#12

 

 敵がノヴァルナらのASGULや攻撃艇をおざなりにして、母艦である宇宙タンカーの『リトル・ダディ』の追撃を始めたのは、つまりそういう事である。

 『ジルミレル』の艦底部が開いて、人型機動兵器が落下するようにうつぶせの形で発進した。その無防備な状況を見逃さず、ASGULを駆るハッチとヤーグマーが突撃を仕掛ける。


「ヤーグマー!」


「おおよ、やってやるぜ!!」


 そこへ『ジルミレル』の可動式アクティブシールドが、素早く回り込んで立ち塞がる。エネルギーシールド自体は透明であり一見すると何もないようだが、気付かずに突っ込むとバリアにかかって大爆発である。

 しかしハッチとヤーグマーはするりとコースを変化させて、宇宙空間を滑るようにアクティブシールドをやり過ごすと、楔型の機体の先端部に装備された固定式ビーム砲を撃ち放つ。勇敢な行動だ。ところがノヴァルナは否定的な声を発する。


「馬鹿! やめろ!」


 と言われても襲撃行動に入ってしまった二人の若者は止まらない。無防備な敵の人型機動兵器は姿勢制御中に、ビームの連射をまともに喰らった。さらにハッチとヤーグマーはASGULの白兵戦用装備である、ポジトロン・ランス(陽電子鑓)を機体の前方に突き出した姿で突進し、相手を背中と腹から貫くと同時に人型に変形する。

 だがその敵の人型機動兵器はカダールのBSHOではなく、囮として放出した無人のBSIユニットだったのだ。


「!!??」


 ハッチとヤーグマーがそれに気付いて“ヤバい!”と胸の内で呻いた時には、『ジルミレル』の中から飛び出したもう一機のBSIユニットが、紫色の光を僅かに帯びたQブレード(量子剣)を手にして切り掛かって来ていた。こちらは動きからしてパイロットが乗っている。

 するとそこへ別のASGULが、ビームを連射しながら突撃して来た。「二人とも下がりなさい」と命じる女性の声はランだ。


 的確なランの牽制射撃にひるんだBSIユニットの隙を突いて、ハッチとヤーグマーは機体を咄嗟に楔型へ戻し、急速離脱した。

 だがそのひるんだBSIユニットを突き飛ばすようにして、後続に現れたひと回り大きな機体が、ランのASGUL目がけて超電磁ライフルを射撃する。三弾目、四弾目が機体の一部を削って火花を散らし、ランは衝撃に歯を喰いしばった。射撃したのはカダールの乗るBSHO『セイランCV』だ。


 『ジルミレル』の『スラゲン』型を含む重巡航艦は標準的に、BSIユニットを三機搭載する事が出来る。カダールはアクティブシールドを隠れ蓑として、一機のBSIユニットを無人のまま先行射出して囮にしたのだ。


「ラン。大丈夫か!?」


 掠め弾を喰らったランが離脱して来ると、すかさずノヴァルナが機体を寄せて被弾状況を見ながら尋ねた。その声にハッチとヤーグマーの詫びる声が「す、すんません!」「フォレスタ様、申し訳ないッス!」と重なって来る。


「大丈夫です。それよりノヴァルナ様ご注意を! カダール殿の『セイランCV』です!」


 ランは冷静な声で応じる一方でノヴァルナには大丈夫と言ったものの、実際には今受けた損害の状況があまり芳しくはない事を、機体の自己診断システムの報告から確認していた。人型に変形した場合、左腕が動かなくなる可能性が高い。

 

 それにしても…と、ランはASGULの反応の鈍さに内心で舌打ちする。この星系に来るまでにシミュレーションを繰り返して慣れたつもりだったが、やはり実戦は違う。普段、機動性を特に重視した親衛隊仕様のBSIに乗っていれば尚更だ。

 そして供のBSIを従えて現れたのが、カダール=ウォーダ自らが操るBSHOの『セイランCV』である。裏をかいた不意打ちで得た優位もこれで元の木阿弥…いや、それ以下だ。


「おう、もう出やがったか。せっかちな野郎は女にモテねーってのによぉ!」


 ランの警告に軽口で応じるノヴァルナだったが、その認識はランと同じだった。


“ふん。カダールの奴の艦をもっと叩けてりゃ、警戒してすぐには出て来れなかったはずが、中途半端な結果になったのが、逆に飛び出させちまったか”


 頭の中でそう呟いたノヴァルナは、配下の『ホロウシュ』と『クーギス党』の攻撃艇パイロット達に少々奇妙な指示を出す。


「出て来ちまったもんは仕方ねえ! みんな打ち合わせ通りに“連携して逃げろ”!」


 するとノヴァルナ達は戦う素振りも見せず、カダールの『セイランCV』と護衛のウォーダ軍の主力BSI『シデン』を置いて、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。


「なっ、なにっ!?」


 唖然としたのはカダールである。通信傍受でASGUL隊を指揮しているのがノヴァルナ自身である事は知っており、傍若無人で生意気なナグヤのガキなら、自分の機体を見ればすぐに突っ掛かって来ると踏んでいたのだ。


 だがカダールの予想に反し、ノヴァルナ達は一目散に逃げ出した。これはどういう事なのか…とカダールは困惑する。

 確かに冷静に考えれば、あの程度の数の旧式のASGULや攻撃艇では、自分の乗る『セイランCV』どころか、護衛に出した量産型『シデン』の相手もおぼつかないであろう。しかしベシルス星系の秘密駐屯基地に、自ら潜り込んで来るようなのがノヴァルナであるはずだ。それに何より、先日の惑星ラゴンの鉱業プラント衛星の時、傭兵のBSI部隊に単身挑んで行ったではないか………


 とその時、一目散に逃げていたノヴァルナ達のASGULの一機が、距離を取って大きくカーブを描くと、まるで自動車がドリフトを掛けるように横滑りしながら機首をこちらに向け、ビーム砲を撃ち放って来た。意外と狙いは正確だ。


「ふん、小賢しい」


 難なく回避するカダール。高機動を誇るBSHOなら雑作もない。だがヘルメットに響く被弾警報は続いたままだ。「なに?」と眉をひそめながら機体をダイブさせ、辺りを見回すと、いつの間にか複数のASGULが、同様のドリフト挙動で自分を包囲している。


「くっ! こいつら!」


 一斉に放たれたビームの火箭を咄嗟にかわして、カダールは超電磁ライフルを構え直した。するとASGULは再び蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。

 そして一機のASGULに照準を定めたと思うと、また被弾警報が鳴った。振り向くとまた射撃体勢のASGULが数機。ライフルを向けると再び散開。カダールはギリリと歯を噛み鳴らして、部下のBSIユニットに命じた。


「おい、何をしている!? 俺の援護をしろ!」


 しかし部下のBSIユニットからの応答は「そ、それが…」と困惑気味な調子だ。見れば部下の『シデン』はカダールの『セイランCV』から引き離されて、同じような包囲戦術を『クーギス党』の宇宙攻撃艇から受けている。ノヴァルナ達の言った「連携して逃げろ」という指示はこの事であった。攻撃されそうになった味方を仲間の機体がカバーする事により、BSIやBSHOとの性能差を補う形で、撃破ではなく回避を考えるのなら有効な手段だ。


「おのれ、ノヴァルナ! 舐めおって!!」


 敵の狙いは連携回避戦術により自分達を精神的に疲弊させ、攻撃の隙を作らせようとしているのだ―――そう判断したカダールは、忌々しそうに叫んだ。



▶#13につづく

 

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