#01

 




雪と氷に閉ざされた惑星―――




 それが、ノヴァルナ・ダン=ウォーダとノア・ケイティ=サイドゥが潜り込んだ、謎の貨物宇宙船の到着した先であった。二人が不時着した惑星からの距離は不明だが、DFドライヴを繰り返して二日、推定で六百光年程度と思われる。


 黒に近い焦げ茶色の岩肌が白い積雪の間から覗く、峻険な山々を背景に、廃れた地方空港のように見える宇宙港がある。離着陸床はろくに除雪も為されておらず、管理棟や格納庫の屋根には雪が分厚く積もったままだ。そこに二人の乗っていた貨物宇宙船が着陸していた。その向こうに同じ型の貨物宇宙船が二隻、違う型のやや小ぶりな貨物宇宙船が二隻、不規則に並ぶ。


 船体から切り離されたコンテナはそのまま、連結した巨大な台車に乗せられ、ここでも中古品と思しきロボットが運転する牽引車に曳かれて行った。あの原住民達を虐殺した乗組員達は、ろくに船のチェックもせず、すでに管理棟へ引き上げている。

 ただその杜撰さがノヴァルナとノアにとっては好都合であった。宇宙船の周囲に誰もいなくなったのを確かめると、着陸ギアをつたって離着陸床に降り、コンテナが牽引されて行った格納庫まで一気に駆け抜ける。


 半開きのシャッターを屈んでくぐり、格納庫の内側に忍び込んだ二人は各々で太腿を摩った。ノヴァルナは年寄り臭く腰の後ろを拳で叩きながら愚痴る。


「ててて…あんな狭いところに二日間も座りっ放しのあとで、ダッシュはキツいぜ」


「ちょっと。声が大きいわよ」肩で息を切らせながらノアが注意した。


「気にすんな。どうせまた、ロボットしかいねーよ」


 ノヴァルナの言う通り、高い天井の照明が半分以上消えたままの薄暗い格納庫の中には、スクラップ同然の大型トラックの列と、例の植物を積むためにコンテナ。そして複数のロボットが動き回っているだけである。ただ人間が誰もいない証明というわけではないが、ロボットだけが作業しているという事で格納庫には暖房が入れられておらず、半開きのシャッターから外の寒風が流れ込んで来てひどく寒い。


「…ぇきシッッ!!!!」


 盛大にくしゃみをするノヴァルナ。ノアと共にパイロットスーツを着てはいるが、電源と接続してヒーティングされているわけではなく、素のままでは耐寒性にも限界があった。


「いい加減にしなさいよ。確かに誰もいないかもしれないけれど、不用心すぎるでしょ」


 無警戒なノヴァルナをノアが叱る。ノヴァルナはやんちゃ小僧のように、人差し指で鼻の下をゴシゴシこすりながら格納庫の様子を見回し、ノアに言い返した。


「どっかの誰かみてーに、くしゃみで人の顔面にツバかけるより、マシってもんじゃねーか」


「なんですって?…」当てつけられたノアが視線を鋭くする。


「なんでもねーよー」と、語尾を上ずらせた軽い口調でとぼけるノヴァルナ。


 この二日間、貨物宇宙船の機関部で身を寄せ合って隠れていたノヴァルナとノアだったが、こういったケースでは親密さを増すか、口も利かない険悪な関係となるか、いずれかの結果になる事が多い。特に食料が尽きたあとでは尚更だ。ただノヴァルナとノアの場合は、それは良い方に転んだように見えた。言い合いはしても出逢った頃のような、事あるごとに出していたトゲトゲとした雰囲気は鳴りをひそめている。


「ともかく、貨物宇宙船の奴等がどこの何者かは知んねーが、今はあれに乗ってこの宇宙港から離れるのが先決だ」


 そう言ってノヴァルナが指を差したのは、束にした栽培植物を次々と、コンテナから屋根付きの荷台に積み込んでいる大型トラックだった。20トンは詰めそうな大型トラックは格納庫の中だけで五台、さらにノヴァルナ達が入って来たのとは反対側のシャッターの向こうには、数台のトラックのタイヤが見える。


「あれでどこへ行くの?」と尋ねるノア。


「知らねー」あっけらかんと応えるノヴァルナ。


「またそんな…あなた、本当に行き当たりばったりなのね」


「まー、今んとこ上手くいってんだから、いいんじゃね?」


 無責任なノヴァルナの言い草に、ノアは「はあッ」と肩を揺らして大きなため息をつく。確かに他に手立てがないうえに、問題なのは今のところ、このノヴァルナの行き当たりばったりが功を奏している事であった。それもあって結局はノアも、従うほかなかったのである。


「ほら、乗り込もうぜ。寒くてたまんねーし」


 サバイバルバッグを担ぎトラックに向けて歩きだす、ノヴァルナの堂々とした背中を見せられたノアは、もう一度大きなため息をついてそのあとに続く………ただそういった一連の反応が、すでにノヴァルナのペースに巻き込まれてるのだという事に、ノアは気付いていなかった………




▶#02につづく

 

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