#07
ノヴァルナとノアが険悪な雰囲気を帯びたまま、互いに口も利かずに森の端から内部の様子を窺っていた頃、オ・ワーリとミノネリラ両宙域の互いの陣営に、『ナグァルラワン暗黒星団域』での戦闘の発生についての第一報が届き、それぞれの勢力に衝撃を与えていた。
まずはノヴァルナの居城、ナグヤ城。その留守居役筆頭はもちろん、付家老のセルシュ=ヒ・ラティオである。
時間的には昼を少し過ぎた頃だった。他の幹部達と早めの昼食を済ませて、会議場へ移動しようと廊下を歩いていたセルシュに、一人の侍従が駆け寄って凶報を耳打ちしたのだ。
その知らせを聞いたセルシュは俄かに顔を蒼白にし、膝から力が抜けて卒倒しかけた。周りの幹部が驚いて「御家老様!」「セルシュ様!」と口々に声を上げ、その体を支える。
「いったい、どうなされたのです!?」
六十余歳にしていまだ壮健なセルシュの突然の異変に、幹部達も“これはただならぬ事が起きたに違いない”と、表情を緊張させた。
「わ、若様が…」
とセルシュは呻くように声を絞り出し、ノヴァルナがミノネリラ宙域でキオ・スー家の艦隊、そしてサイドゥ家のノア姫達と交戦し、サイドゥ家御用船もろともブラックホールに飲み込まれた事を告げる。連絡を入れて来たのは生存した『ホロウシュ』の、トゥ・シェイ=マーディンである。
それを聞いて他の幹部達も一斉に顔色を失った。まさに御家の一大事、ナグヤ・ウォーダ家の存亡に関わる大事件だ。
「御家老様! 我等はいかがすれば!?」
表情を強張らせて尋ねる幹部、セルシュは奥歯を噛み締めて背筋を伸ばし、感情に流される事無く指示を出した。
「まずは、この件は今はまだ他言無用。わしはこれからすぐに、スェルモル城のヒディラス様の元へ馳せ参じる。指揮系統はそちらで一本化するので、卿らはそれまで指示を待て。あとの事はすべて次席家老のナイドルに任せる。ただ、サイドゥ家も関係している話であるから、いつ戦闘態勢に移行してもよいように、準備は整えておくのだ」
この辺りはさすがに当主のヒディラスの信も厚い、ウォーダ家重鎮のセルシュであった。幹部達といえど浮足立ちそうになる気持ちに、ズシリと重しを置いて落ち着かせるような的確な指示であって、無駄な言葉がない。
動揺を隠せなかった幹部連中も、セルシュの言葉を聞いて顔に生気を蘇らせ、声を揃えて「はは!」と頷いた………
そしてノヴァルナの父親、ナグヤ=ウォーダ家の当主ヒディラス・ダン=ウォーダの暮らす、ヤディル大陸東岸の新都スェルモルの城………残念だがこちらはノヴァルナの事件を受けても、ナグヤの城のように一枚岩とはならなかった。
凶報を聞いたヒディラスの驚愕と混乱は、筆舌で語るには納まるものではないが、それはここではあえて記さない。問題はその凶報がナグヤより先に届いて、こちらの幹部達が知るところとなった直後から、ノヴァルナの弟、カルツェ・ジュ=ウォーダの取り巻き達―――ミーグ・ミーマザッカ=リンやカッツ・ゴーンロッグ=シルバータ、そして新任のクラード=トゥズークなどといった者達が、カルツェの元に集まって密談を始めた事である。
時差の関係で昼過ぎのナグヤに対し、スェルモル城は西に傾く二重太陽のタユタとユユタが、その光に黄色味を増していた。
第六会議室は普段あまり使用されない、スェルモル城天守の西側に面した、収容人数が二十人ほどの小ぶりな会議室である。
ヒディラスの次男、カルツェは円卓の上座に座り、二重太陽の光を背に無表情の顔を前に向けて、居並ぶ自分の派閥の重臣達を軽く見渡した。
「これでカルツェ様が次期御当主…早々に御殿(おんとの)ヒディラス様から言質を頂けるよう、手を回さねばなりませんな」
