8月26日 24時間テレビ
やあやあ諸君。
私の名はいずく。いずくかけると申す者だ。
諸君らは今日と言う日を如何にお過ごしだろうか。日々は刻一刻と進む二十四時間の連鎖であるが、それは円環ではなく螺旋であり、繰り返しではなく積み重ねである。だがしかし、中にはどうもそれを理解していない者が多い。
私の話を聞き入れ、今日と呼ばれる日が先人達が積み重ねた如何なる日なのかを知らば、諸君らの過ごす毎日にも色が付くのやも知れぬ。
本日2017年8月26日は「24時間テレビ」である。
24時間テレビが日本テレビで初めて放送されたのは、1978年の事であった。依頼39年間、毎年恒例化している。正式名称は『24時間テレビ○○ 「愛は地球を救う」』となる(○○には放送回が入る)
年末年始や緊急時などを除いて、通常の放送を休止し特別番組を終夜放送することは当時としては画期的な企画であり、福祉をテーマにしたことから実現可能であった。
視聴者から寄せられた寄付を、国内外の福祉・環境保護・災害復興の支援に役立てる事を目的とした番組であり「本当の主役は(テレビの前の)あなたです」を謳い文句にしている。このキャッチフレーズは2000年代初頭までエンディングで表記されていた。
番組のイメージカラーは黄色。番組のシンボルマークは赤色・黄色・緑色のグラデーションで色付けされた地球と軌道上を周回する月をデザインしたものである。
24時間テレビと言うタイトルでありながら、放送時間が24時間だったのは第一回目の放送だけである。その後は24時間半、25時間と、少しづつ放送が延長されてきた。2002年に行われた第25回の放送以降は26時間半となっている。
諸君らもご存じだろうが、フジテレビが主催するFNS系列では、27時間テレビが放送されている。これは日本テレビの26時間半に対抗するものである。
24時間テレビと言えばそのギャラの高さが話題にあげられる。特に、メインイベントとなるマラソンの走者へのギャラは、その年齢、芸歴に関係して大きく変わる。
1992年に初めてのランナーを務め、以来3度マラソンを走った間寛平氏のギャラは300万で統一されているし、かと言えば、2007年に走った萩本欽一氏のギャラはたった一回で2000万だ。
では誰が最高額だったのかと言うと、恐らく、2011年に走った徳光和夫氏であると予想されている。徳光氏は放送開始から全ての放送に出演しており、司会を務めていた時のギャラは1500万円以上であったと見られている。およそ、マラソンに出たらならばその倍は稼いでいるのではないだろうか。
今年、2017年の走者は、その変わったメイクと一芸によりブレイクしたブルゾンちえみであるが、彼女のギャラは如何ほどの物なのか。人気芸人とは言え彼女は新人である。大御所らの推定ギャラを超すことは無さそうだ。流石に、35億とはいくまいて。
今日は24時間テレビ。特別な一日である。
我々は本日を祝福し、過ごさねばならないだろう。
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