第23話 踏み出す者


 都季の反応から確信を得た誠司は、情報にあった名前を口に出した。


「あなたが『刻裏』と呼ぶあの妖狐が、なぜ、捕まえられようとしているのかご存知ですか?」

「……勝手な継承をしているからですか?」


 素直に返していいのか迷いながらも答えるが、月神達が止めに入る様子はない。今のところ、話の内容に問題はないようだ。

 誠司は、クイズを楽しむように笑みを浮かべた。


「違います。ですが、半分正解です」

「半分?」

「昔はそうでした。ですが、今みたく、確保のために毎日人手を裂くほどではありません」

「つっきー。聞いていいのか?」

「ああ。損はせぬ。それに、捕らえる理由を知っておかねば、お主はまた逃がしそうだ」


 元々、刻裏は局からも追われている身だ。ならば、自然と特務にも追われていることになる。

 都季は改めて、月神がいる前に現れるという刻裏の行動が、彼にとっては危険なものだと認識した。


「あの妖狐がなぜ、追われているか。理由は簡単です」


 どんな理由なのかと、都季は固唾を飲んで続きを待つ。


「彼はその昔、大きな罪を犯してしまった。在ってはならない力を与えてしまったのです」


 普通の幻妖よりも力のある彼が犯した罪は、継承の中で起こった。

 このとき、能力の発現にいち早く気づいたのは月神だ。ただし、能力の詳細ははっきりせず、「この世界の理をねじ曲げるもの」とだけしか分からなかった。

 月神は、即座に能力の保有者の捜索と刻裏の捕獲を命じた。


「それでも尚、彼は力の継承を止めなかった」


 そこまでして彼が継承を止めなかったことにも理由はあるのだろう。

 だが、それは都季ですら聞いたことはない。


「能力の保有者は不明のまま、唯一、破幻事件の際にその存在の片鱗があった程度です」


 能力の片鱗から、ある程度の能力の予測はできた。月神が感じ取った、「理をねじ曲げる」ものだと。

 そして、保有者の足掛かりを掴むために、継承を行った刻裏の捕獲にさらに力を入れたのだ。


「ですが、保有者は判明しました」

「なんだと? なんですぐに報告しなかった。破綻組の情報は、共有の義務があるだろうが」


 破綻組の場合、迅速に対処できるよう、両組織で情報の共有は行っている。危険度の高い破綻者であれば、報告は徹底して行えと茜も常々局員に言っているほどだ。

 顔を顰める茜だが、誠司はこの展開を想定していたのだろう。特に慌てることもなく、淡々と報告が遅れた理由を告げた。


「初めは、接触した桜庭が違和感に気づいたところから追及し、見つけたのは三日前。それも、使うのは一瞬でしたから分析にも手間がかかりました。あとは、裏付けを用意していたら今日になっただけですよ」

「三日前って、もしかして……!」

「はい。さすがに察しがつきますか」


 都季は三日前を思い返し、一人の人物が浮かんだ。

 まだ幻妖世界を知らない都季でさえ、ただの破綻者ではないと危険を感じた人物。


「『時を止める能力』。それこそが、ラグナロクの長が有する力であり、最古の文献に残る、最も危険視されていたものです」


 厄介な能力に茜が舌打ちをし、龍司は表情を険しくさせた。煉や花音は驚きから互いの顔を見合わせる。

 都季は、漫画かゲームのような能力に開いた口が塞がらず、呆然と呟いた。


「そんな無茶苦茶な能力まであるんだ……」

「だからこそ、継承はむやみに行われないのだ。能力は何が出るか分からん。我や狐の先見の力でさえ、予想は不可能だ。人の道を外すからのぅ」


 一般人が許可を得て継承を行うのは、幻妖の事件に巻き込まれ、記憶を消しても命が狙われる可能性があるなど、自らを守るために極稀にあるくらいだ。局の継承組にはその例で入った者もいるが、大半は刻裏が絡んでいる。