ニヤニヤと不遜な笑みを浮かべてそう告げたのは、最近になってカルツェ自らが幹部として登用した、クラード=トゥズークであった。中性的な顔立ちの若者で、眼光が鋭いのが印象的である。年齢は十九歳と、ノヴァルナの『ホロウシュ』筆頭のマーディンと同じで、経歴的にも文官出身と、これまたマーディンと同様だ。
当然その事はクラード自身も意識しており、自分こそがマーディンを抑えて出世街道を歩み、いずれはウォーダ家で存分に権力を振るいたい…と考えている野心家でもある。
「軽々しい物言いをするな、クラード。事が事だぞ」
クラードを窘めたのは、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータであった。彼もカルツェの支持者である事は変わらないが、それでもウォーダ家に仕える者として、長子ノヴァルナの行方不明は憂慮すべき事態だと思う節度は持ち合わせている。
「わかっておりますとも。ゴーンロッグ殿」
新参者のクラードに、親しい間柄のみ使用するミドルネームの、“ゴーンロッグ”で呼ばれたシルバータは眉間に皺を寄せた。
「だが、これはまたとない機会には違いないぞ」
そう言ったのはミーグ・ミーマザッカ=リンである。ナグヤ=ウォーダ家首席家老、シウテ・サッド=リンの弟であり、銀灰色の体毛に覆われた熊に似た容姿のベアルダ星人は、カルツェを最も強くナグヤの次期当主に推す人物だ。ミーマザッカは誰憚ることなく、自分の考えを言い放つ。
「報告では、あの“うつけ殿”はブラックホールに吸い込まれる直前に、事象の地平を利用して超空間転移を強行したらしく、生存の可能性が残されてはいるとの事だが、実際に生還出来る確率は限りなくゼロに近い。ヒディラス様とて現実的に考えて、内心ではもう諦めておられているはず。となれば当然、次期当主の座は第二継承権を持っておられるカルツェ様のもの。クラードの言う通り、ヒディラス様から確たるお言葉を頂いて、地盤固めに取り掛からねばならん」
ミーマザッカは、カルツェがナグヤの当主となった場合、現在の副首席家老であるセルシュの次期ポストを狙える位置にいる。クラードよりも手の届く近さで、権勢の女神が流し目を送っているのであるから、むしろこの男の方が先鋭的となるのも当然と言えた。
そのミーマザッカはシルバータを振り向いて、粘着質の笑みを浮かべる。
「ゴーンロッグも綺麗事はよしにせい。貴様とて、これでサンザ―のポストが…いずれはナグヤ家BSI部隊総監の地位が、手に入る位置にいるのだからな」
ミーマザッカが名を出したサンザーとは現在、ノヴァルナ麾下の第二宇宙艦隊でBSI部隊の指揮を執っている、カーナル・サンザー=フォレスタ―――ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』の、ラン・マリュウ=フォレスタの父親であった。ノヴァルナが家督を継いだ場合、いずれは全BSI部隊の指揮を執る立場になると思われる、勇猛で鳴らしたフォクシア星人だ。
だが煽って来るミーマザッカに対し、シルバータは難しい顔をして沈黙したままであった。
「………」
今回の降って湧いた話に対するミーマザッカやクラードの騒ぎようは、シルバータにとって、あまり気持ちのいい感じがしなかったのである。彼等が自分の野心ばかりを優先して、自分達の主君であるカルツェ様を軽んじてしまっているように見えたのだ。
「どうした、ゴーンロッグ。腹でも痛いのか?」
訝しげな顔でからかうように言うミーマザッカに、シルバータは「いいや…」とだけ応えた。
▶#08につづく
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