第30話 清原美咲 と 新井幸平 の デート

2014年、1月26日、日曜日のちょうど、正午。


風向は、北北西、

気温は15度くらいの、よく晴れた空である。


清原美咲 と

新井幸平は、

自家焙煎珈琲屋の

カフェ・ユーズ(cafe use)で、待ち合わせをした。


カフェ・ユーズ(cafe use)は、下北沢駅・北口を降りて、

歩いて 5分、コンビニのローソンの 十字路を

左に曲がった、一番街 商店街内にある カフェで、

世田谷区 北沢の 3丁目にある。


店の幅1メートルほどのドアには、濃い青の、

無地の暖簾が かかっている。

店の両隣(りょうどなりには、時計店と 酒店がある。


店内には、オーナー、自ら、買い付けた

古木が使かわれている。


そんな古木のぬくもりに包まれた、

温かみのある、禁煙の店内の

カウンター席とテーブル席では、

静かに、ゆっくりと、世界トップレベルのコーヒーや、

評判の おいしい自家製スイーツを楽しめる。


新井幸平は、テーブル席で、ラフな

テラード・ジャケットにジーンズという服装で、

清原美咲 を待っている。


「幸くん、おひさしぶり!」


キャメル(camel=ラクダ色)の ウールの ロングコート、

ワインカラーのプリーツ(ひだつき)・ロング・スカート、

そんなファッションで、清原美咲は 現れる。


店内のカウンターにいる、20歳くらいの

男女2組のカップルが、人目を引く、美咲の姿に、

ちょっと振り向く。


「美咲さんも、お元気ですか?」


「うん、元気よ。幸くんも、お元気そうね!」


「ええ、絶好調ですよ」


清原美咲と 新井幸平は、テーブル席で

向かい合うと、声を出してわらう。


ふたりは、慶応大学の学生だったときの、

合唱サークルの仲間であった。


合唱サークルは、混声合唱団・楽友会という名称で、

合唱音楽を愛好する学生たちの交流の場であった。


戦後、間もない頃に創立されて、60年の歴史もあり、

入学式などの大学行事で歌ったり、

毎年12月に行われる、定期演奏会に向て、日々、

練習をしていた。


団員の半分以上が、合唱の初心者として、

入団している。清原美咲も 新井幸平も、

入団当時は、合唱の経験のない、初心者であった。


清原美咲は、1989年6月6日生まれ、

24歳。身長、164センチ。妹の美樹より、6センチ髙い。

法学部の卒業で、司法試験にも、2013年に合格して、

現在は、弁護士として、父の 法律 事務所に勤めている。


新井幸平は、1991年3月16日生まれで、

22歳。身長、176センチ。

商学部の卒業で、現在は、東証1部上場の、父の経営する会社、

エターナル(eternal)の、M&A事業部で、企業の合併、買収 の

仕事をしている。


最近まで、幸平は、サービス業が主体という、

事業の形態が似ている、株式会社・モリカワとの、

M&A(買収、合併)の、プロジェクト(事業計画)を 進めていた。


その成約に向けての、モリカワとの ディール

(deal=交渉、取引)は、新井幸平と、M&A事業部の

ベテランのふたりが中心となっていた。


しかし、エターナル(eternal)の社長たちの描いていた

当初のシナリオどおりに、M&Aは 実現できなかったのだ。


「美咲さんも、ご存じのように、モリカワさんとの今回の件は、

ぼくも、ちょっと、参りましたよ。ギブアップでした。

あっはっは」


幸平は、そう いい終ると、

ファイヤーキングのグリーン色のマグカップに入っている、

この店、カフェ・ユーズ(cafe use)自慢の、

スペシャリティ・コーヒーを、おいしそうに飲む。

ファイヤーキングとは、耐熱ガラス容器の有名ブランドだ。


「私の立場からは、何と言って、幸くんを、

励ますことができるのかしら。わからないわ」


「いいんです。こうやって、ぼくにお会いしてくれるだけで。

美咲さんと、二人でいられる、貴重なこの時間だけで、

ぼくは、十分に、励まされますし、

元気が出ますから」


「幸くんってば、まだ、わたしなんかのことを、

そんなに思っていてくれているの?」


「ぼくにとっては、美咲さんは、永遠の理想の女性

なんですから・・・」


「またまた、そんなことをいって・・・。

幸くんが、いろんな女の子と 噂が

あったりするのは、もう十分すぎるほど、

わたしも知っているわよ。

わたし以外の女の子にも、永遠の理想の女性なんて、

きっといっているだろうなって、つい、想像しちゃうわ」


「ぼくは そんな 軽い男じゃないですよ。あっはは・・・」


「そうかな。まあ、幸くんは、かっこよくて、イケメンだし、

女性からの支持率が高いのは、

わたしも十分に理解できるけどね。慶応大学でも、

女の子たちは、口に出さないけれど、こっそりと、

あなたをマークしていることが多かったもの・・・」


「あっはっは。ぼくがモテたのも、おやじが、大会社の

社長で、金持ちだったからという、そんな欲望が

混じった、不純な、それだけの魅力なんですよ。

ぼくは、いまでも、一応、不純は嫌いです。

純粋に生きたいと思っています。

これも、美咲さんに教わった 生き方ですけど」


「うふふ。幸くんも、ロマンチスト(夢想家・理想主義者)

