#10
真っ直ぐ飛ぶしか能のないガラクタが、敵艦隊の迎撃ミサイルで盛大な花火を次々に描いてゆく。
そんな光景を遠くに眺めながら、ASGULのコクピットで人の悪い笑みを浮かべたノヴァルナは、通信マイクに向かって言い放った。
「よし。ねーさん、今だ」
するとヘルメットのスピーカーから、モルタナ=クーギスの声が威勢よく「あいよ。点火だ!」と応じて来る。
その直後の事である。イル・ワークラン=ウォーダ/ロッガ家合同討伐部隊各艦の探知士官が、悲鳴に近い声で新たな反応の接近を告げた。
「かッ! 艦隊下方! 第五惑星雲海内より、宇宙魚雷!!!!!!」
「!!!!!!!!」
誰もが一瞬、思考を停止し、次いで怒号にも似た指示が飛び交い始める。
「回避ッ!! いや迎撃ッ!!!!!!」
「撃て! 撃て! 撃て!」
それは討伐艦隊が上空を航過しようとしていた第五惑星の、暗緑色の雲海から飛び出して来た二十本以上の宇宙魚雷だ。ノヴァルナは『クーギス党』の海賊船―――改造した宇宙魚雷艇から魚雷を取り出し、あらかじめ第五惑星の雲の海の中に浮遊させておいたのである。
そして海賊船には、根拠地母艦『ビッグ・マム』の船倉に放置されていたままの数々の廃材と、部品取得用だった使用不能の海賊船の非常用燃焼式ロケットから適当に作った、ガラクタ偽物魚雷を抱えさせて、遠距離雷撃戦を仕掛けたように見せ掛けたのだ。
ノヴァルナ達の背後に浮かぶ打撃母艦タンカー『リトル・ダディ』のモルタナが、遠隔操作で点火した宇宙魚雷は、目まぐるしく軌道を変化させながら討伐艦隊へ向かう。その動きは明らかに本物の宇宙魚雷だ。
前方から討伐艦隊が新たに放った迎撃ミサイルが接近する。すると自立思考の宇宙魚雷は、機体の一部を分離し、ミサイルに向けて射出した。デコイ(囮)である。ミサイルはそれに釣られ、あらぬ位置で爆発する。
迎撃ミサイルをかわした魚雷は十一。発見位置が近かったので中距離砲撃はもう遅い。艦隊各艦でセンサー連動のCIWS(近接防御火器システム)の、小口径ビーム砲が反応を始める。
断続的に放たれる赤い曳光性を持たされたビームが、大昔の水上艦艇の対空砲火にも似た光景を生み出した。
近接ビーム砲による迎撃網を突破した魚雷は四本。それらは二本がイル・ワークラン=ウォーダ軍の『ヴァルル』型駆逐艦、一本がロッガ軍の『ランデア』型軽巡航艦、そしてもう一本が同じくロッガ軍の『サールズディグ』型駆逐艦に命中した。
各艦は艦体を防御シールドで覆ってはいる。だが宇宙魚雷は同調装置を搭載しており、命中と同時に静止し、自分の簡易エネルギーシールドと敵艦のエネルギーシールドを同調させて無効化すると、先端部から全長三メートル程の反陽子弾頭を突出させた。
次の瞬間、原子崩壊を起こした艦舷が猛烈な光の奔流とともに、大爆発を発生させる。
「ぬあああああああーーーー!!!!!!!!」
奈落へ招く光芒に、断末魔の絶叫を上げて飲み込まれていく乗員達。五百メートル以上あるような大型艦をも、数発で仕留める魚雷である。二百メートル程度の軽巡航艦や、それ以下の駆逐艦ではひとたまりもない。
次々に爆発を起こす被弾艦。粉々に砕け散るものもあれば、進路が変わって第五惑星の重力圏に捕らえられ、雲海に沈没していくものもある。
「駆逐艦バッサム、オープタル爆発!」
「ロッガ軍、軽巡デモルタク大破! 駆逐艦ヴィヌス爆沈!」
旗艦『ジルミレル』で愕然となったカダールの目の前に広がる光景に、オペレーターが追い打ちをかけるように艦隊の損害報告を叫ぶ。
「ば!馬鹿な!」
艦長席の背もたれに上体を張り着かせたカダールは、呻くようにそう言うのがやっとだった。傍らで側近が要らぬ事を口にする。
「や、やはり罠だったのでは…」
その言葉にカダールは激しく反応した。
「貴様ぁッ!“やはり”とは何だァッ!!」
自分が見下していたノヴァルナに出し抜かれた事を、指摘されたと感じたのであろう。座席の肘掛けを思いきり叩く。だが側近相手に怒鳴り散らしている場合ではない。
「敵、第二列!突撃開始!! 反応数6!!」
オペレーターの報告にカダールは目を血走らせて振り向き、突き刺すような声で命じた。
「おそらくASGUL部隊だ。たかが6機程度なら火力は知れている! 陣形を立て直しつつ迎撃しろ!!」
確かに先手を取られて不覚は取ったが、4隻ぐらいの損害なら挽回は充分可能だ。こちらはまだあと9隻で常識的に考えれば圧倒的優位は覆らない。動揺する必要はないのだ。カダールは自分にそう言い聞かせ、心を落ち着かせようとした。
