最後の魔女12(教会の闇1)

 真っ白い何もない世界に、私と少し薄いシオン様がいた。


「私が条件に指定したのは⋯⋯それは、私が死んだ時」

「え、そんな⋯だって、、だって現に今会話してるじゃないですか!」

「もしかしたら会話が噛み合っていないかもしれないけど、今喋っているのは、生きていた頃に喋った内容よ。実際にあなたを見ているわけではないけど、あなたが今どんな顔をしているのか手に取るように分かる気がするわ。貴女、私を嫌ってるくせにどうして涙を流しているの?」


 泣いている? 私が?

 言われて初めて気がつく。そこには確かに頬を伝う物があった。


 あ、私泣いてるんだ⋯

 シオン様が死んじゃったから?


「泣いている時間はないぞ。今から話すことを良く聞きなさい」


 そしてシオン様は私に重大な事を話し出した。

 それは、一言で例えるならば教会の闇について。


「私が死んだということは、たぶん教会の闇に近付き過ぎてしまったから。やつらは、国民の心を留めておく為だけに私たち聖女を利用しているの」


 シオン様、確かあの時も聖女はただの道具でしかないって愚痴ってた。


「やつらにとって邪魔になれば聖女だって使い捨てにされる。その為に連れてこられたのがアン、貴女よ」


 何それ、意味がわからないよ⋯


「あなたが私の前に現れた時、私は悟ったの。もうすぐ殺されるかもしれないってね」


 初めてシオン様に会った時、凄くシオン様怖い顔をしていた気がする。

 当たり前か、シオン様の話が全て本当ならば、私はシオン様の後釜で連れてこられた存在なだけ。


「いいかいアン? 私は別にあんたの事が嫌いだからキツクく扱ってきたわけじゃないのよ?」

「はい、分かってます。いえ、今分かりました。シオン様は何も知らない私に強く生きてもらおうと不測の事態が起きた場合に対処できるだけの経験と知識を教えようとしてくれていたのですよね?」


 今のシオン様は、予め吹き込まれた会話をしているだけ。会話など繋がるはずがないのは分かっている。だけど。


「あんたは強いよ。私なんかよりもね。だから今から言うことを実行しなさい。あんたなら出来る! だからこれから言うことをちゃんと聞きなさい」

「はい!」


 ここは⋯


 ハッと気が付くと、シオン様のベッドで横になっている私がいた。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 さっきのは、うん、夢、じゃないんだよねシオン様。私頑張ります。シオン様の分まで、シオン様がやりたかったこと、必ず果たして見せます!


 この部屋には修道士の姿は見えない。

 部屋の入り口に鍵をかけた。

 私はすぐにシオン様に言われた通りに行動を開始する。シオン様のベッドの下に隠し通路があるはず。

 ベッドは四方の足が床にガッチリと固定されていて、動かすことが出来ない。

 潜るしかないか。しかもその幅は非常に狭く、華奢な私でもギリギリ通れるかどうかった。

 シオン様は、どうやって通っていたんだろう。

 教えられた通りに床に不自然な窪みを見つけ、それを押した。すると、床が開いてズルりと中へと落ちた。中は坂道になっていて、滑り台を滑っていく感じで、下へ下へと進んでいく。

 暫く進むと、行き止まりなのか壁に突き当たった。

 真っ暗なので殆ど何も見えないけど、ここは一本道。しかも、人1人が這いずり回れるほどの狭い道。

 目の前の壁は押しても引いてもビクともしない。

 え、シオン様に説明受けてないよ。

 どうしようかと思いあぐねていると、イキナリ壁が開いた。

 壁の向こうは光が差している。私は眩しさで思わず目をそらす。

 中から私に向かって手が差し伸べられていた。

 怖かったけど、どのみちもう何処にも行き場はない。私は差し伸べられた手を掴んだ。

 そのまま中へと引きずり込まれた。


「あれ、シオン様ではないのですね?」


 私よりも少しだけ年上の男の子か女の子か分からない中性的な感じの恐らく男の子だと思われる存在がいた。

 一瞬、私を追ってきた教会側の人かと思ったけど違うみたい。

 私はここに来た経緯を彼に説明した。


「そっか、シオン様は亡くなったのか⋯」


 彼は凄くショックを受けているようだった。

 話を聞くに、シオン様と一緒に教会の闇を暴こうとしていたのだと言う。

 確か、夢でシオン様が言っていたのは、その場所に行ってある人物に会いなさい。後はその人が導いてくれると言うものだった。


「シオン様は聖女になったその時から、この王都の教会に巣食う闇について調べていました。そして、僕はその記録を保管し、守る番人をしています」

「人⋯じゃないんですか?」

「うん、違うよ。僕はシオン様に造られた、いわば感情を持つことを許された人形かな」

「そう、なんだ」


 改めて辺りを見渡すが、ここには何も見当たらない。記録が保管してあるって聞いていたけど、何にも見当たらない。


「何処にその記録があるの?」

「その前に、僕はまだキミを信用していないんだ。シオン様が死んだって話もね。もしそれが本当ならば、キミは聞いてるはずだよ。僕を従わせる言葉を」


 え?

 そんなの夢では何も言っていなかったよ。

 私が忘れているだけ? それとも、シオン様が伝え忘れただけ?

 夢の内容は鮮明に覚えているはずだけど、確かに聞いた記憶はない。

 いや、でもここまで用意周到のシオン様だもん、きっと何か手掛かりを残してくれているはず。

 夢の中にヒントは無かったか?

