#09

 

「センサーに反応。前方に等間隔で点在する、複数の哨戒用プローブを確認。おそらく宇宙海賊のものと思われます」


 MD-36521星系に転移を終えたイル・ワークラン=ウォーダ宇宙軍、『スラゲン』型重巡航艦『ジルミレル』の艦橋で報告するオペレーターの言葉に、討伐部隊司令官カダール=ウォーダは眉をひそめた。


「哨戒用プローブだと?奴等、奇襲をかけて来るつもりではなかったのか?」


 艦橋内前面に展開した戦術ホログラム画面に、第五惑星を球状に包むように張り巡らされたプローブ哨戒網が、センサー反応から得たシミュレーションで映し出される。


 イル・ワークラン=ウォーダ/ロッガ合同艦隊は、旗艦である『ジルミレル』を中央に、右翼をイル・ワークラン=ウォーダの駆逐艦四隻と、ベシルス星系に駐屯していたロッガの駆逐艦三隻。左翼にロッガ家増援部隊の軽巡航艦二隻と駆逐艦三隻が布陣する、Vの字形の逆雁行陣形で第五惑星圏へ接近中であった。


「妙ですな」と側近。どうやらカダールと同じ意見らしい。


 カダールは自らが座る艦長席の肘掛けに寄りかかり、ホログラムを眺めて指をこすり合わせながら思考した。

 ノヴァルナと宇宙海賊が、こちらを待ち伏せして奇襲するつもりなら、プローブによる哨戒網など構築しないはずである。無人の第五惑星圏にそんなものを構築すれば、目的はこちらの接近に備えてのものだと知らせている事になり、気付かない振りで待ち伏せという戦術は成り立たないからだ。


“一年前に奴等のBSIはほぼ全て潰し、戦力的には旧式の宙雷艇やASGULに、攻撃艇がそれぞれ十前後のはず…奇襲以外に勝ち目はないというのに…まさか、我等が来る事を予想していなかったというのでは………”


 カダールが一年前にも掃討作戦を指揮し、『クーギス党』が所有していた主力のBSIユニット部隊を壊滅させたのは、以前にも述べた通りである。

 従って大幅な戦力増強も望めない『クーギス党』に残された道は奇襲以外にない。それがカダールの思考の出発点であり、今の状況に合点がいかないのだ。


 すると通信科のオペレーターがカダールに報告する。


「カダール殿下。ロッガ家のベルカン准将から連絡です」


 それを聞いてカダールは忌々しそうに唸った。この面倒な時に…と眉間に皺を寄せながら命じる。


「繋げ」


 戦術ホログラムを押しのけて、役人風のベルカンの丸い顔が現れる。

 

「意見具申させて頂きますぞ、殿下。本職が思いますに、ここは戦力差にものを言わせ、一気に進軍すべきかと。この哨戒網…もしかすれば奴等は逃げ出すつもりなのかもしれません」


 ベルカンの的外れな進言を耳にし、カダールは心の中でせせら笑いながらも、“なるほど…”と納得した。

 そもそもロッガ家の連中には、ベシルス星系の護衛艦隊も含めて、このMD-36521星系の第二惑星で、水棲ラペジラル人を使役する『アクアダイト』抽出プラントが建設されつつあり、ノヴァルナと『クーギス党』はこの星系を死守する必要がある事や、それ以前にナグヤ=ウォーダ家のノヴァルナが、海賊と結託している事を知らせてはいないのである。


 その事実を知らないベルカン達からすれば、この星系は宇宙海賊の母船の潜伏地というだけであり、プローブ哨戒網は追手の接近を察知して、中立宙域の別の場所に逃走するためのもの、と判断しても当然だった。


 しかしベルカンの意見には、見るべき点もある。奇襲の可能性が薄れた以上、一気に進軍するのはカダールにとっても正しい。なぜなら変に猶予を与え、『クーギス党』に降伏されでもすれば、奪われた水棲ラペジラル人の引き渡しを要求しているロッガ家のベルカン達に、第二惑星の『アクアダイト』の話まで知られるに違いないからだ。


 それならば…とカダールはベルカンに、どこか恩着せがましく聞こえる調子で応じた。


「さすがはロッガ家より増援部隊の指揮を任せられた、ベルカン殿ですな。ここは准将の進言を容れ、一気呵成に前進するとしましょう」




“そうだ、立てていい顔はいくらでも立ててやるさ。そしてノヴァルナや宇宙海賊共には降伏する猶予など与えず、ひねり潰してやる。第二惑星の証人を消すために皆殺しだ!”




