最後の魔女24(もう一人の聖女様)
「この国の教会は腐敗しています。私は、迷える民集を救い、導くことこそが教会の在るべき姿だと思っています。ですが、今の教会のしていることは、多額のお布施を強要したり、幼い聖女様をいいことに本人の意思に反した行いをさせています。あげくの果てに、この国に存在している診療所を今まさに取り壊そうとしているんです」
診療所というのは、3級治癒師が開業している医療施設のこと。こちらはお布施ではなく、料金を支払い治療を行っている。
法外なお布施に比べれば良心的な金額に利用する人は少なくない。
ただし、3級治癒師の治せる範囲というのは狭く、それ以上の治療となれば、やはり教会の聖女様に頼むしかない。
だけど、その診療所を取り壊そうとは一体どういうことなんだろう?
詳しく聞かねばと思っていたら、こちらに近付く足音が聞こえてくる。
「フェミナ様!」
どうやら、彼女の連れみたい。
「あ、こちらです」
すぐに騎士風の男が現れる。
なんてイケメンなのだろうか。
思わず2度見してしまった。
「心配しましたよ、もう。あれだけお一人だけで外に出てはいけないと言ったではないですか」
「ごめんなさい」
「こちらのレディは?」
「あ、えっと、危ない所を助けて下さったの。名前はーー」
「リアです」
「おお、そうでしたか。リアさん、フェミナ様が大変お世話になりました」
私に頭を下げるイケメン騎士。
私のことをレディと呼んだり、見ず知らずの私に頭を下げたりと、中々紳士な男みたいね。
70年前に出逢っていたら、一目惚れしていたかもしれない。
でも生憎と若造に用はないんですの、ごめんなさい。オホホホ。
はぁ⋯何だか言ってて自分で悲しいのは何故だろうか。
「帰りますよ。皆が心配しています」
「リアさん、本当にありがとうございました」
フェミナさんとイケメン騎士と別れた。
さて、尾行を開始。
ただの一般人にそもそも護衛がつくなんてありえない。それにあのイケメン騎士。中々に腕が立ちそうだった。
最初近付いてきた時に結構な威圧を放ってた。
側にいるのが子供の姿の私と分かり、すぐに消してはいたけど。そんな人が護衛につくなんて、私の予想通りなら行き着く先は⋯
もしかしたら、ただの恋人かもしれないけど。
それはそれで、魔女の私が祝福してあげる。
姿を消して2人を尾行していると、道中仲間であろう3人と合流していた。
人通りの少ない路地に入ってから尾行を警戒するように辺りに気を配っていた。
そのまま更に奥へと進むと、1件の小さな小屋の前へとやってきた。
小屋だと言うのに頑丈そうな鉄扉が場違い感を醸し出している。
1人が小屋の前で何やらブツブツと喋ると、鉄扉がゴーゴー言いながら開く。
すると中から筋骨隆々のマッチョなおじ様が出てきた。
今の時期は割と寒い方だと言うのに、露出度90%くらいの格好をしていた。
しかし、ただの変態ではない。
あいつ、出来る⋯⋯ような気がする。
(リアちゃん、少し面倒なことになったみたい)
サーシャの護衛を任せているシャルからの連絡だった。
(どうしたの?)
