#06

 

 ノヴァルナは歩行式作業機に向かうと見せかけて、一輌を瞬く間に奪ってしまった。驚いたあとの二輌の乗員は、慌てて機体を奪われた一輌に向けようとする。


 一方のノヴァルナだが、敵の一輌を奪いはしたものの、操縦方法などはほとんど分からない。しかしそれも承知のうちであった。目的は機体両側に取り付けてある煙幕弾投射器だったのだ。機体左側の投射器本体の、非常用手動射出レバーを引いて円筒形の煙幕弾を発射させる。

 ボン!という乾いた音を上げて撃ち出された煙幕弾は三発。空中で濃緑色の煙幕を噴き出し、間隔をあけてジャンクの山の間に落下して転がった。そして辺りに煙幕が立ち込めだした時にはすでに、ノヴァルナは多脚戦車モドキから飛び降りて走り去っている。


 そこへ二輌の放ったガトリング弾の連射が襲い掛かり、無人となった多脚戦車モドキの脚を立て続けに砕き折った。停止していたのであるから煙幕があっても命中する。

 無数に穿たれた破孔の幾つかから火花を散らし、蜘蛛のような多脚戦車モドキは崩れ落ちた。その下にはノヴァルナに操縦席から放り出された乗員がまだおり、倒れる脚と落下する胴体から必死の形相で転がるように逃げ惑う。


 濃緑色の煙幕はすぐに廃材置き場を覆い尽し、残る二輌の視界を奪った。作業機械を簡単に改造しただけの多脚戦車モドキに、高感度対人センサーなどが装備されているはずもなく、何も見えない状態では同士撃ちを恐れてむやみに発砲も出来ない。


 その煙幕の下、ノアはジャンクの山に半ば埋もれた、反重力トラックのスクラップの陰に身を潜め、ノヴァルナのサバイバルバッグを抱き締めていた。

 ミノネリラ宙域星大名“マムシのドゥ・ザン”の娘に相応しく、鼻っ柱の強さが持ち味のノアであったが、疲労と銃撃音と視界を覆う煙幕に、さすがにその表情は不安げである。


 するとそんなノアを呼ぶ声がする。ノヴァルナの声だ。


「ノア!」


 不安に駆られていたノアは、反射的に返事の声量が上がる。


「ノヴァルナ!」


 その声に間を置かず、煙幕の中からノヴァルナが駆け出して来た。


「ノア! 無事か!?」


 と尋ねながら気遣うように自然と腕に触れて来るノヴァルナだが、今のノアに嫌悪感はなく、むしろ安堵を感じて表情を緩める。


「ええ!」


「走れるか!?」


「今ので少し休ませてくれたから平気よ!」


「オッケー! 行くぜ!」


 笑顔で告げたノヴァルナは、ノアからサバイバルバッグを取り上げて肩にかけ、ここでも有無を言わせず彼女の手を曳いて走り出す。

 少しずつ煙幕が晴れ始める中で、ノヴァルナとノアは廃材置き場から再び大通りに出た。ところがその途端、二人は息を呑む。サブマシンガンを構えた十人以上の様々な種族の男達と、新たな多脚戦車モドキが三輌、横並びになって通りを塞いでいたのだ。


「ノヴァルナ…」


 そう小さな声で呼び掛けるノアの指が、繋いだ手を強く握って来る。


「待ち伏せか…チッ! ぬかったぜ」


 ノヴァルナが舌打ちして呟くと、その直後、廃材置き場にいた二輌の多脚戦車モドキも、塀を突き破って二人の背後の路上へと姿を現した。挟み撃ちとなってこれで万事休すだ。

 すると待ち伏せしていた三輌の、真ん中の多脚戦車モドキに乗るヒト種の男が、銀河皇国公用語で告げた。


「貴様ら! 通報のあったレジスタンスの一味だな! 即座に投降しろ!」


「レジスタンスだと?」


 ヒト種の男の思いもかけない言葉に、ノヴァルナは眉をひそめた。連中の間のどこかで、話が交錯しているのだろうか?…そう考えれば、自分とノアのたかだか二人をよそ者として捕らえようとするだけに、これだけの人員と戦闘車輌はいくら何でも物々し過ぎる。


“しかしレジスタンスたぁ、また―――”


