#19

 

 オーク=オーガーの巨体のせいで狭苦しい印象の反重力モジュールは、ノヴァルナとノアのいる住民の集団の十五メートルほど前方の、高さ三メートルぐらいまで接近した。そこでオーガーは操縦者の配下に、彼等の言語で停止を命じる。


「バンナッシュ・サシュ!」


 ノヴァルナとノアが初めて聞くオーク=オーガーの声は、機動城『センティピダス』の足音のように、地鳴りを伴うような不気味な響きがあった。

 やがて反重力モジュールは空中に停止し、前後から住民達を挟む兵士達がサブマシンガンを構え、横一列に進み出てモジュールの前で人垣を作る。恐怖でざわめく住民達。ただその中でも、ノヴァルナは顔色一つ変えなかった。その代わり傍らにいたノアの手を引き、さり気なく背中の陰に隠す。


“え?…ノヴァルナ…”


 ノヴァルナが自分を守ろうとしている事に気付き、ノアが胸の内で呟くとその直後、反重力モジュール上のオーク=オーガーが、銀河皇国の公用語で住民達に告げ始めた。割れるような大声だ。


「サンクェイで大規模な戦闘があった。三日前だ」


 そこでオーガーは一拍置き、右手に握る黒い金属棍を軽く振って左手でバチリと受け止める。


「反逆者どものテロのせいで、サンクェイは火の海になった。何人も死んだ」


 そこでまた金属棍を左手にバチリと鳴らす。


「だぁが!…奴等は負けた! アデロンの平和を守るこのアッシナ家代官、オーク=オーガーの正義の前に敗れ去った! 俺達は勝利したのだ!!」


 オーガーの言葉を聞きながら、ノヴァルナは“ああ、コイツはダメだ…”と白けた目をした。古今東西“平和”だの“正義”だのを安売りする奴ほど、胡散臭いものはない…それがノヴァルナの持論である。


 麻薬マフィアの親玉なら、やっている事はともかく、それなりの矜持や主義主張があるはずだと考えていたノヴァルナだが、オーク=オーガーの立ち居振る舞いをひと目見て、この異星人は単なる利己的欲望だけで行動している、小悪党の類いだと見抜いたのだった。マフィアのボスというご大層な地位も、たまたま人生のサイコロでいい目が出た結果なのだろう。


 ノヴァルナは年齢はまだ十七歳だが、人間を見抜く目は鋭い。これまで星大名の嫡男としての立場から、様々な人間に接し奇行を重ねる陰で、常に自分を見る相手の目から、その人間の本性を探って来ていたからだ。


「負け犬の反逆者共はサンクェイから撤退した。そして逃げ遅れた奴等のリーダーの一人が、このタペトスの町に向かった、というタレコミがあった。それが事実なら、そいつらはこの町にもう着いているはずだ。反逆者共は根絶やしにせなばならん!」


 オーク=オーガーの話でノヴァルナは、自分達が離れたあとのサンクェイで何が起きたか、おおよそ想像する事が出来た。昨日カールセンのところに転がり込んで来た連中が、そのレジスタンスの敗残兵だ。オーク=オーガーのあの機動城とやらと、正規の重多脚戦車4機が現れたとしたら、レジスタンスに勝ち目はないとすぐに知れる。なぜならあれだけの戦力と対等に戦えるならば、それはもう組織的にレジスタンスと呼ばれる範疇ではなく、一つの“軍団”だからだ。


 それはそうと………


 ノヴァルナは内心、状況はすでに全てが手詰まりだと思った。


“オーク=オーガー本人が今の話を告げに、真っ直ぐこの通りに来たって事は、ここにエンダー夫婦がいて、レジスタンスをかくまってるのを、すでに知ってるからだ”


 ノヴァルナの懸念通り、さらに二十名ほどの傭兵が路地のあちこちから現れる。傭兵達は、ノヴァルナ達のいる住民の一団と離れ、自宅の前に立つエンダー夫婦を遠巻きに包囲した。

 それに合わせてオーク=オーガー達の乗る反重力モジュールが、おもむろに路上へ着地する。ズシリと足音がしそうな重々しさで、路上に降り立ったオーク=オーガーは、金属棍を左手にバチリと鳴らした。ブフゥー!と吹き出す荒い鼻息が、寒気に白い雲を作る。