(護衛対象の子が、風邪を引いちゃったみたいで、凄い熱なの)
(分かったすぐ戻る)
残念ながら尾行はここまで。
でも、ここが恐らく教会の反対勢力である青の教のアジトだと思う。
私が教会側のスパイじゃなくて良かったね。
さて、戻ろう。
私は急ぎサーシャの元へと戻る。
道中駄猫から何やら連絡が入ったけど、忙しいからと一蹴した。
全く駄猫は、この忙しい時に何処をほっつき歩いてるんだか。それこそ猫の手も借りたいってのに。
サーシャのいる部屋の前には、件の熊みたいな騎士が立っていた。
「中入りたい」
「ん、貴殿は、ああ、聖女様の従者の方でしたな」
ドアをノックしようと思ったら、勝手にドアを開けた熊騎士。
いやいや、レディの部屋を開けるのにノックくらいしなさいって教えたばかりでしょ⋯。
親切心から開けてくれたのでしょうけど、それってかなり失礼だから。
鎧に軽く拳を突き当てる。
「ドアを開けるときはノックが基本」
「おっと、そうであったな。悪かった」
中へ入ると、キャシーさんがサーシャの手を心配そうに握っていた。
「リア、何処に行ってたの?」
言い訳を考えていると、ベッドに寝ていたサーシャが救いの手を差し伸べてくれる。
「⋯リアには私がお使いを頼んでいたの」
「そう⋯ってサーシャ様、ちゃんと寝ていないと駄目ですよ」
「風邪?」
「恐らくね。でもこのタイミングでなんて困ったわね」
キャシーさんの話では、サーシャは幼少の頃から今までで風邪など引いたことがなかったそうだ。
でも、考えてみれば無理も無いのかもしれない。
母親の苦しかった幼少の頃の真実を知り、王都に来てからも死への恐怖と戦い、そんな環境の変化が影響しちゃったんだと思う。
「でも神様も酷なことをするわよね」
「どういう意味?」
「サーシャ様は、こんなにも誠心誠意他者を治療していると言うのに、それこそほぼ毎日ね。だのにその力は自分には通用しないのだから。それは、他の聖女様にもどうすることも出来ない。だから聖女様は間違っても自分が怪我をしたり病気にならないように周りが配慮してさしあげないと行けないの」
聖女様は自分の病気や怪我は治せない。
だから他人ではなく真っ先に自分を守る必要がある。
酷い言い方をすれば、他者を盾にしてでも自身の身を守らないといけない。傷付いても最悪他者ならば自分で治おすことも出来る。
でも⋯
サーシャもアンもそうだったけど、率先して自分の身を犠牲にして他者を守ろうとする。他者へと向けられた刃を進んで自ら受けようとする。
お人好し。悪く言えば後先顧みない。一緒にいると危なっかしくて見てられない。
でも安心して。風邪なんて私がすぐに治してあげるからね。
ドアをノックする音が聞こえる。
「サーシャ様、お見舞いに参りました」
マリア様の声みたい。
立ち上がろうとするキャシーさんに私は首を振る。
今の弱っているサーシャにあんな奴を近付けたくないからなのだけど、流石に口に出しては言えない。
でも、私の表情で感じ取ってくれたみたい。
「すみません、サーシャ様は先程お休みになりましたので、そっとしておいて頂けませんでしょうか?」
「それは失礼しました。風邪とお聞きしましたものですから、風邪に効く良薬をお持ちした次第です」
流石にそれを断るのは忍びないのか、今度はキャシーさんが私に目配せする。
私はドアをほんの少しだけ開けて上半身だけ出すと、その薬だけ受け取り、すぐにドアを閉めた。
お盆の上に清潔な布巾の上に乗った粉薬と水を受け取った。
「よく水に溶かしてお飲みになって下さいね。それでは私はこれで」
《
うん、近くには誰もいないね。
さて、問題はこの粉薬だけど。
《
うん、取り敢えず毒は入ってないね。
私は薬には詳しくないから、流石にこれが本当に効くのかまでは分からない。
だけど、こんな物飲まなくても私が治してあげる。
「キャシーさん、この薬どうしますか?」
「折角のご好意ですが、サーシャ様に飲ませるわけにはいきませんね。粉薬じゃ毒味も出来ませんし」
流石キャシーさん、疑っていらっしゃる。そうこなくっちゃね。
「では代わりに、私の生まれ育った地方に伝わる''おまじない''をサーシャ様に施してみます」
キャシーさんに手元が見えない位置取りをして、治癒を施した。
「あれ、今一瞬光りませんでしたか?」
「気のせいです」
よし、これで大丈夫かな。
目が覚めたら完全完治。
そのまま、キャシーさんと交代で看病しつつ、朝を迎えた。
「目が覚めた?」
既に日もすっかり登った時刻。
サーシャが目を覚ました。
「あれ、リア? 私は⋯ああ、そうか。風邪引いちゃって寝込んでたのかぁ」
「風邪はすぐに治したけど、疲れが溜まってたみたい。サーシャずっと寝てた」
「うーん、ありがと。心配かけちゃって。あれ、キャシーは?」
「買い出し。サーシャの好きなキャルを買ってくるって言ってた」
「そっかぁ」
何処か遠くを見ているサーシャ。
「サーシャ?」
「あ、ううん、ごめんなんでもないよ。それより、事態に進展はあった?」
私は、サーシャが倒れる前に調べていたこと、あの後駄猫からの情報と私の推測を伝えた。
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