第38話 川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る

 4月19日。東京の渋谷は曇り空で、冬の寒さに戻ったようだ。


「美結(みゆ)さん、お誕生日おめでとうございます。

それと、大学のご卒業、おめでとうございます。

それでは、カンパーイ(乾杯)!」


 新井竜太郎の乾杯の挨拶(あいさつ)で、川口信也と妹の美結、

信也の恋人の大沢詩織、竜太郎の恋人の秋川麻由美の5人は、

黄金色(こ がねいろ)の輝(かがや)きを放(はな)つ シャンパンの

グラスを持つと、お互いの目を見ながら微笑(ほほえ)んだ。


「竜太郎さん、みなさん、ありがとうございます」


 少し頬(ほお)を紅(あか)くして感謝を込めてそういうと、

美結(みゆ)は、弾(はじ)けるような笑顔で瞳を輝かせる。


 こうやって、やっと初めて、お会いするわけだけど、

美結(みゆ)ちゃんは、やっぱり、磨(みが)けば宝石のような女性だ。

兄の信(しん)ちゃんも、おれとしては、俳優にしたいような、抜群な

いい男だけど、妹の美結(みゆ)ちゃんも、すばらしいモデルにだって、

女優だってなれる、いい女だ。おれの目に狂いはなかった。


 竜太郎は、ベージュのロングジャケットに、グレーのフロントタック

ジャージーワンピースが似あう、21歳になったばかりなのにセクシーな

長い黒髪も色っぽい、プロポーションもルックスも稀有(けう)な美しさの、

身長171センチの美結(みゆ)に、そう思う。


 つい今さっき、竜太郎は初めて美結(みゆ)と対面したのだったが、

たくさんの美人を見ることに慣(な)れていて、それが竜太郎の

仕事でもあるわけなのだが、美結(みゆ)の美貌には、ちょっと緊張して

心拍数も上がり、冷や汗が出る、そんな興奮を覚えた。


 5人は、煌(きら)びやかな 摩天楼(まてんろう)を望(のぞ)める

渋谷の夜景レストラン、ザ・レギャン・トーキョーに来ている。


 渋谷駅を降りて徒歩で3分、12階ビルの最上階にある、

寛(くつろ)いだ気分で楽しめる フランス料理店である。


 先週の4月12日の土曜に、新宿の池林坊(ちりんぼう)で、

楽しく過ごしたとき、以前から竜太郎が、ぜひ会いたいといっていた、

信也の美結(みゆ)のことが、話題となった。


 4月16日が誕生日で21歳になる美結(みゆ)が、19日、20日の

土日に、信也のマンションに泊(と)まりで遊びに来るというのだ。


「それじゃあ、ぜひ、ささやかながら、美結(みゆ)さんの誕生パーティーを

やらせてください」と竜太郎がいい出したのである。


 美結(みゆ)は、この4月に山梨県の短期大学の食物栄養科

(栄養士コース)を卒業したばかりであった。


 少し前、竜太郎は信也に、美結(みゆ)の写真を見せてもらう。

そして仰天(ぎょうてん)したのだった。予想もしていなかった、

とびきりに美しい魅力のあふれる女性が、その写真の中で、

竜太郎に微笑(ほほえ)みかけていたのだから。


 竜太郎はその場で、信也を説得し始める。


 「美結(みゆ)さんほどの、人の心を引きつける力のある女性は、

100万人に1人いるか、いないかの、すばらしい女性ですよ。

信じられないくらいだけど、これは確かなことです。

そんなオーラ(雰囲気)を美結(みゆ)さんは確実に出している。

もしできることならば、うちのエターナルで働いていただきながら

でもいいですから、ぜひ、うちの芸能プロダクションのクリエーション

に入っていただきたいのです。つまり、美結(みゆ)さんは、

いますぐにでも芸能活動を始めるべきだと、おれは感じています。

美結(みゆ)さんは、そんなすぐれた逸材(いつざい)です。

抜きん出ています。すばらしい美貌(びぼう)の持ち主なんです。

おれとしては、このまま、放(ほう)っておけないのですよ」


 信也は最初、笑うだけで、その話に本気にはならなかったが、

情熱をこめて語る竜太郎の言葉が、真剣そのもの本気なので、

「じゃあ、美結(みゆ)に話してみます」と竜太郎に返事したのだった。


 美結にこの話をしたら、美結は「わたしもお兄ちゃんみたいに、

本当は自分の夢を追いかけてみたいの。だから、この機会に、

ぜひ竜太郎さんには、1度お会いしたいわ!」

という返事で、きょうのパーティーが実現したのであった。


 4月19日、土曜日。夕暮(ゆうぐ)れどきの6時を過ぎている。


 新宿の高層ビルが、パノラマのように遠くまで見渡せる、

12階ビルの最上階のレギャン・トーキョーのメインダイニングは、

男女のカップル、夫婦、女性同士の客たちで華(はな)やいでいる。


 信也や竜太郎たちが寛(くつろ)ぐテーブルには、ライトアップされた

ガーデンテラスとプールが隣接している。プールの水が幻想的に揺れる。


「どうも、みなさん、遅(おそ)くなっちゃいまして……」

 