だがここでノヴァルナの無軌道ぶりが発揮された。討伐艦隊のセンサー画面に映る、突撃を開始した6機のASGULの反応は通常のそれよりも速度が異常に速い。一本棒の縦列で密集隊形を組み、ぐんぐん距離を詰めて来る。
「な? なんだこの速度?」
「ASGULが出せる速度じゃないぞ」
訝しむ解析班のオペレーター達であったが、偽物宇宙魚雷の時より距離が接近しているため、異様な速度のASGUL6機はすぐに画像で捉えられ、正体が判明した。
「これは!!」
息を呑んだオペレーターは、顔面蒼白になって報告する。
「敵のASGULは、宇宙魚雷にしがみついています!!!!」
「行っくぜぇえええええ!!!!!!!!」
半ば人型に変形したASGULの手足を使って、海賊船の大型宇宙魚雷に抱き着いたノヴァルナは、縦列の先頭をきって突撃していた。ASGULにはオプション装備として専用の魚雷があるが、小型で短距離用のため、このようなブースターの代わりにはならない代物だ。
その後をラン、ハッチ、ヤーグマー、モリンの四人の『ホロウシュ』と、新入りのキノッサのASGULが続く。ランは落ち着きはらっているが、あとの三人の『ホロウシュ』はさすがに顔を引き攣らせており、最後尾のキノッサに至っては半泣きであった。
「ひえええええ! エライとこに就職しちまったぁあああ!! こんなの割りに合わねぇえええええ!!!!!! 命が幾つあっても足んないッスぅううううう!!!!!!!」
「バカてめぇ! 人んちをブラック企業みてぇに言うな!!」
敵艦隊の迎撃ビームが、射掛けられる矢の雨のように飛来する中で、泣き言を叫ぶキノッサをノヴァルナは、いつもの不敵な笑みで叱り付ける。
搭乗する機体と宇宙魚雷の推進力が合わさり、尋常ならざる速度を得たノヴァルナ達のASGULが目指すのは、逆雁行陣形を維持しようとしている敵艦隊の中央、カダール=ウォーダの座乗する旗艦『ジルミレル』だ。その戦術長が叫ぶ。
「防御しろ! 全ての『アクティブシールド』を前方に回せ!」
六角形の可動式エネルギーシールドが三基、『ジルミレル』の前方に高速移動する。『アクティブシールド』は触れたものを爆発させる攻性防御シールドであり、宇宙魚雷の同調装置は通用しない。
「前方に『アクティブシールド』!」とラン。
「潜り込め! 俺に続け!」
短く命じたノヴァルナは、眼前に迫った『アクティブシールド』に対し、素早く操縦桿を倒してダイブした。配下のASGUL達が一列に続くその様子は、まるで漆黒の闇の中を高速で這う、一匹の蛇のようである。
そして密集隊形を維持しているのは、互いの防御シールドを合わせて、より高い防御出力を得るためだ。
これは縦列の場合、後方の機体ほど出力が加算されて防御力が上がる。事実、最後尾を付いて行くキノッサは、ASGULどころか、こういった機体の操縦自体に不慣れで、敵艦の迎撃ビームを何発か喰らっていたのだが、いまだに無事であった。ノヴァルナなりに、初陣のキノッサに配慮してやっているのだろう。
重巡『ジルミレル』の『アクティブシールド』をかわして、艦隊の下側に抜けたノヴァルナは、配下のラン達に命じた。
「よし! 全機、魚雷分離!」
その命令に応じ、ノヴァルナ自身の機体を含む六機のASGULは、しがみついていた海賊船の宇宙魚雷を手放す。制御用のケーブルを切り離す火花が散り、魚雷を分離したノヴァルナ達は一列縦隊のまま、第五惑星の雲海を掠めて離脱する。
一方の宇宙魚雷はASGULの制御から放たれると、急速にUターンをかけ、敵艦隊の後方から襲い掛かった。敵の防御火箭が前方に集中したところを、超高速でやり過ごしての魚雷攻撃だ。
「後方より魚雷!!!!」
『ジルミレル』のオペレーターが叫び、『アクティブシールド』が咄嗟のコントロールで後方に回り込もうとする。随行艦が旗艦を守ろうと、迎撃砲火を必死に集める。
すると六本の魚雷のうち、先頭の一本が針路を変え、旗艦を護衛している駆逐艦に向かって行った。
その魚雷は、ベシルス星系で『ラーフロンデ2』を護衛していた駆逐艦に命中して、巨大な火球を生み出す。
そしてあとの五本の魚雷は、カダールの乗艦『ジルミレル』に襲いかかった。ただその戦果を見て取ったノヴァルナは、胸のうちで毒づく。期待したほどの効果はなかったからだ。原因は敵が優秀だったのではなく、こちら側の装備の古さであった。
▶#11につづく
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