 暫く考え込んだが、何も浮かばない。ならば、夢の中以外でもシオン様との会話の中に何かヒントがなかったのかを思い出してみる。


 暫く考えていると、一つ思い出したことがある。

 確かシオン様には、幼い頃に亡くされた弟さんがいたらしい。

 ご存命ならば私よりも少し上だったはず。

 外見的特徴までは分からないけど、目の前のこの人はシオン様が造られたそうだし、外見年齢的には私よりも少しだけ上だと思う。


 確か名前は、えっと⋯


「⋯レイラン」

「正解!」


 そう告げると、私の前で彼はこうべを垂れる。


「あなた様を新たな私の主人と位置付します。今後は何なりとご命令下さい」


 すっごく勘だったんだけど、あってたんだ⋯。


「えっと、よ、よろしくね」

「以降僕のことはレイランと呼んで下さい。シオン様にもそう呼ばれていました」


 私はキョロキョロと辺りを探していた。


 ないよ! ていうか、この部屋には何にもない。ソファーが片隅に置いてあるだけ。

 広さは3m程の正方形な部屋だった。


「シオン様の集められた記録でしたら私が持っていますよ」

「え?」


 いや、でも両手には何も持っていないんだけど。


「ここに全て入ってます」


 レイランは自身の頭を指差している。


「え、それって、まさか記憶してるってこと?」

「そうです。僕は記憶力には自信があるんですよ。それに、下手に記録を目に見える形で残していたら、見つかってしまった時に言い訳が出来ませんからね」

「な、なるほどー」

「我々の敵はそれだけ危険ってことですよ」


 レイランはニッコリと微笑んでいる。

 私はシオン様と約束したんだ。教会の闇の正体を暴き、廃絶してやるって! もう二度と聖女の犠牲者は出さないって! でも次の犠牲者って、たぶん私だよね?

 ははっ⋯⋯って、笑えないよっ!


「ご主人、もう一つだけ、すぐにお伝えせねばならないことがあります」

「なんですか?  あ、それと私のことはアンでいいです」

「ではアン様。すぐにこの指輪をはめて下さい」


 レイランが差し出したのは3つの指輪だった。

 え、ちょ! まだ私たちそんな関係じゃないよね!!


 自分でも分かる程に私の頰は紅くなってる。


「えっと、何か勘違いされておられるようですが、こちらの指輪は、シオン様の聖女たる力が宿っている指輪です」


 ふぇ?

 あれ、もしかして盛大な勘違い?

 穴があったらすぐに入りたい、、恥ずかしい。

 だって、年頃の男の人から指輪を渡されたら、年頃の女の子なら誰だって勘違いするよね? ね?


「シオン様の、力?」


 レイラン曰く、この3つの指輪にそれぞれ3つの力が宿っているみたい。なんでも、シオン様が来たるべき時の為に準備していたものらしい。


 まず一つ目は、相手の嘘を見抜く力。何回でも使用出来るみたい。だけど、使用するたびに聖力をちょっぴり消費するみたい。

 ご利用は計画的にってやつだね。


 二つ目は、一時的にだけど姿を消すことが出来る。

 消してる間も聖力をどんどん消費しちゃうので、時と場合を考えないと枯渇とかなったらマズイかも。


 で、最後の三つ目だけど、たぶんこれは使うことはないんじゃないかな?

 ていうか内容聞いたけど意味不明だし。

 ていうかこれを使う程の局面が訪れるってことは、色々と私詰んでるってことじゃない?


 ”一時的に全ての記憶を無くして教会の従順な人形になりさがる”


 しかも一時的って言うのは曖昧で、数日かもしれないし、一生かもしれないしって説明だった。

 人形? 何それ怖い。


 取り敢えずさ、指輪は3種類貰って自分の指にはめてみた。


 使い方は簡単で、使いたい指輪に指を置き、聖力を送るだけ。

 私は指輪に名前を付けた。

 嘘発見器くんが1号。

 透明人間さんが2号。

 まじもう終わりちゃんが3号。


 間違っても、まじもう終わりちゃん3号に魔力を送らないようにしないと、私の人生がそれこそまじでもう終わる。マッハで終わる。

 これって、聖女の力? それともシオン様の力?

 今思えば私、癒しと祝福以外の聖女の力って知らないんだよね。こんなことなら、もっと勉強しておけば良かった。あ、久しぶりにザークス先生を訪ねてみようかな?

 あの人は、教会側でも信頼の置ける人だと思うし。私の味方だと思うから。

 余り長い間、姿を消すのは怪しまれる為、レイランと別れ、シオン様の寝室へと戻ってきた。


 部屋に戻ると、ちょうど部屋をノックする音が聞こえた。一瞬、誰だろうと不安になったけど、声を聞く限り先程ここに居た修道士たちだった。

 私はすぐに部屋の鍵を開けた。


「何かあったのかと心配しましたぞ」

「ごめんなさい、怖くなっちゃって鍵を掛けてました」

「それよりも、あなた様に正式に御触れが出ました」

「御触れ?」

「はい、アン様はたった今からこの王都の正式な聖女様となられたのです」


 聖女をしていたシオン様が亡くなったから、後釜の私が聖女に昇格するのは頷けるけど、正直気乗りしない。それに私はここに勉強に来ているだけであって、私は聖地アグヌスの聖女なんだよ!


「でも、私はまだ半人前の見習いですし、それに私は聖地アグヌスの聖女をしています。ここでの勉強が終われば私は自国へ帰ります」


 きっぱり言ってやったよ!

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