なんだわ。わたしもだけど。

わたしの場合は、天然ボケの入っている、ロマンチストだけど、

あなたは・・・、常識にとらわれない、芸術家タイプの、

ロマンチストなんだわ、きっと。うふふ・・・」


「あっはっは。そのとおりかも、ですね。たぶん、ぼくって、

変わっているんですよ」


「そんなことはないわよ。わたしは、幸くんのそんな性格は、

好きだし。いつも、応援しているんだから・・・」


「ありがとうございます。美咲さんとは、最良のパートナーに

なれると、信じていたんですけどね。

いまも、ぼくは、それを信じているんですよ。美咲さん」


「よく、恋は盲目っていうよね。1度、好きなると、

好きな人の欠点も、美点というか、長所というか、

その好きな人の魅力に見えちゃうのよ。

それって、ある意味では、怖いことよね。

わたしって、そんなふうに、恋愛については、

悪いほうに考える、マイナス思考をするから、

くじけやすいし、行動の前に、尻込み

してしまうんだわ。

だから、いつも、好きな気持ちは強くても、

最初の一歩が、なかなか踏み出せないのよ・・・」


「そうなんだ。ぼくには、美咲さんのような、

ネガティブ(否定的 ・ 消極的)な気持ちって、

ほとんどないなあ。それが勇み足となって、

失敗したりするんだろうけど。ははは」


「あなたは、何事にも、ポジティブ(積極的)なんだし、

オプティミズム(楽天的)なんだから、

どんな失敗をしても、それを教訓にできるし、

きっと、なんでも乗り越えてゆけるわよ」


「美咲さんに、そういわれると、すごくうれしいです。

元気が出ます」


「そうなんだ。わたしって、そんな、存在感あるのかな?

幸平くんには、わたしなんかよりも、

元気にしてくれる女の子が、いっぱいいても、

おかしくないのにね!」


「ははは。そうかもしれないですけどね。

ぼくには、自分でもよくわかりませんけど、

美咲さんに対する特別な思いがあるんですよ。

そんなわけで、ほかのどんな女の子でも、

ぼくの心の中にいる、美咲さんの代役というか、

美咲さんの代わりを、務めることが

できないんですよ。

いまのところ、どんなに仲良くなっている

女の子でもね。あっはは」


「そうなんだ。幸くんも、はやく、そんな

叶わない恋なんかからは、

目が覚めることを、私は願っているわ。

このままじゃ、まるで、哀しい恋の、

歌の世界みたいじゃないの!」


「それもそうですよね。そういえば、

美咲さんが おつきあいしているって

いっていた、清原法律事務所の、

岩田圭吾さんにお会いしましたよ。

とても思いやりのある、やさしい、すてきな方でした。

今回のモリカワさんとのM&A(買収、合併)では、

モリカワの顧問弁護士の清原法律事務所にも、

ご協力いただいて、交渉を進めてきたのですが、

何度も、岩田圭吾さんには

お世話いただいたんです。

岩田さん、ぼくよりもちょっと背も高いんですね」


「そうね、幸平くんより、2センチくらい高かったかしら」


美咲は、店の自家製の、しっとりとした チーズケーキを

おいしそうに味わいながら、

そういって、微笑む。


「コーヒーも おいしいけど。チーズケーキの、

やわらかさとか、甘味って、絶品よね」


「うん、すげー、うまいよね。そうか、2センチかあ・・・。

あと、ぼくも2センチ、欲しかったな!

あと2センチあったら、美咲さんと、うまくいっていたかも!」


そのあと、ちょっと 会話に 間があいて、なぜか、

それが、とても おかしくなって、ふたりは声を出してわらった。


美咲と交際している、岩田圭吾は、

1984年2月5日生まれ。29歳。

美咲の父の、清原法律事務所に所属している

弁護士であった。


店のカウンター内では、ちょっと 硬派で タフな感じのマスターが

丁寧に コーヒーを 一杯ずつ、淹れている。

店内には、ゆたかな風味の コーヒーの 香りが 漂う。


壁には、いくつもの、ランタンと呼ばれる手提げの

ランプの、電気の明かりが 灯っている。


「美咲さん、おれ、クルマを買ったんです。フォルクスワーゲン

(VW)の新型車のゴルフなんですけどね」


「すごいじゃない。サザンの桑田さんが、CMしているのでしょ。

色は何色なの?」


「ブルーです。・・・美咲さん、ちょっと、いっしょに

ドライブしてくれませんか?ちょっとだけでいいんですけど。

クルマは、近くの駐車場にあるんですけど・・・」


「いいわよ」


清原美咲 と 新井幸平は、誰が見ても 羨む

カップルのような雰囲気で 店を出た。


≪つづく≫--- 30話 おわり  ---

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