第6話 崩壊の兆しは
十二生肖の能力について、最初に説明を始めたのは翡翠だった。
『十二生肖の家系の者は、能力自体は生まれつき持っておる。だが、役に就く者は能力が強化されるだけでなく、その役が受け継いできた記憶と、宝月を扱う力が与えられるのだ。月神様の力を借りてな』
その際、膨大な記憶が影響して、なんらかの異変を起こすことがある。
ふと、都季は右斜め前にいる魁やその正面にいる琴音を見た。
出会ったときは既に十二生肖の一人であったため、以前の彼らがどうだったかは分からない。
「皆、変わったのか?」
「いや、俺は能力が敏感になったくらいで、大して変わっちゃいねぇよ。受け継ぐ記憶が大きければ大きいほど、異変が出やすいんだ」
「私は……他人の心の声まで聴こえるようになったのと……あとは、少しだけ、前より跳べるようになったくらい」
「助走なしで三階までジャンプできるのを『少し』とは言わねぇよ」
謙遜気味に答えた琴音だが、普通は一階分の高さすら難しい。
それを少しと言うあたり、都季は彼女が持つ生来の身体能力の高さを感じた。
すると、茜は立てた右手の親指で龍司を指して言う。
「一番変わったのはコイツだよ」
「辰宮さん?」
「はは……そうですね。自分でも驚くほどに」
龍司を見れば、彼は自嘲じみた笑みを浮かべた。
翡翠はあまり気にしていないのか、それとも当時を思い返しているのか静かにお茶を飲んでいる。
どこがどう変わったのだろうか、と考える都季に茜が説明を続けた。
「コイツは性格破綻しちまってな。十二生肖の仕事はおろか、ただの転記っていう簡単な仕事すらできなかったんだ。で、しばらく自宅療養して落ちついたと思ったら、前の性格とは正反対になっちまった」
「そんなことが……」
「お恥ずかしい話です」
小さく肩を竦めた龍司の苦笑には、どこか悲しさが混じっていた。
ふいに、都季は以前、紗智の一件で見た過去の夢を思い出す。あのとき、会議の場に龍司の姿がなかった理由にようやく合点がいった。
今となっては周囲も彼の性格の変化を受け入れているが、当時は戸惑うばかりでお互いに相当な苦労をした。
あまり思い出したくない過去に、龍司は話の主軸を早々に悠へと戻す。
「ですが、私と同じく記憶を大量に受け継ぐはずの悠には、それが表れなかったんですよ」
「悠がすごいから?」
「それもあるかもしれないが、実際はどうだろうな」
茜には、悠の異変について心当たりがあった。当時は、さして気にもしなかったものだが。
まだ中学に上がったばかりの子供だから、現実を鑑みれないだけだろうと流していた。
しかし、それは自分達に与えられた役目を理解しているならば、出るはずのない言葉だった。
「彼女が消える前から、何度も言ってたんだよ」
――この世界に、依人って必要ですか? ううん、依人だけじゃない。幻妖も、月神も。
『人間界』という“異界”にいる、自分達の存在意義。
悠はそれを考えているときがあった。
一番最初に幻妖が迷い込んだのは些細なきっかけだが、依人は幻妖が人と交わらなければ生まれなかったものだ。
都季が悠と出会った頃、彼は生まれも育ちも人間界のため、幻妖界に郷愁を抱くことはないと言っていたが、あれは自分がこの世界の人間だと自身に言い聞かせていたのだろうか。
「過去を知って、子供だからこそ気づけた部分もあるんだろうな。アイツの心は、ずっと壊れるかどうかの瀬戸際で保たれていたんだと思う。それを壊したのは、間違いなくあたしらなんだよ」
幾度も、悠は訊ねてきていた。
自分よりも長く人間界で生きている十二生肖達に。
――依人は、ここで過ごしていてもいいんでしょうか?
――種を絶つためには多くの犠牲がいるしな。それこそ、人間と完全に関わらない場所が必要だし、そんな場所がない以上はここで過ごすしかないだろ。
兄貴肌の十二生肖は、依人の存在を「しょうがない」と言って状況を受け入れていた。
そのとき、彼が「一斉に消えてしまえばいいのでは?」という不穏な考えを過ぎらせたことに気づくこともなく。
――僕らの力って、何のためにあるんでしょうか?