 「本職の意見をご採用頂き、ありがとうございます」と、上機嫌で通信を終えるベルカンの姿がスクリーンから消えると、カダールはほくそ笑んで側近に命じる。


「よし。艦隊前進だ。接敵警戒を厳にせよ」


 やがて逆雁行陣形を組んだ合同艦隊の各艦が、艦尾に重力子のオレンジ色のリングを発生させて、加速を開始した。前方ではMD-36521星系第五惑星がほぼ夜の面をこちらに向け、暗い緑の弓のような姿を見せている。

 長距離スキャンによると、第五惑星には六つの月が存在するようだ。そしてその一つ目の月の前方に、金属反応の密集を感知した。


 金属反応は直ちに解析され、カダールの座乗する『ジルミレル』の艦橋にオペレーター達の報告が次々と響き始めた。


「敵らしきもの。探知方位008度マイナス3、距離12万6千。第五惑星第一衛星を後背に展開中の模様」


「目標の数、21」


「目標は斜傾三段の横隊陣。一段目6、二段目6、三段目8、その後方に大なる反応1」


 それらの報告が、カダールの目の前で次々とデータ化され、距離が詰まるにつれて、より詳細に戦術ホログラムに反映されていく。

 その解析結果が加えられた戦術ホログラムによると、ノヴァルナと『クーギス党』は、第五惑星の向こう側に浮かぶ一つ目の月…つまり第一衛星の前に、母船と思われる船を置き、それを守るように斜めの三段重ねになった小部隊が、横並びで立ち塞がっている陣形をとっている。


 するとその陣形を見たカダールは、笑い声を上げ始めた。


「ククク…フハハ…フハハハハハハ!」


「で、殿下?」と不審げな側近。


「やはりナグヤの大うつけは、いくさを知らん!」


「は?」


「あの陣形を見ろ。あれは戦力的にやや不利な事を自覚した者がとる、こちらの進路を限定させた砲雷迎撃戦の陣形だ。だが今回は戦力的にやや不利どころではなく、圧倒的に不利。宙雷艇やASGULしかないような小戦力で、組むべき陣形ではないのだ。まったく、待ち伏せ奇襲を警戒した結果がこれとは…うつけめ、笑わせてくれる!」


 確かにカダールの言い分は理に適っていた。ノヴァルナと宇宙海賊は討伐艦隊の接近を知ってはいたようだが、機動襲撃が主体の宙雷艇やASGULに、艦隊が行うような迎撃戦の陣形を取らせるなど、具の骨頂とも言える。あれではたとえ後から襲撃行動に移っても、こちらに丸わかりだ。

 それにこちらは敵の戦力を分析した上で、駆逐艦を主体にした機動戦向きの艦隊編成を行っているのだから、少々先手を取られていたとしても、充分に対処出来ていたはずである。




“つまり…我等に負ける要素はないのだ!”




 カダールはそう結論づけて、艦長席の背もたれに上体を預けると、傲然と胸を反らせた。

 主君の意気軒昂ぶりに、側近は自分も罠を警戒していた事を忘れたかのような、追従気味の口調で尋ねる。


「では殿下。全軍に突撃をお命じになりますか?」

 【改ページ】

 しかしカダールは側近の言葉に首を振った。


「いや。全艦、このままの速度で距離を詰めろ。臨時編成の合同艦隊だからな。下手に突撃して各艦の間隔が開くと、敵に懐へ飛び込まれる可能性がある。存外、ノヴァルナ共の狙いもそこかもしれん。こちらの陣形を維持したまま、射程圏に入り次第砲撃を開始しろ。全艦戦闘用意だ」


 カダールの出した指示は思いのほか的確であった。そもそも短絡的な男ではあるが、一年前には『クーギス党』を誘い出した上で、BSI部隊を壊滅させた実績もあるように、戦術的センスは悪くない。言い方は悪いが“まとも”である。




