「トラックは無理だ! 家の裏手に出よう!!」


 荷台の陰でカールセンが叫ぶ。その判断を是としたノヴァルナは、銃を撃ち返して敵の護衛兵を足止めしながらノアに告げた。


「ノア、二人と先に行け!」


 護衛兵は建物の陰に素早く身を隠し、ノヴァルナの銃撃をかわすと、ライフルを構え直す。ノヴァルナは相手の指の細かな動きを見逃さなかった。トリガーを切り替え、ライフルに併装されている擲弾筒を放つつもりだ。


「!!」


 咄嗟に駆けだすノヴァルナの背後で、護衛兵が発射した擲弾を喰らい、トラックが爆発して炎を上げた。その爆風でノヴァルナの体は五メートル以上吹き飛ばされる。



▶#22につづく

 

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