 数こそ一番多いとされる継承組だが、自然に力が発現するわけではないことを踏まえると、刻裏の影響は甚大だ。

 もちろん、刻裏以外にも気まぐれで継承を行う力ある幻妖はいるが、刻裏に比べるとその数は圧倒的に少ない。


「同じ能力がもう現れないとも限られません。これ以上、増える前に、あの妖狐は捕らえる必要があります」

「捕まえて、どうするんですか?」

「それはあなたの知るところではありません。ですが、予想はつくのでは?」

「…………」

「相変わらず、嫌な言い方しやがるな」

「結構。誰彼からも好かれようとは思いませんから」


 酷な言い方をした誠司を非難する茜だが、彼は微塵も気にした様子はない。


「覚えておいてください。特殊管理局は『依人』や『幻妖』を管理、保護している組織。対する我々、特務自警機関は『特体者』を管理、保護し、人間が住むに不自由のないよう幻妖と住み分けを進める組織です」


 もちろん、自らを含めた依人がいる今、完全な住み分けは数十年……下手をすれば数百年は掛かる。それでも、誠司は特務で目的の足掛けになろうとしているのだ。

 幻妖界と人間界の中立的立場を取る局と、あくまでも人間界を重視している特務。似たようで異なる二つの組織は、果たしてどちらが正しい選択を取っているのか、都季には判断が難しい。


「あの妖狐とは、もう会わないほうがいいでしょう。命を救うような行為も」


 一夜との一件の際、負傷した刻裏を局に連れて行ったのが特務にも伝わっていたようだ。

 どこから漏れたかは調査中だが、ほぼ筒抜けであることに茜は小さく息を吐いた。


「最も、妖狐はあなたの前に突然、現れているようですから、会うなと言ったところで完全には避けれないでしょう。ただ、命を救うような事が再び起これば、あなたにも相応の対応を取らせていただきます」


 神出鬼没の刻裏を避けるのは不可能に近い。月神が刻裏の接近を拒めば弾くこともできるが、強力な結界は都季に負担が掛かるためにそう簡単にはできない。

 譲歩してやったと言わんばかりの誠司は、都季の反論を聞くことなく再び踵を返す。


「我々は幻妖世界に偏る局と違い、人間側の組織です。捕獲対象の幻妖に対して甘くはしませんよ」


 そう言い残して、誠司は依月を出た。

 閉じられた扉を見ながら誠司の言葉を反芻した都季は、不満を小さく零す。


「何も、命を奪うようなことをしなくてもいいじゃないですか……」

「あの妖狐は継承を止める気配がありませんからね。不要な争いは互いのためになりませんから、特務のやり方も正当といえば正当です」

「でも、昔は共存できていたんです。もちろん、裏じゃ悪用とか被害とかもあったようですけど……でも、今と昔じゃ環境も違います。なら、昔よりはうまくできるんじゃないかって……やっぱり、甘いんですかね?」


 龍司が誠司のフォローをしたことが珍しいのか、残っていた斎が驚いたように目を見張った。だが、都季の意見を聞くと苦笑を浮かべた。


「堪忍な。総長、ああ見えて憎まれ役を買ってるだけやねん。都季ちゃんの考えは確かに甘いけど、一理あるんも確かや」

「フォローするお前は世話役か」

「ははっ。せやな。……で、あと一個忠告しといたる」


 総長はまだ確証がないから言うなって言うてたんやけど、と前置きをしてから、斎は表情を引き締めた。


「ラグナロクのボス、ルーインはまだ手札を持っている」

「『手札』ってなんだよ? 破綻組の仲間?」


 皆目検討のつかない煉は不思議そうに目を瞬かせる。

 代わりに、顎に手を当てて考えていた茜が答えを出す。


「もしかして……能力の複数持ちか?」

「あったりー」

「いや、前に出たときに、月神が器がどうのとか言ってただろ。奴の能力が時を止めるのなら、『体が違う』のはおかしいと思ってな」


 ルーインは、まだ十代後半くらいの姿だ。破幻事件に存在していたとは思えない若さだが、能力で自らの時を止めているのなら、姿は過去から変わっていないはず。そこから、月神なら彼の能力を見抜くことも出来ただろう。

