#01
マリーナ・ハウンディア=ウォーダは、子牛のテリーヌに入れようとしていた銀のナイフを握る手を止め、細い眉をひそめてノヴァルナに尋ねた。
「ムシャレンジャー?…なんですの? それは」
ナグヤ城の城主用の広い食堂には、純白のクロスがかかる大きな机の上座に、薄水色のトレーナーを着たノヴァルナ・ダン=ウォーダが座っている。その眼前にはスープにトースト、スクランブルエッグとサラダが盛られた朝食が並べられていた。星大名の嫡男にしてはありふれた、極めて庶民的な着衣とメニューである。
そのノヴァルナの右隣には手前から二人の妹フェアン、マリーナ、そしてマリーナの双子の弟であるカルツェ・ジュ=ウォーダが軽装で座り、子牛のテリーヌに舌平目のムニエルと、朝食とは考えにくい料理を食していた。
またノヴァルナの左側には、彼に似た顔つきの十代はじめらしき三人の少年が、白いシャツに濃紺の短パン姿で行儀よく並んで座り、こちらは小さな三種類のケーキとミルクティーを笑顔でとっている。テーブルに座る位置で食べている物が全く違う異様な光景だった。
「いや、だから『閃国戦隊ムシャレンジャー』…知ってるだろ?」
ふんわりとしたスクランブルエッグをフォークで掻き込むように頬張りながら、ノヴァルナは再びマリーナに尋ねる。だがマリーナは「いいえ」と素っ気無く応えただけで相手をせず、一方、兄のその無作法な姿をフェアンがからかった。
「兄様、お行儀わるーい。子供達がいる時は、お手本にならなきゃだめだよ~」
フェアンが言った“子供達”とは、無論、同じ食卓に着いている三人の少年達の事である。ノヴァルナに似ている顔から、単純に考えると少し歳の離れた弟達のようだが、彼等はノヴァルナのクローン人間、いわゆる“クローン猶子”で、ノヴァルナの“息子”なのだ。
ノヴァルナのクローン猶子は12歳のヴァルターダ、11歳のヴァルカーツ、10歳のヴァルタガの三人兄弟で、ノヴァルナと同じ遺伝子を持つのだが、成長過程で人格形成に誤差が生じるため、それぞれの性格はみなノヴァルナとは異なっていた。
このような“誤差”はクローン人間には珍しい事ではなく、長男のヴァルターダは真面目な性格で、次男のヴァルカーツは優柔不断であり、三男のヴァルタガは直情的な面が目立つ。
クローン猶子達をダシにからかって来るフェアンに、ノヴァルナもいつもの不敵な笑みで意地悪く応戦した。
「あん? なんだとフェアン。てめーこそさっきから自分が喰ってるメシより、こいつらの喰ってるケーキの方が欲しそうじゃねーか」
「そっ!…そんな事ないもん!」
と言いながら、唇を尖らせて目を泳がせるフェアンの表情は、明らかに兄の指摘が図星だったことを証明していた。するとノヴァルナの長男にあたるヴァルターダが、真面目な調子で尋ねて来る。
「父様(とうさま)。『ムシャレンジャー』とは何ですか?」
14歳のフェアンと2歳しか違わない12歳の少年から、“父様”と呼ばれる17歳のノヴァルナという奇妙な光景だが、それはノヴァルナがクローン猶子達に言いつけて、そう呼ばせているのであった。しかも面白い事にノヴァルナ自身、“父様”と呼ばれる事はまんざらでもないらしい。
「おう! 『ムシャレンジャー』ってのはなぁ―――」
ヴァルターダに尋ねられて、ノヴァルナは我が意を得たりとばかりに、フォークを振り回しながら解説を始めた。
『閃国戦隊ムシャレンジャー』とは、ヤヴァルト皇国が銀河に進出するずっと前、まだ惑星キヨウの大陸国家であった時代に、当時の旧NNLで配信されていた子供向けの変身ヒーロー番組だ。
こういった娯楽系のデータは、皇国が銀河に進出した際に行われたNNLシステムの大規模更新に、保存される事なく消去されたのだが、どういう経緯を辿ったのか、この『閃国戦隊ムシャレンジャー』の映像ソースだけが、キヨウのNNLデータ資料館の膨大な歴史学アーカイブの中に紛れ込んでいたのだった。
そしてノヴァルナが幼少の頃、折角発見されたデータだという事で期間限定で、再配信されて人気を博した。ノヴァルナも市井の子供達と同じく、夢中になってこの配信番組を観ていたのだ。昨日の夜のノヴァルナは、そのオープニングを夢で十数年ぶりに見て、思い出したというわけである。
ただそこまではよかったが、ムシャレッドの秘密がどうとか、敵の大魔王の正体が実は…とか、番組の中身にまで話が及ぶとヴァルターダも子供ながら、ノヴァルナの変なスイッチを押した事を感じ取り“これはしまった”という顔をした。しかしヴァルターダはともかく、それより年少のヴァルカーツやヴァルタガは興味深々に目を輝かせる。
