#07

 


 ノヴァルナのカダールを見下した懸念は、どうやら杞憂だったようである。


 座乗する『スラゲン』型重巡航艦の艦橋から、接近しつつあるロッガ家の増援部隊―――『ランデア』型軽巡航艦2隻と、『サールズディク』型駆逐艦3隻を眺めるカダールの元に、通信長が早足で歩み寄る。

 訝しげな目を向けるカダールの傍らには側近が立っており、通信長からデータパッドを渡された。通信長は小声で告げる。


「先程、サフローのドーム都市『ザナドア』にて、ナグヤ宛てに送られた超空間通信用圧縮データが、管理局から極秘回線で転送されて来ました。これをご覧ください」


 会議などでも使用されるが、データパッドで渡される情報は、安易にホログラムで浮かべ、第三者に見られて漏洩するのを、防ぎたい内容である場合が多い。そして今回はそれに相当する情報であった。


「こ、これは…」


 側近は画面の情報を一読して、目を見開く。その様子に、カダールは面白くもなさそうに、側近に命じる。


「なんだ?見せろ!」


「は…ははっ!」


 側近は、自分で情報の真偽を確かめてから、カダールに報告した方がよいのではないか…と思ったようだが、そのカダールに見せろと命じられた以上、主君の意に従わないわけにはいかない。

 側近から引ったくるようにデータパッドを受け取ったカダールは、その画面に視線を走らせると、側近と同じく目を見開いて呟いた。


「なん…だと?」


 データパッドにあった通信とは、惑星サフローの観光ドーム都市『ザナドア』から、ノヴァルナの仲間と思われる人物が、ナグヤ城にいるノヴァルナの家老、セルシュ=ヒ・ラティオに送ったものだ。


 その内容自体は、場所をMD-36521星系第5惑星衛星軌道上に移して、ノヴァルナと『クーギス党』の代表が、改めて会見を行うという、簡単なものであったが、同時に添付されていたと思われる、あるデータのタイトルが、カダール達を驚かせたのである。


そのデータのタイトルとは、


MD-36521星系第2惑星に建設中の『アクアダイト』抽出プラント概要図改訂第三版


というものだ。


 概要図のデータそのものは、複製出来ない仕掛けがしてあったのか、添付されてはいなかったが、そのタイトルだけを見ても、影響はロッガ家とウォーダ家だけにとどまらない、由々しき事態だと分かる。


「防音フィールド!」


 カダールが声を上げると、艦のコンピューターが音声命令を認識し、艦長席に座るカダールと側近、そして通信長の三人を囲むように一瞬、光が輪になって走る。すると三人の声は、その光が輪を描いた位置より外へは聞こえなくなった。旗艦設備を持つ宇宙艦にしか装備していない、防音フィールド発生機能だ。

  艦橋にいる他の者達に、聞かれる心配がなくなると、カダールは側近の胸元を指差し、食ってかかった。


「MD-36521の第2惑星で、『アクアダイト』が産出されるだと!?貴様、なぜそれを言わなかった!?」


 それに対し、側近は困惑の極みといった表情で応える。


「い、いえ…私も初めて聞く話でして…」


「ぬう」


 不満そうに唸って睨みつけるカダールに、側近は首を左右に振って弁解した。


「MD-36521星系はこれまで、位置が戦略的にも経済的にも価値はなかったため、宇宙地図のデータは百年ほど前に、皇国運輸省が広域スキャンで、大まかに拾い上げた時のままです。星系各惑星の詳細データはなく、第2惑星に『アクアダイト』を産出可能な海が、存在しているなど、誰も知らなかったはずです」


 そう言いながら側近が、再び宇宙地図を起動させる。カダールの前に浮かび上がったMD-36521星系の立体映像には、確かにそのような事実を裏付けるような、めぼしい情報は表示されていない。