「………」


 妻のルキナを庇うようにして、オーク=オーガー達を睨むカールセン。するとオーガーと共に反重力モジュールに乗っていた、軍装姿の男が進み出て告げた。


「久しいな、カールセン…二年ぶりか?」


 その男の言葉で、カールセンは表情が一段と険しくなる。


「レブゼブ=ハディール…貴様と話す事はない」


 軍装姿の男はレブゼブ=ハディールという名前のようであった。そしてカールセンと、何か良からぬ因縁があるらしい。レブゼブは口元を歪め、嘲るような目で言葉を返す。


「随分な言い草だな。これでも俺はお前の元上司だぞ」


 それを聞いたカールセンの、返す言葉の語気が強まる。


「自分の利益のために部下達を切り捨てた男が、今更上司面とは恐れ入る!」


 カールセンの罵倒にも、レブゼブは勝ち誇るような笑みを返して言い放った。


「なんとでもほざけ。時勢を読めなかったお前達が、間抜けだったのだ」


 そこにオーク=オーガーが野太い声で割って入る。


「ハディールさんよ! それより本題だ」


 そう言って、オーガーの酷薄そうな目がカールセンを睨む。


「おい、エンダー! アッシナ家の武官だった事と戦場での功績で、多少の事は今まで大目に見てやっていたが、レジスタンス共をかくまって直接関わった以上は、もう終わりだ! 覚悟しやがれ!」


「………」


 無言で睨み返すカールセン。するとオーガーは右手の黒い金属棍を振って合図した。それに応じて、部下の傭兵の一団が、カールセンとルキナの背後で二人の店舗兼自宅のドアを蹴破り、中へ突入して行く。悲愴な面持ちで振り返るルキナの肩を、カールセンの手が抱き支えた。


 その直後、自動車整備工場となっているカールセンのガレージのシャッターが、轟音と共に突き破られ、中からランドクルーザーが飛び出して来た。サンクェイの街でノヴァルナとノアを助けた、カールセンのランドクルーザーである。


 住民達が驚きの声を上げ、オーガーの兵士達が身をすくめる。ランドクルーザーはガレージから路面に出ると、いきなりハンドルを切ってほとんど直角に曲がった。それを見てカールセンはルキナの肩を抱いたままで身を翻す。


 ランドクルーザーは、そのカールセンとルキナの脇を急加速してすり抜け、オーガーとレブゼブ達に向け突進した。ノヴァルナとノアが一緒にいる住民達が怯えて逃げ散り、彼等を取り囲む兵士は咄嗟に銃を構えようとして、三人が跳ね飛ばされる。その光景にオーク=オーガーは「ぶがッ!!」と鼻を鳴らして、表情を凍り付かせた。


 とその時、レブゼブを護衛する冬用迷彩の装甲服を着た二人の兵士が、擲弾筒付きのライフルを素早く構える。ゴーグルと一体化したヘルメットで表情は掴めないが、兵士は落ち着いた様子で引き金を絞った。

 ライフルの銃身の下部にある擲弾筒が煙を吐き、小型のロケット弾が発射される。それはランドクルーザーの正面に命中し、ボンネットから火を噴いて車体を跳ね上げた。レブゼブを護衛する二人はその沈着な身のこなしから見て、ノヴァルナにとっての『ホロウシュ』―――親衛隊のようなものらしい。


 ロケット弾を受けて車体を跳ね上げたランドクルーザーは、もんどりうって横転し、護衛兵の直前で停止した。その間に、顔を引き攣らせたオーク=オーガーとレブゼブ=ハディールは、十メートルほども後方に逃げ去っている。


 車が停止すると、周囲の兵士達が車体に群がって来た。身構えて、銃口を一斉にヒビの入ったフロントガラスに向ける。だが車内はもぬけの殻で、誰も乗ってはいない。


「誰もいねえぞ!!」兵士の一人が大声で告げる。


 それを聞いて二人の護衛兵は、足早にカールセンとルキナの元に歩み寄ると、一人がルキナをカールセンから引きはがし、雪の残る路上に荒々しく突き飛ばした。


「きゃああっ!」


「ルキナ!」


 妻の名を呼んだカールセンが差し伸べる腕を、ルキナを突き飛ばした護衛兵がねじ上げる。そしてもう一人の護衛兵が、カールセンの反対側の手から何かの装置を奪い取った。小さなレバーのついたそれは、コントローラーの一種に思える。