 竜太郎の弟の幸平が、シャンパンを楽しみながら盛り上がる、竜太郎、

信也、詩織、麻由美、美結(みゆ)たちのテーブルに現(あらわ)れる。


 仕事も順調なのだろう、若者らしい涼しげな眼差(まなざ)しの幸平は、

グレイの縦のストライプ(縞模様)のスーツがよく似あう。身長176センチ、

1991年3月16日生まれ、23歳。


「こう(幸)ちゃん、久(ひさ)しぶり!元気そうだね」


「しん(信)ちゃんも、相変わらず、お元気そうで」


 すうっと、信也は立ち上がって、幸平と握手をする。信也は、

新井(あらい)兄弟とは妙なくらいに気が合う。兄の竜太郎は

信也と同じ早瀬田大学の卒業生で先輩でもあった。弟の幸平は

慶応大学の出身であった。


 仲(なか)のよい三人には、酒道楽(さけどうらく)とでもいえそうな

共通の趣味がある。3人とも、楽しく酒を飲みながら、気の合う同士で、

いろいろと語り合う、コミュニケーション(意思疎通)が好きなのである。

三人は、どんな話題も、音楽でも芸術でもビジネスでも、自由気ままに、

気も遣(つか)わず、心の思うまま、語り合(あ)える。


 信也は、1990年2月23日生まれ、24歳、身長175センチ。

モリカワの本部の課長をしながら、モリカワの事業部の1つの

モリカワミュージックからメジャーデヴューしたロックバンド、

クラッシュ・ビートのギターリスト、ヴォーカリストをやっている。

現在、アルバムやシングル、合わせて30万枚以上売れて、

その印税の収入によって、急に金持ちになっている。


 新井竜太郎(あらいりゅうたろう)は、1982年11月5日生まれ、

31歳、身長178センチ。東証1部上場の企業エタナールの、

IT システムの構築や、IT プロジェクト 戦略の指揮(しき)をとる、

IT の屈指のプロであり、エタナールの副社長である。


 弟の幸平(こうへい)は、1991年3月16日生まれで、

22歳。身長、176センチ。エターナルの M&A事業部で、

企業の合併や買収の仕事を主(おも)にしている。


「えーと、美結(みゆ)さん、初めまして。新井幸平です。

お誕生日、大学のご卒業、おめでとうございます!」


 そういって、幸平は、美結(みゆ)の美貌に、ちょっと照(て)れて

頭をかきながら、赤や白、イエローやオレンジのバラの花束を、

差し出した。


「わぁ、きれいなバラですね、ありがとうございます、幸平さん!」


 美しい姿勢にも色気を感じさせる美結(みゆ)は、長めの前髪に

隠れそうな澄(す)んだ瞳を輝かせて、幸平に微笑(ほほえ)む。


「バラって、本当(ほんとう)、いい香りですよね」


 美結(みゆ)はバラの花束に顔を近づけて、目を閉じる。


「こんなにきれいなバラを自分ひとりだけのものにしては

いけないわ。詩織ちゃんと麻由美ちゃん、あとで、

バラの花束は分(わ)けましょうね!」


 美結(みゆ)は隣の椅子に、バラの花束をおいた。バラの花束が

竜太郎から贈られた真紅(しんく)のバラとで、2つになった。


 美結(みゆ)は,4月16日に21歳になったばかり。19歳の詩織

や同じ21歳の麻由美とは、2時間ほど前に会ったばかりなのに、

たちまち仲良くなって、幼な馴染(おさななじ)みの友のようである。


「うれしいわ、美結(みゆ)ちゃん」と、喜(よろこ)ぶ 詩織。

黒のワンピースがよく似あい、胸のあたりもふっくらと女性らしい。


「わたし、バラが大好きなの」と、シャンパングラスを片手に

少し酔って陽気な麻由美。軽く柔らかなジャージー素材の

ピンクのワンピースが、胸やウエストや腰まわりのラインを

はっきりとさせていて、ふんわりとした上品な色気を感じさせる。


 川口信也と交際している大沢詩織は、1994年6月3日生まれ、

早瀬田(わせだ)大学、文化構想学部、2年生。詩織は、モリカワ

ミュージックからメジャーデヴューしたロックバンド、グレイス・ガールズの、

ギターリスト、ヴォーカリストでもある。そのアルバムやシングルは、

40万枚近く売れて、詩織の銀行口座には、大金が振り込まれてくる。


 秋川麻由美は、1993年3月6日生まれ、身長167センチ。

東京都渋谷区の、多くの客で賑わう商店街の、竹下通りの衣料品店、

Gapフラッグシップ原宿に勤めているところを、今年の1月、その店へ

買い物に寄った竜太郎に、スカウトされた。現在、麻由美はエターナルの

芸能事務所のクリエーションで、バラエティ番組などに出演するタレントとして

順調に仕事をしている。


 2014年1月に、竜太郎は、エタナールの事業部の1つとして、

芸能事務所・クリエーションを設立したのであった。それは、

モリカワとのM&A(合併、買収)は不成立がきっかけとなっていた。


 竜太郎は、モリカワの事業部のモリカワ・ミュージックのような、

俳優、歌手、モデルなど、ジャンルにとらわれない、マルチな

タレントの育成をする芸能事務所を始めたいと思ったのである。


 タレントへの給与の支払い方法は、モリカワ・ミュージックの

システムをモデルとした。いつでも自由に、歩合制か給料制を、

個人が選べるという、働く側を本位としたシステムだった。


 売れないときは、生活を保障してくれる給与制を選べて、

売れてくれば、その出演料などを、芸能事務所と決める割合で

分配するという、歩合制を選べる、そんな良心的なシステムである。


 雑誌やテレビなどのマスコミやインターネットなどの口コミで、

エターナルの設立した良心的な芸能事務所として人気も広まって、

現在、クリエーションに所属するタレントやアティーストやモデルは

60名を超えていて順調である。


「こう(幸)ちゃんも、飲もうぜ!」


 信也はそういうと、隣の席の幸平のグラスに、黄金色(こがねいろ)

の輝きのシャンパンを注(そそ)ぐ。


「こう(幸)ちゃん、いつもお仕事ご苦労さん」といって、竜太郎は

兄らしく微笑(ほほえ)む。


 ……入社当時の幸平は、性格もいいばかりのお坊(ぼ)ちゃま

って感じで、よくいって、純真でありのままで、夏目漱石の三四郎の

ような青年っていう感じだったよなぁ。でも最近は、仕事にもまれたり、

世間(せけん)の機微(きび)もわかってきて、オトナの風格も出てきた。


 身内だからって、肩をもったり、依怙贔屓(えこひいき)は

しないつもりだけど。もともと幸平は優秀なんだから、これからは

おれの片腕くらいにはなってもらって、兄弟で協力し合って、

エターナルをさらに世界的な大企業にしていきたいもんだ。

それが、世のため、人のためになると信じていることだしな。


 これまで、おれは、悪役を買ってでも、会社を大きくしてきた

んだし。まったく、あるときは、味方はゼロといった状況だった。

いままでは、会社が大きくなるんだったらと、ブラック企業と

呼ばれても、全然気にならなかったんだ。人間なんて、

しょせん完全じゃないんだし。言いたいヤツには言わせておけば

いいじゃないかって、おれはおれを許してきたってわけさ……


 竜太郎は、美女が3人、気の合う仲間と、極上のシャンパンと

旨(うま)みの凝縮(ぎょうしゅく)している牛ヒレなどの料理に

満足しながら、至福の時間の中、頭の片隅でそんなことを思う。


「ねえ、しん(信)ちゃん、しんちゃんならわかると思うけど。

人間って、孤独な自分だけの時間って必要だよね。特に、

クリエイティブ(創造的)なことをしようと思えば。アーティスト

でも企業家でも、ときには孤独になる必要があるよね」


「あっはは。そうですよね、竜さん。クリエイティブなものを

作ろうとすれば、だれかを頼(たよ)りにしてはいられないですからね。

最終的に、自分で考えて、決断して、行動するしかないでしょうからね。

でもだから、コミュニケーションが、こうやって、みんなで楽しく、

お酒を飲んだりできる、時間や友だちとか、女性とかも大切なんですよね」


「そういうことだね。しんちゃん。おれには女性が特に必要だ」


 そういって、信也と竜太郎はわらい、シャンパンや料理を楽しむ。


「それじゃあ、しばらくのあいだは、美結(みゆ)さんの住まいは、

しん(信)ちゃんのマンションでいいですよね。渋谷のクリエーションの

事務所までは15分くらいですからね。交通の便もいいですよね。

美結(みゆ)さんのお仕事も、すでにご用意してありますから。

でも始めたばかりですから、お時間のあるときは、クリエーション、

付属の養成所がありますから、そこで、いろいろなレッスンを

受けられたらいいかとも思います」


 満面の笑顔で、竜太郎は美結(みゆ)にそういった。


 少し前の竜太郎の表情には、隠しようもなく、人を威圧するような

怖(こわ)さがチラチラと見られたものだが、信也たちと付き合って

いるうちに、それが消えていった。竜太郎はそのことを自覚していて、

自分をそんなふうに変えていってくれている信也たちを、

高く評価して、いつのまにか、親友として信頼するようになっていた。


「竜太郎さん、よろしくお願いします。あ、エターナルの副社長さん

のことを竜太郎さんなんて、お呼びしていいのかしら?」


 美結(みゆ)は、いろいろと親身になってくれている竜太郎に、

そういうと、素直に嬉(うれ)しそうに 微笑(ほほえ)んだ。


「おれのことは、竜さんでも竜でもいいですから。気軽に

呼んでください。あっはは。おれも、しん(信)ちゃんには、

いろいろと良くしてもらっていますから。美結(みゆ)さんも、

しんちゃんも、みんな家族のような感じがしてます。

これからも、美結(みゆ)さんのことは、しっかりと

サポート(支援)させていただきますから。こちらこそ、

よろしくお願いします。あっはは」


 そういってわらいながら、竜太郎は、美結(みゆ)の笑顔に、

特別に魅力的なオーラを感じていた。


 ……美結(みゆ)ちゃんは、立ち上げたばかりのクリエーションを

代表する、素晴(すば)らしいタレントや女優やミュージシャンに

なるだろう、きっと……


 女性を見ることに自信のある竜太郎は、気分よく酔いながらそう思う。


「竜さん、おれは特別に何も良いことなんかしてないじゃないですか、

おれなんか、7歳も年上の竜さんから見れば、生意気なだけの、

世間知らずのただの若僧ですよ。あはは」


 信也がそういって、ちょっと照れながら、シャンパンを飲み干す。


「しんちゃんは、ゴマするわけでもなく、言いたいことをいってくれるから、

それがいいんだよ。おれもこれまで、まわりがイエスマンばかりで、

まあ、人のせいにはできないのだけど、天狗(てんぐ)というか、

裸の王様になっていたんだから。あっはは。人生って、いくら歳とったって、

わかっているつもりで、わからないことはあるんだし、気づかないことは

あるんだよね。最近では、もっと自己変革させて、変えていこうかって思うよ。

お金や地位があるからって、偉そうにしてはいられないよね。あっはは」


「それはそうかもしれないけど。自己変革ですかあ。おれもしなくちゃ」


 そういうと、信也は、竜太郎と初めて会ったころの、自分を優れていると

思って人を軽く見るような、高慢(こうまん)さがなくなっていることを、

嬉(うれ)しく思う。


「わたしがいうのも、生意気でしょうけど、竜さんも幸平さん信ちゃんも、

なかなかいない紳士で、素敵な男性よね」


 大沢詩織(おおさわしおり)が、独り言のようにそういう。


「え、詩織ちゃん、紳士って、上品だったり、教養があったり、礼儀正しかったり

する、いわゆるジェントルマンってことですよね。ありがとうございます!」


 新井幸平は、素直に、そういって喜(よろこ)んだ。


 そんなテンポのいい会話に、みんなはわらった。


「しかし、紳士なんていわれると、嬉(うれ)しいですよね。つい、

かっこつけて、自己変革なんていってしまったけど。

でも、本音(ほんね)をいえば、ただ、好きなことやって、

快楽を追求しているっていうのが、おれなんだけどね。あはは。

ただ、交通違反はめんどうなだけで、ルール(規則)や

マナー(礼儀)を守っているというだけですよ」


 竜太郎は、詩織(しおり)や美結(みゆ)や麻由美(まゆみ)と

目を合わせながら、上機嫌でそういた。


「でも、竜さんの会社のお仕事って、ひとことでいえば、お客さまに

快楽を提供するお仕事ですよね!わたしのモデルやタレントの

仕事にしても、快楽を提供する、エンターテイメント(娯楽)のお仕事

ですものね。わたしって、あたりまえのことをいって、おかしいわよね」


 秋川麻由美はそういって、わらう。みんなもわらった。


「おかしくないですよ。麻由美ちゃん。そういわれてみると、

世の中の会社っていうか、仕事って、快楽を提供する

仕事が多いかな?生きることの本質は快楽の追求なのかな?

そういえば、おれの何より好きなエッチなことも快楽だしね」


 竜太郎のそんな軽い会話に、みんなはわらった。


「でも、竜さんのよくいっているように、単純に考えれば、

みんなが快楽を満足させてゆけば、心も身体(からだ)も

満(み)たされて、世界の平和にもつながるかもしれないですよね。

そのためには、地球環境を壊(こわ)さないことや、他者の迷惑に

ならないこととかの倫理や道徳も欠かせないでしょうけど」


 信也がそういう。


「そうですよね。快楽的に生きることは、正しいと、ぼくも思います」


 幸平もそういった。


「そうよね。エッチなことって、すぐ不真面目とか不道徳とか、

タブー視されちゃうわけですけど、地球環境は壊さないもんね。

それに、ふたりの合意でするものですよね。ひとりでするときも

ありますけど。あっはは。でも、他人の迷惑にならないんだから、

とても平和なことよね、エッチって」


 シャンパンに酔っている麻由美は、生ハムをつまみながら、そう語る。


「性的なことを低俗的に扱うのって、なぜなんだろうね」と幸平。


「そうだよね。人生や幸福や不幸を、性的なことが、左右したりすることも

多いのにね。それをタブー視して、隠すのって、不思議なとこあるね」

と信也。


「まあ、どこかの世界的な宗教の教えとかで、エッチな行為を禁止していたりね、

そういった権力的なものが、エッチを悪い行為として、隠蔽(いんぺい)したり

禁止したりするんだろうね。でも仏教の理趣経なんて、エッチは清浄

(せいじょう)な行為で、悟りの極致というか、悟りの境地といっているから、

おおらかでいいよね。もっとも、エッチな欲望を自(みずか)らコントロールできる

境地に達するにはそれなりの努力や経験とか必要なんだよね。

ただ簡単に知識的な理解をしたところで、それだけでは、悟りの境地にまで

達するということが無理なのは、当たり前だろうけどね。しかし、

エッチな行為を清浄といってのけているとは、画期的だよね!あっはは」


 そういって、高層ビルの立ち並ぶ夜景を眺めながら、竜太郎はわらった。


「理趣経ですか。空海が中国から持って帰ったという極秘の経典ですよね。

あれは、いいですよね、おれも好きです。その極秘の経典が簡単に

読めるんだから、現代人は幸せかもしれないですよね」


 そういって信也は明るくわらうと、みんなも声を出してわらった。


 店のスタッフの女性が、たっぷりの華(はな)やかな苺(いちご)、

しっとりしたスポンジと、濃厚なクリームの、パティシエ特性の

ケーキを運んできた。


「かわいいケーキ!」


「おいしそう!」


 ケーキの白い板チョコには、チョコレートで、Happy Birthday

(ハッピー・バースデー)とメッセージが書かれてある。


 スタッフの女性は、気持ちをゆったりとしてくれる笑顔で、

手際よくケーキを人数分に、小皿にとって、みんなに分(わ)けた。


≪つづく≫ --- 38話 おわり ---

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