――こっちで暴れちゃう子達を抑えるためであり、大事な人達を守るためかなぁ。だから、使い方は誤っちゃダメだよ?
穏やかでサポート上手な十二生肖は、自身の力の大きさを理解し、使うための目的はとっくに見つけていた。
そのとき、彼が「大事な人を守れなかった力の用途」に迷いを生じさせていたとは知らずに。
――僕らの仕事って必要ですか? 月神だって、人間界にいなくても、幻妖界から均衡は保てるはずですよ?
――馬鹿言ってんじゃねぇよ。人間界は移り変わりが激しいから、精密に見るためにはこっちに半分は置いておく必要がある。それに、あたしらが役割を放棄したら、誰がこの世界の依人を守るんだよ。
そのとき、茜は彼が不穏な考えに至りかけていたことに気づかず、簡単に一蹴してしまった。
過去のやり取りを思い返した茜は、小さく溜め息を吐いて話を元に戻す。
「何にせよ、魂が消えてしまえば、前みたいに呼び出すのはまず不可能だ。更科の案はナシ」
「じゃあ、どうすれば悠を救えるんですか?」
「別に、害がないなら放っておけばいいんだろうけど、戻らないなら役を代える必要はあるな」
「そんな……! それじゃあ、悠を救うことにならないじゃないですか!」
「最終手段だよ。悠が言ったんだろ? 『綺麗事ばっかだ』って。ちったぁ現実を見ろ」
鋭い視線と的を射た言葉に何も返せなくなる。
悠を救いたいのは本心だが、思いついた唯一の方法も使えないともなれば、いよいよ手詰まりだ。
それでも、今までの日々を思い返せば、あっさりと悠を切り捨てることはできなかった。
「悠には、たくさん助けてもらっているんです。あれが嘘なんかじゃないって、信じたいんです。もし、一人じゃどうしようもできなくて苦しんでいるなら、助けてやりたい」
「……酷なことを言うがな、更科」
「はい」
茜の表情は険しい。
それでも、都季は彼女を真っ直ぐに見据えて続きを待った。
「あたしらは救世主でも神でもねぇ。少し特殊な力と異形の血を持っただけの人間みたいなもんだ。生きてる以上は苦しむことだって必要だし、あたしらがしてやれることにも限度はある」
「…………」
苦しみがなければ成長はない。死者を蘇らせることもできない。
ひとつひとつを考えていけば、できる事は限られてくる。
ならば、何もせずにただ悠の気持ちが変わるのを待てばいいのかと問われれば、そうでもない。
都季は視線を落として膝に置いた手を握り締める。
もどかしい思いが喉奥にせり上がり、絞り出した声は震えていた。
「限度って、誰が決めるんですか」
「…………」
「まだ、何もできない状態じゃないんですよね? だって、悠は破綻したわけじゃないし、本人自身がつっきーを狙いに来たわけじゃない」
病院で、いくら四人の十二生肖が都季のそばにいたとしても、悠は月神を狙うことはしなかった。それどころか、やり場のない自身の思いに押し潰されそうになっていた。
綺麗事だと詰られても構わない。動かないままで最後の手段を取りたくはなかった。
「俺は、まだ救う余地はあると思うんです」
本当に絶望しているなら、都季達が駆けつける前にとっくに命を絶っていたはずだ。
姿を消した悠は、まだどこかで助けを求めている。
確証はないが、そんな気がするのだ。
「……イノ姐、俺からも頼む。悠が戻るチャンスをくれ」
「お願い、します」
茜を真っ直ぐに見た都季に倣い、魁と琴音も彼女に向き直る。
紫苑や龍司、翡翠、月神は傍観に徹していた。
腕を組んで真剣な表情をしていた茜は、しばし考えてから姿勢を崩さずに言う。
「いいだろう。限度がまだ先ってんなら、やってみろ」
「茜さん……」
「さっきは交代の話もしたが、あたしだって悠を救いたくないわけじゃない。だがな、どうしようもないときがあるのも忘れるな」
「……はい!」
厳しい言葉を投げても、見捨てたわけではなかった。
茜がくれた最後のチャンスを逃すまいと、都季はしっかりと返事をした。
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