第29話 モリカワに、M&A(合併、買収)の危機!

2014年 1月20日 月曜日。

風は東に向かって、そよいでいて、

よく晴れているが、気温は10度ほどだった。


下北沢駅南口から、すぐそばにある

マクドナルドの角を、左折して、

東に 5分も歩くと、モリカワの本社がある。


モリカワの会議室は、10坪33平方メートルほどで、

畳にすると、20畳ほどである。


会議用のテーブルが、コの字に配置されて、

正面の南の窓側には、

横幅、2メートルの大型ディスプレイがあった。


午前10時。モリカワの社内会議が始まるところであった。


「 おはようございます。ただいまから、社内会議を

はじめさせていただきます。よろしくお願いいたします」


そういって、微笑むのは、本部

の主任で、司会の 市川真帆である。

真帆は、1988年生まれで、4月5日で、26歳になる。


この会議の席上にいる 本部・部長の村上隼人

(むらかみはやと)と真帆は、社内のみんなに

祝福されるような、さわやかな 交際をしている。

村上隼人は、1982年生まれ、10月6日で、32歳である。


幅2メートルの 大型ディスプレイには、会社の目標や

企業理念が、映っている。


会議の出席者は、社長の森川誠、

その弟の副社長の森川学、

社長の長男で、課長の森川良、

良の弟の課長の森川純、

森川純の大学からの友人で、ロックバンド・クラッシュ・ビートの、

課長の、川口信也、岡村明、高田翔太たち、

全店の統括・シェフ(料理長)の宮田俊介、

副統括・シェフの北沢奏人、

いかに、IT(情報技術)の活用や、そのプログラミング、

その保守・運用・メンテナンスなどをする

コンサルティング・ファーム・部長の岩崎健太、

本部・部長の村上隼人、

そして、本部・主任の市川真帆の、12人であった。


「それでは、社長、お願いいたします」と、森川誠を見て、

ほほえむと、真帆は 着席する。


「みなさんの、日ごろのみなさんのがんばりと努力で、

会社の業績も順調に伸びていまして、

このディスプレイのグラフのとおりであります。

ほんとうに、ありがとうございます」


といって、満面の笑顔で、森川誠が話を始めた。


「2013年 12月の本決算は、売上高 365億30百万円、

営業利益 70億4500万円、純利益 25億9900万円、

純資産 167億7700万円、総資産 551億500万円、

従業員数 755人、であります。


このように、前年度と比べても、売上高だけでも、

30%を超える、順調な業績の推移でありまして、

今年の2014年度の本決算に向けては、

大いなる躍進が期待できそうな状況です。


特にですね。わが社の経営理念に基礎をおいた、

いわば、会社本来の理想の姿を追求した形の、

経営理念をよりどころにして、みんなでがんばってきた、

その結果が、このような立派な数字になって

表れているのだと思ってます」


そこまで、森川誠が話をすると、みんなからは、

自然と拍手がわきおこる。


「わたしの若い時からの持論は、機会のあるたびに、

お話してますが、働くばかりでは、

ダメだということなんです。ちゃんとした休養が

取れてこそ、人間らしい生活だし人生だってことなんです。

質のいい仕事も、質のいいサービスも、

そして質のいい商品も、ちゃんとした休養をとって、

社員のみんなが、いつも元気で、

仕事に情熱をかたむけて、がんばれる状態で、

初めて実現できるのです。


わが社は、みなさんもよくご存じのように、

昨年からは、ブラック企業ではない、ホワイト企業という

イメージで、世間やマスコミの注目されています。

わが社の主体は、サービス業です。

そして、この業界は、1日の労働時間が、15、16時間

なんていうことが、現実には、とても多いんです。

業界全体が、ブラック企業化しているような現状なんです。


わたしは子供のころから、この下北沢の商店街で、

いまは天国ですが、働き者のおばあちゃんが、

小さな喫茶店を、ひとりでやっているのを見てましたから、

商売人は、起きてから寝るときまで、働きつづけるのが、