 と、ノヴァルナが考えかけたその時、爆発音とともに、待ち伏せしていた多脚戦車モドキの左端の一輌が突然、胴体の後部から炎を上げた。ノヴァルナとノアをはじめ、その場にいる全員が驚いて姿勢を低くする。

 爆発が起きた多脚戦車モドキは、前につんのめるように倒れ、男達の中から「ATG(対戦車擲弾)だ!」と「レジスタンスどもだ!」という叫び声が上がった。たちまち辺りは蜂の巣をつついたような騒ぎになり、さらにそこへ爆発が二つ、三つと発生して数人の男達を吹っ飛ばす。

 襲撃はノヴァルナとノアを待ち伏せしていた部隊の後方から仕掛けられたらしく、残った二輌の多脚戦車モドキがうろたえながら後ろを向き、ガトリング砲の射撃を始めた。レジスタンスと呼ばれた連中の姿は見えないが、煙の向こうから彼等の銃撃と思われる曳光弾が飛んで来る。


 目端の利くノヴァルナがこの混乱に乗じないわけがなかった。窮地を脱するため、状況を確認するより早く、最初の爆発が起こって十秒もしないうちにノアを連れ、廃材置き場から出て来た二輌の多脚戦車モドキの間を駆け抜けている。


 それに気付いた待ち伏せ部隊の男の一人が、ノヴァルナとノアを背後から指差して、何かを叫んだが、次の瞬間には新たな爆発に巻き込まれ、空中高く跳ね上げられた。

 さらに煙の中から撃って来たレジスタンスの銃弾が、複数の男を射殺し、多脚戦車モドキの機体に火花を散らす。そうなるともはや、誰もノヴァルナとノアに構っている余裕はない。「レジスタンスの奴等を皆殺しにしろ!!」という怒号が聞こえると、ノヴァルナとノアを追っていた二輌も、二人の事を忘れたかのように前進し、戦闘に加わっていく。


 難を逃れたノヴァルナとノアは、大通りの十字路を右に折れたところで、廃材置き場付近を振り向いた。レジスタンスとやらの戦闘とノヴァルナが発生させた煙幕の残りが、濛々と立ち込めて状況は不明だ。ただ銃声と閃光はその煙の中で続いている。


 とその時、ノアが足をよろめかせて路面に膝をついた。「ノア?」と声を掛けるノヴァルナが見たのは、パイロットスーツの右足首が裂けて流れ出る血と、美しい顔をしかめて歯を喰いしばり、その裂け目を手で押さえるノアの姿であった。ノヴァルナは自分もしゃがみ込み、真剣な口調で問い掛ける。


「ノア! 撃たれたのか?」


「今の逃げる時に流れ弾が…掠めただけだから大丈夫」


 気丈に応じるノアだが、立ち上がろうとして再び足をもつれさせる。そこへ煙の中から新たな流れ弾が次々に飛んで来た。二人の周囲の石畳に命中し、火花と石の欠片を跳ねさせる。ノヴァルナは咄嗟にノアを庇って身を伏せた。さらに煙の中から、レジスタンスが放ったものらしい対戦車ロケット弾が飛び出して、十字路の向こう側の家屋の窓に突っ込み、ドーム型の屋根を吹っ飛ばして火柱を上げる。家屋の中に誰かいたかは分からないが、居れば間違いなく死んでいるだろう。


“早くノアを連れてかねぇとヤバいぜ、こいつは…”


 胸の内で呟いたノヴァルナは、ノアに背中を向けて大声で告げた。


「ノア! 俺がおぶってやる。乗れ!」


 ところがノアはそれをキッパリと拒絶する。


「いやよ! 大丈夫だって!」


「こんな時に意地張んな! 早くしろ!」


 ここに来て跳ねっ返りは勘弁してくれと言いたげに強く命じるノヴァルナだが、ノアの心情的には、ノヴァルナに“臭う”だの“臭い”だのネタにされたのに、背負われて体を密着させたくない…という、女心によるものが大きかった。当然、そんな事を論じている場合ではないのも承知してはいるが、思ってしまうものは仕方がない。


「………」


 ノアが無言で躊躇っていると、ノヴァルナは「あああ。もう面倒臭ぇっ!!」と叫び声を上げて立ち上がり、肩に掛けていたサバイバルバッグを背中に回すと、腕で足払いをするように強引にノアを抱え上げ、“お姫様だっこ”した。


