#03
“ひでぇ着陸だった。強襲降下モードになんざ、するんじゃなかったぜ…”
見渡す限り赤茶色の荒れ地が続く大地に、適度な大きさの平たい岩に腰掛けたノヴァルナは、長く大きなため息をついた。大気組成内の有毒物質と致死性細菌が規定値以下である事が確認できたため、ヘルメットは着用しておらず、砂埃の臭いに満ちた風が、紫がかった長めの黒髪を乱雑に掻き撫でていく。腰掛けた岩の脇には不時着後の生存に使用する、サバイバルキットの入ったバッグが置かれてあった。
彼の背後では、非常用以外のエネルギーが枯渇した『センクウNX』が、盛大に尻餅をついた姿で着地している。
“ようやくお出ましか…”
そう思いながら向けるノヴァルナの視線の先には、こちらに早足で歩いて来る、ヘルメットを被ったままのノア姫があった。彼女の『サイウンCN』は前のめりに膝をついた状態で、小ぶりな丘を越えた向こうに着地している。いからせた肩で風を切って歩いて来る様子からすると、サイドゥ家の姫様はご機嫌斜めのようだ。
ノア姫が近くまでやって来るとノヴァルナはおもむろに立ち上がり、いつものとぼけた口調で声を掛けようとする。
「よぉ。無事だったみてぇじゃ―――」
ところがその言葉を言い終わらないうちに、ノア姫は無言でノヴァルナに詰め寄って、向こう脛をパイロット用ブーツのつま先でガン!と蹴り飛ばした。
「いッてぇえええっ!!!!」
痛みに跳ね上がったノヴァルナは、たまらず真顔になって怒鳴りかける。
「てめ、いきなり何しやが―――」
しかしその言葉もまたノア姫の行動に遮られてしまった。ノアがヘルメットを脱ぎ、頭を一振りして長い黒髪を風になびかせると、顔を初めて見せてノヴァルナを見詰めたのだ。
ノア姫は美しかった………
身長はノヴァルナよりやや低く160センチ後半。透き通るように白い肌に、僅かに吊り気味の目は睫毛が長く、瞳は紫色。少々厚みのある唇は血色も良くて艶やかさを含んでいる。ノア姫が“マムシのドゥ・ザン”の娘とは思えない美しさ、と言われているのは知っていたが、これほどとはさしものノヴァルナも想像していなかった。
「………」
思わず言葉を失って見とれるノヴァルナであったが、ノア姫が腰に右手をあてて少し前かがみになり、左手でノヴァルナの胸元を指差して毒づくと、たちまち現実に戻される。
「転移前に、万が一生き延びたらあなたを蹴飛ばす、と言ったはずよ!」
「なぁッ!…なんだと、てめぇ!!」
初めて直接顔を合わせたと思えば開口一番、ノア姫の挑戦的な物言いに、ノヴァルナは完全にお株を奪われた形となった。しかもミノネリラ宙域国の姫は周囲の荒涼とした風景を見渡すと、ノヴァルナの怒りを無視し、向こうの山を見詰めて何事もなかったかのように言葉を続ける。
「それにしてもおかしな事になったものね。こんなの普通なら起こり得ないわ。ブラックホールを使っての、転移に成功する事自体が奇跡的なのに、呼吸可能な惑星の大気圏付近に転移できたなんて…」
「い、いや。あのな…」
さっさと話題を切り替えて当たり前のように喋りだすノアに、ノヴァルナは面食らって流れを戻そうとした。だがノア姫は取り合わない。
「でも、どこの星かしら? 成層圏から夜の部分に、町か何かの明かりが見えたけど、問題は文明レベルね。銀河皇国に属する星だったら…」
「だから、ちょっと待てッつってんだろが!!」
喚声気味に言い放って話を止めたノヴァルナに、ノア姫は小さくため息をついて振り向き、面倒臭げに小首を傾げて問い掛ける。
「なにかしら?」
「なにかしら?じゃねー! いきなり蹴りやがって…」
「いきなり? 聞いてなかったの? 生き延びたら蹴飛ばすと言ったはずだけれど?」
「その事はいい!…いや、よくねぇけど。それとは別に“助けてくれてありがとう”とか、礼のひとつもねーのかよ!?」
ノヴァルナがそう言うと、ノアはたちまち表情を険しくした。
「お礼ですって!!?? 助けたですって!!??」
「お、おうよ…」
ノアの剣幕にたじろぐノヴァルナ。どうやら要らぬ地雷を踏んでしまったらしい。
「こっちは迷惑してるのよ! キヨウからミノネリラに帰ろうとしてたのを、あなた達ウォーダ家が一方的に襲って来たんでしょ! どうしてお礼がいるのよ!?」
「襲ったのはキオ・スーの奴等だ! 俺達はそれを助けたろが!?」
「キオ・スーとか、あなた達の内輪の話は私達には関係ないでしょ! 問題はウォーダ家が私を襲撃して船を破壊したって事実よ! 助けたって言うけど、私がいなかったらブラックホールからの脱出は出来なかったんだし、この先は分からないのよ! それを蹴飛ばすだけで、ひとまず水に流しておいてあげるつもりだったのに!」
「ぬ!…」
ノアを睨むノヴァルナの、強張った頬の筋肉がヒクヒクと引き攣る。
「ぬぁんなんだ! てめえって女は!!」
思わず声を上ずらせたノヴァルナ。ところがノアはその鼻先にビシリと指を突き付けて、強く言葉を返す。
「その口の利き方!」
「あぁ!?」
「その威圧的な口調はやめて。怖くないし、聞くに煩わしいだけだから!」
「!!………」
個性を全否定されるようなノアの物言いに、ノヴァルナは二の句が継げない。激発しそうな感情をどうにか抑え込んで、まるで壊れた旧時代のロボットを思わせる程ぎこちない笑顔を、無理矢理作り出す。
「そっ!…そいつは、失礼しやがりましたねぇ。それで? サイドゥ家のお姫様におかれやがりましては、どのようにお扱いすれば、お気に召しやがるんでございましょうかぁ~?」
「………」
思いきり嫌味たらしく言い捨てるノヴァルナを、ノアは醒めた目で無言のまま見返した。
「………」
「………」
「………」
二人の間を、さあ、と風が流れて足元の枯れた草を揺らす。根負けしたノヴァルナは、手の平を返して広げた両腕を突き出し、叫んだ。
「ノーリアクションかよっっ!!!!!!」
するとその二人の間を、今度は風以外のものが通り過ぎて足元に突き立った。原始的な射的兵器―――長さが30センチほどの矢である。
「!!??」
驚いたノヴァルナとノアは同時に足元に刺さった矢を見下ろして、飛んで来た方向を振り向いた。その直後、次の矢が飛来する。そのコース上にいたのはノアだ。ノヴァルナは咄嗟に、向き合ったノアを突き飛ばした。ノアは「あッ!!」と声を上げて尻餅をつく。一方のノヴァルナは倒れ込みながら、腰のホルスターの拳銃型ブラスターを抜き、着地とともに矢の発射地点に身構えた。一拍遅れはしたが、ノアもすぐに銃を構えて身を伏せる。
そしてそこにいたのは、二足歩行の小型恐竜から進化したと思われる、身長百五十センチ前後の生命体の群れであった。肌は青灰色、耳は穴が開いているだけの頭は、太陽光線を金色に反射する両眼は大きく、爬虫類のそれを思わせる縦長の瞳は黒い。そして大きな口は耳の穴の下まで裂けていた。数は二十よりやや多い程度で、50メートルほど向こうの窪地から横並びに上がって来ようとしている。動物の毛皮と思しき粗末な着衣は原始人そのもので、手には弓矢や石器の槍を持っていた。
▶#04につづく
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