 しかし、月神が言ったのは人が違うということ。つまり、過去とは異なる姿ではあるのだ。

 さらに、茜は思い当たった能力を上げる。


「憑依能力なら何件か聞いたことがある。ただ、それにしたって、元一般人の体じゃ複数持ちには耐えられねぇだろ」

「そう。ま、こっから先は俺らも調査中やけん、なんも言えんのや」


 堪忍な、と困ったように笑みを浮かべて謝る斎だが、そう簡単に茜も引き下がらなかった。


「待て。破綻者についての情報は共有だ。あやふやでも可能性は話せ」

「せやから、そこまでしか調査できとらんのやって。それに、情報の共有に関してはそっちもしてないし、おあいこってことで」

「上もその下も嫌味だらけだな、おい」

「ははっ。その内、明確になったら話すわ。もしくはアイツの整理がついたら、な。ほな、またねー」


 斎が出したのは月神や一夜、悠の件だ。

 ぼやく茜に無邪気に笑ってから言う斎は、一瞬だけ視線を落とした。だが、誰かに指摘されることもなく、彼は店を後にした。


「はぁ……。めんどくせーな」

「ラグナロクのこと、蒼姫ちゃん以外の調律師さんにもお願いしないとね」

「警邏も人が割けるようならば、所在を探させたほうがいいだろう」


 深く溜め息を吐いたのは頭を掻いた茜だけでなく、花音も言ってから息を吐いた。

 今まで姿すら見せなかったラグナロクが本格的に動き出しているのは明白。

 遅れを取ってはならないと、月神は思念を局にいる半神に飛ばして動くように命じた。


「ところで、辰宮さんは何かあったんですか?」

「……そうでしたね」


 龍司が依月に来るときは、大抵、茜に伝言がある。

 店に近づいて誠司の気配を感じた龍司は、彼を実際に目にしてから本来の目的をすっかり忘れていた。

 メガネのブリッジを押し上げ、気持ちを切り替えるために一息吐く。そして、言葉を待つ茜を見る。


「茜さん。『以前の件』について、予想で合っていましたよ」

「そうか。……なら、都季」

「はい?」

「確定したってことで、お前に話しておく」


 なんだろう、と都季は目を瞬かせた。茜が名前で呼んでくるのは珍しいが、今は指摘していい空気でもない。

 茜から告げられた内容は、既に解決したはずのものだった。


「結奈と和樹さん……お前の両親が亡くなったときのことなんだが」

「!」

「あのとき、なぜか幻妖は破綻組と行動を共にしていた。けど、普通、幻妖は依人を嫌うものが多い。それが破綻組相手ならなおさらな」


 都季は校内で自身が襲われたときを思い出す。

 確かに、破綻者と幻妖は互いに協力するような部分はなかった。むしろ、幻妖は破綻者を嫌悪していた。その後の廃工場でも共にいたが、手を組んでいた気配はない。

 それらの件を踏まえても、やはり結奈と和樹のときはおかしいと言える。


「幻妖は一緒に動くだけでなく、その命にも従っていました」

「つまり……?」

「幻妖は破綻組の誰かの支配下だった、と考えるのが妥当でしょう」

「可能なんですか?」


 幻妖と契約を結んで使役することができるのは蒼姫を見て知った。ただ、彼女と破綻組では状況が大きく違う。

 都季がそう思って訊ねると、茜からは意外な返事をされた。


「継承組のときに行った契約によってはな。依人が相応の対価を支払えるんなら可能だろう」

「ただ、契約者は幻妖に力を貸してもらう側ですから、完全に支配下に置けるほどの契約は継承組にはできません」

「それに、破綻組なんて進行具合によっては幻妖の身も危険に晒される。だから、大抵の幻妖は五級継承者とは契約しないし、契約者が破綻したら幻妖は配下から離れるはずだ」


 破綻した場合のことは、契約の際に幻妖からも提示をする。

 しかし、破綻をしても幻妖は離れることなく一緒にいた。


「なのに、破綻してもその支配下のまま……ってことは」

「破綻組は、既に“進行しない状態”だった。なんで進行していないかは謎だったが、さっきの報告で合点がいった」


 破綻初期で止まった上で、新たに幻妖にとって良い条件を提示されたならば、幻妖は離れない可能性もある。

 そして、それを可能にするには破綻者個人では不可能だ。数を考えても、偶然の産物ではない。


「先日、宣戦布告をし、百澄別荘を襲撃した破綻者集団、ラグナロク。彼らによるものです」

「アイツらが……」

「百澄の当主は、事件の影にラグナロクがいることに薄々気づいてたみたいだ。枕元に立たれたのかもしんねぇが、結奈がラグナロクのボスを追い詰めた件もある。予想はしてたんだろうな」