「!!!!!!」


 驚愕と羞恥で真っ赤な顔になって目を見開くノアが、何かを言い出す前に、ノヴァルナは走り始める。ノアがしどろもどろになりながら、ようやく「おっ! 降ろしなさいよ!! なにやってんのよ、バカ!!!!」と怒鳴ったのは、十字路を渡りきった時であった。


 するとそこに、交差車線の後方から一台のランドクルーザーが疾走して来て、ノヴァルナとノアの目の前で急停車する。その運転席には三十代半ばと思われる栗毛で長髪の男が乗っており、隣の助手席には、男と同年代らしい亜麻色の髪の女性が同乗していた。


 運転手の男はノヴァルナとノアに親指で後部座席を指し示し、ニヤリと笑みを見せて告げる。


「兄さん、乗りな!」


 少々訛りのある皇国公用語であった。ノヴァルナが一瞬眉をひそめて車内に目をやると、助手席の女性も落ち着いた笑みを向けて頷く。そこにまた新たな流れ弾が飛んで来て、家屋の窓ガラスを粉砕し、壁に弾痕を穿った。選択の余地はなさそうで、ノアを降ろしたノヴァルナは後部座席のドアを開け、ノアを先にして自分も体を押し込んだ。

 その直後、ノヴァルナ達を待ち伏せしていたのとは違う姿の武装した男が三人、煙の中から駆け出して来る。その三人は煙に向けて振り返り、手にしていたアサルトライフルを乱射した。だがそれに続いて現れたのは、例の蜘蛛のような多脚戦車モドキである。


 これはまずいと思ったらしく、ノヴァルナ達を乗せた栗毛の男はランドクルーザーを発進させた。その直後、多脚戦車モドキは胴体下部のガトリング砲を発砲する。武装した三人は無残にも四肢をバラバラに吹っ飛ばされて絶命した。


 多脚戦車モドキの乗員は、ノヴァルナ達の乗るランドクルーザーもレジスタンスの仲間だと考えたのか、三人を射殺したその流れでガトリング砲を連射したまま向けて来た。薙ぎ払われる銃撃に路面の石畳が、家屋の壁が、ミシンをかけたように穴をあける。

 運転手の栗毛の男は咄嗟に十字路を右折した。ガンガン!と不快な金属音ががなり立て、車体の後方の空になった荷台を二発の弾丸が貫通する。だがそこで車は十字路を曲がりきり、死角へ逃げ込んだ。


 ランドクルーザーはそのまま街を抜けたところで速度を落とし、雪の降り積もる山の裾野を続く道を進み始める。

 太陽は見えず、白灰色の雲が濃淡を作って空一面を染めていた。山は黒い岩肌が所々で覗くだけで、白い雪が厚く覆い、木々は一本も生えていない。


 車の後部座席では、ノヴァルナがサバイバルバッグから応急治療キットを取り出し、ノアの右足首の傷を診てやっていた。厚地の金属繊維で出来たパイロットスーツのおかげで、銃弾は足の表層を軽く削った程度で済んでおり、消毒を行って組織再生パッドを貼れば、数時間で痕も残らず治せるはずだ。


「オッケー。これで終わりだ」


 大昔の救急絆創膏と湿布薬を合わせたような、正方形の組織再生パッドをノアの細い足首に張り終えたノヴァルナは、ノアに告げるとパッドの薬面保護フィルムを丸めて、サバイバルバッグの中へ無造作に放り込んだ。


「あ…ありがとう」


 躊躇いがちに礼を言うノアは、いつもの強気な態度と打って変わって視線を泳がせる。自分の脚の傷を治療してくれている時の、ノヴァルナの真剣な眼差しが残像として、頭の中でまぶしいままだったのだ。


 そんなノヴァルナとノアの様子に、一段落ついたのだろうと判断した運転手の男が、軽い口調で声を掛けて来た。


「少しは落ち着いたようだな、お二人さん」


 それに対し、ノヴァルナは警戒心を内に秘めたまま、同じような口調で応じた。


「すまねーな。助かったぜ」


 するとそんなぶっきらぼうなノヴァルナの物言いに、横合いからノアが注意する。


「ちょっと。初対面の人にそんな口の利き方…」


 しかしノヴァルナがそれに何か言い返す前に、運転手の男が陽気に「ハッハッハッ…」と笑い声を上げて言葉を続けた。


「いいって、気にすんな。俺も堅苦しいのは嫌いなんでな」




▶#07につづく

 

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