 護衛兵はカールセンを連行して、そのコントローラーをレブゼブに手渡した。傍らのオーク=オーガーも、顔をしかめてそれを見る。


「これは…我等アッシナ軍のスパイプローブ用コントローラー。これであの車を、自動運転出来るように改造していたのか」


 その直後、エンダー夫妻の家に突入していた兵士達が、ランドクルーザーの突破でシャッターが壊れたガレージから、次々に姿を現してオーガーに告げた。


「オーガー様! 家の中には、コイツしかいませんでしたぜ!」


 そう言った兵士の後に続いて出て来たのは、例の重傷を負ったレジスタンスの男である。両脇からオーガーの傭兵に担がれて、脚は引きずられるままだ。


「ぬッ! カールセン、今の騒ぎで時間稼ぎをしたな!!??」


 レブゼブが鋭く言い放つと、隣でオーガーが怒声を上げた。


「家の周囲を探せ! 逃がすんじゃねえ!!」


 そのオーガーとレブゼブの元に、重傷のレジスタンス兵が連れて来られる。昨日一応の治療は受けたとは言え、深刻な状況である事に変わりなく、息も絶え絶えであった。しかしレブゼブは容赦なく詰問する。


「ユノーは!? 貴様たちのリーダーはどこに行った!?」


「知らん…」


 重傷の男は呻くように言う。


「我々から盗んだ解除キーは、ユノーが持っているのか!?」


「………」


 レブゼブのさらなる詰問に、男は口をつぐむ。


「言え! 言えばその傷の治療をしてやろう。サンクェイの街で我々の役所から盗んだ、キーのありかはどこだ。ユノーが持っているのか!?」


「………」


 だが重傷の男は無言で顔をそむけたままであった。その態度に対し、レブゼブは苛立ちの色を顔に浮かべて語気を荒げる。


「ユノーは貴様を見捨てて逃げたのだぞ! そんな奴に義理立てする必要などなかろう!」


 するとレブゼブの護衛兵の一人が、無機質な印象の口調で意見した。


「ハディール様。その者…見たところダンティス家に仕える、正規の武人と思われます。仲間を逃がすために自分から残ったに相違ないかと」


 それを聞いて、レブゼブは目尻を吊り上げる。


「こやつも時間稼ぎかッ!」


 その直後、一人の兵士がカールセンの家から駆け出して来て報告した。


「家の裏から抜けた向こう側の道路で、マンホールの蓋が開いてます! 奴等はそこから地下インフラ通路網に逃げ込んだようですぜ!」


 報告を聞いたオーク=オーガーはズシリズシリと進み出た。そして右手に握り締めた黒い金属棍を、重傷のレジスタンス目がけて力任せに振り下ろす。金属棍はグシャリ!と鈍い音を立てて相手の頭蓋骨を砕き割り、赤い血と白い脳味噌を飛び散らせた。遠巻きに見ている住民達が悲鳴を上げる。

 撲殺されたレジスタンスの手足がだらりと脱力し、両脇を抱えていた兵士がそれを路上に放り出した。オーク=オーガーが忌々しげに大きく息を吐いて、金属棍をひと振りすると、道端の積雪が血飛沫に染まる。


「オーガー、何をする!?」


 呆気にとられて問い詰めるレブゼブに、オーガーは耳障りな声で応じた。


「こんな奴に構ってても、時間の無駄だぜ!!」


 そこにカールセンが今の無用な殺害を非難する。


「オーガー! なぜ殺した!!」


「フン。武人と言うから、“名誉の死”ってヤツをくれてやったのさ」


「貴様に“武人の名誉”の何が分かる!!」


 その言葉に対し、オーガーは悪魔的な笑みで禍々しく言い放った。


「ああ、確かにてめえの言う通りだ。その代わり、俺の流儀を教えてやるぜ!―――」


 そこで部下の傭兵達に振り向き、叫ぶように命じる。


「傭兵共を地下に降ろして追わせろ!…そして、この町を焼き払え!!」



▶#20につづく

 

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