ノヴァルナも一番年少の二人の興味を引いた事に気付き、身振り手振りを交えて話を面白おかしくヒートアップさせる。その様子を無言で眺めるマリーナは、結局は兄の精神年齢は、あの年少の二人に近いままではないのかと思えて、やれやれといった目をした。
「とうさま、僕も『ムシャレンジャー』見たいです!」
ノヴァルナの話にすっかり煽られたヴァルカーツが、我慢できなくなって言い出すと、その弟のヴァルタガも「ぼくも!」と続く。それだけ詳しく教えてくれるからには、きっと当時の動画を持っているんだと思っての要求であった。ところがノヴァルナは、「うーん。それがなあ…」と唇を歪めて片手で頭を掻く。
「俺もほんのガキの頃だったから、まだNNLの個人フォルダに保存する機能も出来てなくてなあ…残ってねーんだわ」
幼少時に体内に埋め込まれるNNL(ニューロネットライン)システムは、成長とともに発達して様々な機能が付加されていく半生体デバイスである。従って『ムシャレンジャー』配信時はまだ幼かったノヴァルナには、配信動画の保存機能が備わっていなかったのだ。
期待外れのノヴァルナの言葉に、ヴァルカーツやヴァルタガは肩を落としてがっかりする。それを見たマリーナは横目で冷ややかな視線を送って、諭すような口調で兄を批判した。
「兄上。子供をさんざん煽っておいて、それは可哀想というものではありませんか?」
「う…」
たじろぐノヴァルナ。フェアンもさっきの仕返しとばかりに、悪戯っぽい笑みを浮かべて追い打ちをかける。
「そーそー。いっつも偉そうにしてるんだから、責任は取らなきゃね。お・に・い・さ・ま」
二人の妹から押し込まれたノヴァルナは「わーったよ!!」と声を上げた。
「俺が動画探して来てやっから、今度一緒に観ようぜ」
ノヴァルナが“息子たち”に向かって告げると、ヴァルカーツとヴァルタガは嬉しそうに「はい」と返事する。
「“約束”という言葉が抜けておりましてよ」
すまし顔ですかさず逃げ道を塞いで来るマリーナに、ノヴァルナは内心で舌を巻きながら付け足した。
「お、おう。約束だ!」
そのやり取りを見て今度はフェアンがむくれる。ノヴァルナとマリーナの距離感に嫉妬を覚えたのだ。脇を向いて小声で、犬子がどうとか呟く。するとそれを聞き逃さず、マリーナはテーブルをピシャリと叩いてフェアンに詰問した。
「誰が犬子ですって!?」
「うえっ!? 何でもないです!」
犬子とは、ギャング風の人相の悪い犬の縫いぐるみを、いつも大事そうに腕に抱いて持ち歩いているマリーナに対して、フェアンがからかう言葉であった。ただ、最初は本気で怒っていたらしいマリーナも馴れてしまったのか、最近ではもはや姉妹の間の定番のやり取りとなってしまっている。
「ヴァルターダも一緒に観るだろ?」
その間にノヴァルナに声をかけられた“長男”のヴァルターダも、照れ臭そうにしながら「えっ…は…はい」と応じる。あと数年もすれば、星大名の一族として初陣を迎えなければならないのに、子供番組などはという気負いがあったのだろう。それに―――何より、クローン猶子である自分達三兄弟が、今日のように“父親”のノヴァルナとその弟妹達と同じ食事のテーブルに着くのは、実はこれが初めての事なのである。
これまでにノヴァルナとは何度か顔を合わせて、会話もしたが、こういったプライベートに深く踏み込んだ時間を共有するのは初めてで、ある程度まで物事の道理が理解出来る年齢に達したヴァルターダは、ノヴァルナが内心、自分達クローン人間をどういう目で見ているかが不安だったのだ。
しかしそんな不安はどうやら杞憂であった。ノヴァルナの自分達に対する認識は“息子”なのかわからないが、少なくとも年下の肉親としての、情を与えてくれるのは間違いないようだ。クローン猶子達の緊張を解いた表情にマリーナは目を細める。
ただ、そんな和らいだ空気を寄せ付けない者が一人いた。ノヴァルナの弟のカルツェ・ジュ=ウォーダである。
「ご馳走様でした」
ノヴァルナ達の話にも加わらずに一人黙々と食事を済ませたカルツェは、抑揚のない声で告げると先に席を立つ。
「カルツェ、まだ………」
困惑した表情で見上げた双子の姉のマリーナが、名前を呼んで言葉を続けようとする。だがカルツェはそれを許さなかった。
「午後の打ち合わせにミーマザッカや、シルバータを待たせているので…失礼するよ」
するとノヴァルナは、この若者特有の空気で呑気そうにカルツェに声を掛ける。
「カルツェもどうだー? こいつらと一緒に『ムシャレンジャー』観ねーかー?」
▶#02につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます