#02

 

 兄の呑気そうな物言いに、カルツェはほんの一瞬舌打ちするような表情を浮かべたが、すぐに硬い微笑でそれを覆い隠し、軽く頭を下げて拒否の言葉を口にした。


「申し訳ありませんが…あいにくと、そういったものに興味はありませんので」


 それに対し、ノヴァルナは機嫌を損ねるふうでもなく、あっけらかんと応じる。


「そっかー。人生損してんなー、おまえ」


 そんなノヴァルナの言葉を何かの皮肉と受け取ったのか、カルツェは再び一瞬顔をしかめると、「失礼致します」とだけ告げてノヴァルナに背を向ける。そして歩き出す所作に移った瞬間に、その姿は消え去った。ノヴァルナと食事を共にしていたカルツェは立体映像―――ホログラムだったのだ。


 しかもホログラムなのはカルツェだけではなかった。ノヴァルナが「よーし。じゃそろそろ、お開きにすっか!」と陽気に言うと、まずフェアンが「はーい。ごちそうさまー」と言って、誰かからのNNLメールを開きながら姿を消す。いつもはもっとノヴァルナとベタベタしたがるはずのフェアンにしては珍しい事だった。今のメールが関係しているのかもしれない。


 それに続いてノヴァルナの三人のクローン猶子達も「ご馳走様でした」と頭を下げた。


「おう。『ムシャレンジャー』見つかったら、連絡すっからな!」


 ノヴァルナがそう応えてやると、三人は嬉しそうな顔で姿を消す。


 この“食事会”はそれぞれの居城間をホログラム通信でリアルタイム中継し、それぞれの居城の食堂で、あたかも兄弟姉妹やクローン猶子達が集まって食事しているように見える、バーチャル食事会だったのだ。

 そしてそれぞれの居城はナグヤ=ウォーダ家の領地、惑星ラゴンのヤディル大陸に散らばっているため時差がある。ノヴァルナの住むナグヤ城は大陸北半球中央部で朝。マリーナ達の住むスェルモル城は大陸東岸であるために昼。クローン猶子達の住むフルンタール城は、斜めに傾く形をしたヤディル大陸の、南半球のさらに東側となるので少し早いおやつの時間だ。そのせいで、それぞれのグループで食べるメニューが違っていたのである。


 ノヴァルナはナプキンで口元を拭くと、俄然静寂に包まれた食卓で、まだ一人だけ消えずにいるマリーナのホログラムに視線をやった。マリーナは少しばかり愁いを瞳に湛えているように見える。ノヴァルナは優しい口調で妹に声をかけた。


「マリーナ」


「兄上……」


 マリーナの表情を曇らせている原因が、先程のカルツェの態度である事は明白だった。「あの…申し訳―――」と詫びを入れようとするマリーナだったが、ノヴァルナは静かだがきっぱりとした声で機先を制する。


「済まねーな。おまえには気を遣わせちまって」


「い、いえ…」


 兄から優しい笑顔で告げられたマリーナは、頬を僅かに染めながら応えた。


 今日のナグヤ=ウォーダの兄弟姉妹と、クローン猶子達による食事会―――これを企画し、手配したのはマリーナだったのである。今からおよそ一か月前の、『クーギス党』と手を組んだ水棲ラペジラル人の強制移住の阻止。この時マリーナは離れ離れになったノヴァルナに代わり、妹のフェアンを必死に守った。そしてその“ご褒美”としてノヴァルナに要求したのが、この食事会なのだ。


 それは普段、家族でありながら別々の城で生活している自分達に、もっと共通の時間を持つようにしたいという、マリーナの願いによるものだった。

 自分と妹のフェアンも、兄のノヴァルナと初めて実際に顔を合わせたのはほんの三年ほど前という、一般人の家庭からするとあり得ない星大名の異常な家族関係の中で、以前からマリーナの胸の内でくすぶっていた想いは、約一か月前にナグヤの兄の元を訪ねた際に、ノヴァルナとトクルガル家のイェルサスの兄弟のような関係を目にして、一層強くなった。


 特にマリーナにとっての心配事は、兄と実際に血が繋がっていながら、その関係性が他人であるイェルサスより全然希薄な、双子の弟のカルツェである。

 傍若無人と評判の悪い兄のノヴァルナと違い、頭脳明晰で思慮深い人格者と周囲からの期待を受けて、ナグヤ=ウォーダ家の次期当主もこちらの方が相応しいと囁かれ、実際に家臣達が擁立しようとさえしているカルツェが、自分の兄を内心どう見ているか…物事の本質を見抜く目を持つはずのマリーナにもわからないのだ。

 今日の食事会も一番の目的は、そのカルツェとノヴァルナの距離が少しでも近づくきっかけになれば…という、マリーナの切実な気持ちからである。

 国外に有力星大名のサイドゥ家やイマーガラ家、国内にキオ・スーとイル・ワークランの両宗家という敵対勢力を抱える、まさに内憂外患の今の状況で、血を分けた兄弟で争う事ほど虚しいものはない。


 そんなマリーナの心情はノヴァルナも十分に理解していた。だからこそひねくれ者のこの若君も、“気を遣わせて済まない”という言葉を素直に口にする事が出来る。ただしマリーナのその気持ちが正しく報われるかは、また別の話であった。


「だがな、マリーナ―――」


 ノヴァルナは僅かばかりに苦々しさを含んだ、微妙な笑顔をマリーナに向けて言う。


「噛み合わねえもんは、仕方ねえ事もあるさ」


「申し訳ありません。出過ぎた真似でした…」


 大好きな兄上の気分を害してしまった…と目を伏せるマリーナ。しかしノヴァルナは陽気に応じた。


「いんや。そうでもねえよ。楽しかったし」


「兄上?」


 ノヴァルナの声にはわざとらしさが感じられず、マリーナは愁眉を開いて顔を上げる。


「また、ちょくちょくやろう。おまえに任せる」


「は…はい!」


 ノヴァルナの言葉はマリーナにとって、本当に嬉しいものだった。そうだ…少なくとも今日の食事会に、カルツェは参加したのだ。このまま続けていければ、二人の間柄が変わっていくのだって無理ではないはずだ。するとノヴァルナは思いも寄らない話を付け加えた。


「それと、今度はルヴィーロ義兄上も呼んでやろう」


「!」


 ノヴァルナが告げたルヴィーロ義兄上とは、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダといい。ノヴァルナの父親、ヒディラスのクローン猶子であった。現在は27歳。ノヴァルナが生まれたため早くに家督継承権を失い、現在はヒディラスのミ・ガーワ宙域侵攻後に設立されたミ・ガーワ方面軍司令官として、同宙域のヘキサ・カイ星系に赴任している。

 ノヴァルナが生まれると同時に継承権を失ってナグヤ本流から外れた事と、十歳以上の年齢差という事もあって、ルヴィーロと口も利いた事のないマリーナは食事会に誘うのを躊躇ったのだが、ノヴァルナにはそういった抵抗感がないらしい。むしろそんな細やかなところにまで意識が行く事に驚嘆する。


「―――たぶん、義兄上もびっくりして喜ぶぜ」


「げ、現地との時差を調べておきます」


 驚きと喜びが入り混じった気持ちでそう応えるマリーナは、すでに立ち去った弟のカルツェに胸の内で訴えた。





“カルツェ……どうかノヴァルナ兄様の、こんなに繊細な心に気付いて………”





▶#03につづく

 

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