 ところがそのカダールの今回の相手は、同じ言い方をすれば、“まともではなかった”のだ………




 突然、オペレーターの一人が叫ぶ。


「一段目敵部隊! 飛翔体を複数、一斉発射!」


「なに?」


 席から腰を浮かしかけるカダールに、別のオペレーターが報告する。


「飛翔体発射数16。こちらに向けて直進中! 到達まで百十秒…マーク!」


 マークと付けるのは、その言葉を発した直後が先に報告した到達時間の開始される瞬間である意味だ。この世界の慣習で、超高速機動する宇宙艦隊間戦闘では必須の言い回しだった。


「百十秒だと? この距離でか!?」とカダール。


「速度から見て、宇宙魚雷のようですな。飽和雷撃のつもりでしょうか?」と側近。


 飽和雷撃とは大量の魚雷で敵を回避不能にさせ、一気に殲滅する戦術だ。だがそれをするには、16本の魚雷はいかにも少ない。


「宙雷艇で遠距離雷撃戦など呆れたものだ。海賊共は本当に、我等と正面から砲雷撃戦をやるつもりなのか」


 カダールは浮かしかけた腰を再び座席に沈め、陰湿な笑みとともに命令を発した。


「対宇宙魚雷戦闘。艦隊はこのまま直進、隊形を崩すな」


 カダールの命令に『ジルミレル』の戦術長が指示を出す。


「防御シールド展開。AESD射出。ECM作動」


 その直後、『ジルミレル』から前方に向け、紡錘状の金属体が三基射出された。それはさらに三角形の金属体を、直角に六方向へ広がるように弾き出す。

 すると三角形の金属体が一定の間隔まで広がったその時、中央の紡錘状の金属体が、青緑色のエネルギービームを放射し、六つの三角形の金属体との間で幕のように展開した。


 『ジルミレル』が射出したのは、AESD(Active Energy Shield Device)と呼ばれる、六角形で対角線の長さが約八十メートルの、機動性を持ったエネルギーシールドである。

 一般的に『アクティブシールド』の名で通っているこれは、重巡航艦以上の大型艦や航宙母艦に装備される防御兵器で、艦体を覆うエネルギーシールドとは別に周囲に配置し、一定時間の間、重点的に防御したい位置に、自由に移動が可能だった。


 射出されたAESDは、エネルギーシールドの展開を終えると、一旦青緑色の光を消失させる。カダールの乗る『ジルミレル』は『アクティブシールド』を、魚雷が向かって来る前方に配し、指揮下の艦隊と共に第五惑星の上空を抜けて、海賊達が陣を構える月を目指そうとしていた。

 眼下には第五惑星の暗緑色の雲海。その左手前にはさらに暗い巨大な斑紋が渦を巻いている。斑紋の周りでは、所々で薄紫色の稲光が走った。


「撃ち方はじめ!」


「迎撃誘導弾、撃ち方はじめ!」


 逆雁行陣形を取る合同討伐艦隊の、両翼前方に配置された駆逐艦の数隻が、宇宙魚雷と思しき飛翔体のセンサー反応に向けて、複数の迎撃ミサイルを発射する。

 宇宙魚雷が自律思考型のロボット兵器である事は、以前のマリーナ達と『クーギス党』の追撃戦で示された通りである。おそらくここでも駆逐艦の放った迎撃誘導弾に対し、激しい回避運動を取って来る………はずだったのだ!


 ところがセンサーの反応上で見る宇宙魚雷は、駆逐艦の迎撃ミサイルに対して回避運動を取るどころか、正面から突っ込んでは次々に反応を消滅させ始める。


 これに驚いたのは、むしろ迎撃ミサイルを放った駆逐艦の乗組員達であった。回避しながら向かって来るであろう宇宙魚雷を、砲撃で破壊しようと待ち構えていたのだから、愕然となって当たり前だ。


「どういう事だ、これは!」


「なぜ回避しない!?」


 駆逐艦の艦長達が不審げな声を上げる。その直後、オペレーターの一人が告げた。


「飛翔体、映像取得圏到達!」


「映せ!」


 その命令で宇宙魚雷と思われていたものが、実際の映像として映し出される。すると駆逐艦の艦橋にどよめきが起きた。


「なんだこれは!!??」


 映像を見て叫ぶ艦長。その目が捉えたのは宇宙魚雷などではなく、燃焼式ロケットが取り付けられた、使えそうもない何かのパーツの寄せ集め―――ただのガラクタだったのだ!




▶#10につづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る