「それをナグヤのウォーダが発見したという事か…いや、発見したのは中立宙域を放浪している、『クーギス党』かもしれんな。ふむ…そうか、なぜ奴らの根城があんな中立宙域の端に移動していたのかも、これで説明がつく―――」


 幾分気を落ち着けたカダールは、鋭角的な顎に手をやり、憶測を始めた。


「―――さては『クーギス党』の奴ら、保護目的とか言いながら、ラペジラル人を俺達から横取りして、ナグヤに売り渡していたな」


「果たしてそうでしょうか?」


 結論を急ぐ主君を、不安というより、不満そうな目で見る側近だが、カダールは自分の考えに迷いがない。


「そうに違いない。だいたい『宇宙海賊』を名乗るような連中が、営利目的もなしに異星人どもを助けるものか」


「………」


「それよりも重要なのは、その第2惑星に『アクアダイト』があるという話だ」


 そう言ってカダールは、通信長に顔を向ける。


「この話。他家の連中には、知られていないだろうな?」


「はっ。幸い通信には、ウォーダの暗号が使用されていましたので、我々以外に内容は分からないはずです」


 通信長の返答に、カダールは「よし」と頷き、言葉を続けた。


「この件は他言無用にしておけ。ノヴァルナの大うつけと、海賊どもからMD-36521を奪い取り、我がイル・ワークラン家が『アクアダイト』の星を手に入れるのだ!」


 “…そうすれば、これは俺の功績。重要戦略鉱物『アクアダイト』の、安定供給を図る事に成功したとなると、家臣達も俺を支持するはず。父上も家督継承について、俺を無下には出来まい”


 という目論みを声にこそしなかったが、カダールの口元は、愉悦で自然と歪んだ。

 その表情を気取られないように、カダールは一つ咳ばらいをし、側近に告げる。


「ところで、その通信が『ザナドア』から送られたという事は、ノヴァルナの仲間がそこに潜んでいるという事だな?」


「そう考えてよいかと」


「うむ…では、出航前に小部隊を『ザナドア』へ送れ。俺達が海賊共を討伐している間に、通信を送った奴を探し出して、拘束しておくように命じるのだ」


「通信を転送して来た、『ザナドア』管理局の警備課に、協力を仰ぎますか?発信者をマークしているはずです」


「そうだな…礼も含め、それなりの額を送ってやれ。だが我々の部隊の行動には手出しさせるな。余計な情報まで与えたくない」


「かしこまりました」


 カダールの指示に側近が頭を下げると、タイミングを合わせたように、通信長のNNLが、ホログラムのコールサインを浮かべて、呼出音を鳴らせた。それを確認した通信長はカダールに伝える。


「カダール様。ロッガの増援部隊の指揮官から、ご挨拶の連絡です」


 カダールは「うむ」と頷き、下がろうとする側近に顎をしゃくりながら、“さっきの件、分かっているな?”と目配せした。そして「防音フィールド、解除」とコンピューターに命じて、艦長席で居住まいを正す。

 やがて艦長のメインスクリーンに、ロッガ家増援部隊の指揮官が、青灰色の軍服姿を現した。恰幅のいい、軍人より役人に見える中年将校だ。垂れた頬の丸顔だが、目付きは良くない。


「お初にお目にかかります。カダール=ウォーダ殿下。お会い出来て光栄です」


 指揮官は愛想笑い以外の、何物でもない笑顔で、挨拶を述べた。軽く頭は下げたが、艦長席に足を組んで座ったままだ。


「本職はロッガ家臨時特務戦隊指揮官、コバック=ベルカン准将であります」


 対するカダールも、まるで瀬戸物のような笑いを、顔に張り付けて応じる。当然こちらは胸を反らしたままである。


「よくぞ参られた、ロッガ家の方。これは心強い限り…」


 そう言ってカダールは、ロッガの指揮官に向け、三文芝居のようにわざとらしく両腕を広げた………




▶#08につづく

 

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