 そして、宗一郎は都季を守るべく、幻妖世界に触れさせないように引き取った。それは宗一郎と会った際に彼本人がほのめかしていた。

 しかし、都季は幻妖世界を知ってしまい、ルーインにも宣戦布告をされた。もう逃げることはできない。


「そこでだ。都季、お前はまだ局にいたいか?」

「いたいかって……」

「このままだと、お前は争いのど真ん中だ。戦いたくなかったら、解決するまで避難してもらおうかとも思ってな。まぁ、こっちも最善の手は尽くすが……」


 いかんせん、相手が相手なだけに早い解決にはならない。だが、警備の堅い場所に避難していれば、危険は最小限に留められるだろう。

 都季は魁達と一緒にいたいと宗一郎に伝えた。それはただ守ってもらうためではなく、共に戦っていきたいからだ。


「俺は、前から変わってませんよ」


 苦笑が零れた。

 後悔しないとは言いきれない。だが、何もしないよりはずっといい。


「皆と一緒に戦いたいです」

「……そうか。なら、頑張って力を使いこなせよ」

「はい。頑張ります」

「…………」

「店長?」


 都季の意思に励ましの言葉を送った茜だったが、すぐに返されたハッキリとした素直な言葉に目を見張った。

 なぜ驚いているのか、その理由が分からずに首を傾げれば、彼女はバツが悪そうに都季から視線を逸らした。


「いや、素直に頷いたから驚いただけだ」

「はぁ……。そうですか。……あ。いらっしゃいませー」


 話が一区切りついたところで、タイミングを見計らったかのように新しい客が入って来た。

 接客に入った都季を見て、事務室に戻った茜は机の引き出しから折り畳んだ紙を出す。

 その内容に目を落としていると、後からやって来た花音が気づいて声を上げた。


「あれ? 茜ちゃん、それって都季君の……」

「もう要らないからな」


 処分しようと思って、と茜は事務室と店を繋ぐドアを開ける。そして、近くにいた煉よ呼んだ。


「煉。燃やせ」

「……はいはい。人目は避けてくれよ」


 二回折って煉に差し出せば、彼は呆れを滲ませつつも自らの力を使って火を灯した。

 通常の火とは違うためか、火災報知器が作動することもなく、火は小さく紙を端から燃やしていく。


「こんな紙切れ、あたしらならいくらでも偽造できるって分かるはずなのに、百澄のご当主サマは調べることもせず、ご丁寧にも騙されてくれたな」


 特体者および依人の保護責任者委託書。それを用意したのは結奈ではなく、茜だった。

 結奈が生前に「私が死んだとき、両親が迎えに来ないかもしれないし、書面を作ったほうがいいかしら」と言っていたのは事実だが、作成はされていない。

 茜は一度だけ聞いた結奈の希望を、彼女が亡くなった際に実行しただけだ。


「なるほど。どうりで、誰からも書面の話が出なかったわけだ」

「結奈は引き取られたあとの都季のことや両親の身も心配してた。あたしはあの人に借りもあるし、できることは実行してやろうと思ってね」


 指先まで火が近づくと、紙を手から離す。

 火は紙を灰すら残さずに燃やし尽くして消えた。


「あのじいさんは自分の責任感と後悔から都季を迎えに来た。でも、連れ戻したい反面、自由にしてやりたいとも思ってたんだろうな」


 でなければ、今回の引き際は良すぎるのだ。

 現に、彼は茜に書面が存在しているかどうかを確認し、ないと分かると安心して店を去って行った。


「あの臆病者にとって、コレは罪悪感を和らげるモンだった。けど、なくて安心すんなら、もう用はない」

「都季君のこと、どうするの?」

「あたしはこんなモンなくっても、あいつの面倒は見てやるよ」


 紙がなくとも、結奈からの願いは口頭だけでも十分だ。それほど、彼女には大きな恩がある。


「でないと、二人に顔向けできないしな」


 茜は軽く微笑んで、ひとつ片付いた問題に小さく息を吐いた。






四章 終


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