3月29日 八百屋お七の日

 やあやあ諸君。

 私の名はいずく。いずくかけると申す者だ。


 諸君らは今日と言う日を如何にお過ごしだろうか。日々は刻一刻と進む二十四時間の連鎖であるが、それは円環ではなく螺旋であり、繰り返しではなく積み重ねである。だがしかし、中にはどうもそれを理解していない者が多い。

 私の話を聞き入れ、今日と呼ばれる日が先人達が積み重ねた如何なる日なのかを知らば、諸君らの過ごす毎日にも色が付くのやも知れぬ。




 何よりも熱く、激しく、劇的に燃え上がる炎は恋心である。今も昔もそれは変わらず、年頃の乙女のものならば街一つ消し炭にする事など容易い。今日は世にも珍しい、寺小姓への恋心から大火を起こした少女の話である。本日、2017年3月29日は『八百屋お七の日』だ。


 え? 以前にやったって?

 ほほう、よく覚えているではないか。何のことだかさっぱりと言う諸君らの為におさらいすると、この小説の1月18日を見て貰えばわかると思う。振袖火事、明暦の大火について話した日だ。

 ざっと振り返ると振袖火事とは、寺小姓に恋した『おきく』が彼と同じ柄の着物を作るが、思いを告げられずに他界する。その着物は他の二人の少女の手へと渡るが、2度続けて原因不明の死を年をまたぎ同じ日に遂げる。着物とおきくの怨念を供養しようとしたところ、火のついた着物が風にあおられ、それが原因となり江戸中を焼いた、通称明暦の大火が引き起った話である。

 今日の話も確かにこの振袖火事と似てはいるが、年は1683年、少女の名は八百屋のお七と、また別の話である。


 3月29日がなんの日なのかと言うと、18歳のお七が3日間の市中引回しの上、火あぶりの極刑に処せられた日である。原因は彼女が起こした放火によるものだった。当時は耐火技術は優れておらず、放火は重罪である。なぜ年端も行かぬ少女がこんな大罪を犯したのか。


 それはお七の家族や先日書いたばかりの松尾芭蕉までもが被災し、3500人の死者を出した天和の大火にまで時を遡る。お七一家は火災から逃れる為、避難所の寺へと避難した。そこで出会った寺小姓の生田庄之介とお七は恋仲になる。だがしかし、お七の家は八百屋であり、庄之助は寺小姓。二人はあまりにも住む世界が違い過ぎた。被災後に寺を出るお七は庄之助と今生の別れを告げる。


 しかし、お七は庄之助を忘れる事が出来なかった。かといって法事でも無しに寺に行く理由もない。お七は考える。また避難所生活になれば庄之助ともう一度会えると。勢いの付いた炎の如く、お七はその衝動を抑える事が出来なかったのである。


 その結果、お七が日本人女性で唯一火あぶりの刑を受ける事になったのは火を見るよりも明らかな結果ではあったが、恋は盲目と言う。男として一度は異性にここまで思われてみたいものだが、あまりにも重すぎる女性との交際は身を焼く結果になりかねない。

 その点で二次元は優秀だ。現実の女性と違いトラブルに発展する事がまずありえない。燃えるような恋愛よりも萌えキャラを眺めていた方が火傷をせずに済む。




 今日は八百屋お七の日、特別な一日である。

 我々は本日を祝福し過ごさねばならないだろう。

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