73 豆、舌、太鼓
風が吹き荒び波が断崖で飛沫をあげる。ここ鬼ヶ島は住まう鬼たちに負けず劣らず荒々しいところであった。鬼は普段暴力を禁じられ、力仕事か戦の訓練に勤しんでいる。しかし鬼というものは生来血を求める種族である。特に血気盛んな若衆にとって決まりきった運動など面白くない。戦のない日が5日も続けば寄り合い所は決して奴隷や小鬼が寄ってはならぬ場所になる。今日もまた午前の仕事を済ませた鬼たちが寄り合い所の暖簾をくぐった。
「赤けぇのよォ、ママの味はどんな調子だったよ」
暖簾をくぐった若い鬼にイの一番にかけられた言葉がこれである。対象の鬼……呼称を仮に赤鬼とする……は、この前の戦で不覚を取り、一足先に鬼ヶ島に帰還していた。ようやく傷が癒え今日から訓練を再開したところである。対して、言葉をかけた……これを黒鬼と呼ぶ……は、特によく殺した者の一人だ。首にかけた数珠は獲物の干し首でできている。
「うす……兄貴達はお元気そうで」
赤鬼はそれだけ言って黒鬼と少し離れて座った。黒鬼のミクばせを受けて取り巻きの一人かが近づいていく。
「よぉ、お前」
その言葉を言い終わることはできなかった。
赤鬼の拳が取り巻きの顔を潰し、よろめく暇も与えず反対の手で髪を掴んで放り投げた。黒鬼はそれを叩き落として飛びかかっる。掴みあって床に倒れた。鬼の喧嘩はどちらかが死ぬまで続く。残った取り巻き達も角と腕を振り回して間に割って入った。
静まり返った寄合所で立っているのは赤鬼一人だった。口の中の黒鬼の耳を嚙み潰して吐き捨てる。赤鬼は妙なことに気がついた。鬼ヶ島では私闘は厳重に禁じられ、見出すものがあればすぐに警報がなるはずだった。それなのに今聞こえてくるのは戦太鼓だ。
寄合所の窓から海を伺うと、小さな船がまっすぐに鬼が島に向かっているのが見えた。乗っているのは人間、猿、犬、飛び回っているあの雉も仲間のうちか。それは普段島に連れてこられる人間の奴隷や村の貧弱な兵士どもとは違った、鬼の覇気を纏っていた。戦太鼓が響く。赤鬼の舌は血の味が薄れてきたのを感じた。
赤鬼は寄合所の死体から血を搾り取って化粧にし、豆の蔓で髪を縛った。戦の続きをするために。
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