あたりまえにくらいに思っていたのですけどね。


しかし、15歳くらいになった時には、人間らしい生活って

いうものは、しっかりと休んで、遊んで、英気を養って、

それで、勉強や仕事をするもんだっていう、

信念に変わっていったんです。


わたしも、高校を卒業して、洋菓子の店に

修行に行っていたころの3年くらいは、

毎日が15時間労働くらいをしてました。

そのあと、おばあちゃんの店を継いで、

そこを改装して、洋菓子と喫茶の店を始めて、

現在のモリカワに至るんですけどね。


まあ、ですから、わたしにいわせれば、長時間労働を

してもらうということは、お金だけで解決できる問題

ではないのですよね。会社が、健康を害するような、

長時間労働を要求するようなことは、まるで、

牛から乳をしぼりとるように、必要労働時間以上に働かせ、

そこから発生する剰余労働の生産物を、

無償で取得するようなもので、

労働搾取というべきものなんです。


資本家は、ちゃかっりと、労働者に払うべきものを、

ちゃんと、払わないで、やっぱり、結果としては、

その対価を、全部、資本家が蓄えてしまう

ということなんですよね。

労働者に支払われたものが、

労働の対価といえるのかどうかの判断は、実際には、

なかなか難しいものがありますけどね。


早い話が、長時間労働をやめればいいんですよ。


わたしは、この胸が苦しくなって、つらくなるばかりなので、

わが社からは、長時間労働や、残業を、

全面的に廃止する方針でいます。


もちろん、みなさんにとっては、残業による収入には、

それなりの魅力があることもわかっていますから、

残業などしなくても、

残業代となるべき、その余ったお金は、

ちゃんと、ボーナスで、お支払するのです。


昨年度は、経営方針どおり、ほぼ100%の、

有給休暇・消化率が達成できました。

今年も、有給休暇の完全消化の体制でまいります。


この、お給料がもらえる休みの、有給休暇もですね、

調査した24か国で最下位なんです、日本が。

情けない、お話ですよね」


社長の、しょげた顔に、みんなはわらった。


横幅、2メートルの大型ディスプレイには、

世界の有給休暇・消化率のランキングが表れる。


ブラジル 100% フランス 100% ドイツ 97% 

スペイン 87% オランダ 84% オーストラリア 75%

インド 75% アメリカ 71% 日本 39%


2013年エクスペディア調べ。Expediaは、

世界24カ国でサイトを開設する世界最大の旅行予約サイト。


「わが社では、まだ、完全週休2日制ですが、

完全週休3日制を、目標にして、その達成に向かって

ゆきます。


この目標の達成には、このイラストにあるように、

各現場の業務量と、人手を、

常に把握すること、そのための

各部門の責任者が、常に業務に関する情報を

共有することなどが、基本となるわけです。


会社は、休むことに対して、全面支援してゆきます。

社員のみなさんには、いっぱい休んでいただいて、

そして、仕事も、がんばっていただいて、

仕事の効率や質を高めるための、改善案なども、

どんどん、出していただくという形で、

好循環を、サイクルとしていく!

そこに、わが社の発展とみなさんの幸福もあると、

確信しています。


それに、労働時間の短縮と、休みの増加は、

少子化対策、過労死やうつ病の対策、

女性の進出やわが社の全社員の正社員化、

業績の躍進に、高価があると確信しています。


休みは、社員にとっては、自己研さんだし、会社には、

イノベーション(革新)の源泉なんですよ。


休む力で、社員も会社もハッピーで、チーム力もアップ!

みなさんのご協力とご理解をお願いします!」


社長の森川誠がそういうと、副社長の森川学を

はじめとして、みんなからの、

笑顔と拍手に、会議室はつつまれた。


「それと、このお話もしておかなければならないのですが。

みなさんも、すでにご存じかと思いますが、

わが社と、全面的な合併をしたいという話が、

昨年の12月に、東証1部上場の会社の

エターナル(eternal)からあったのですが、

このお話は完全にお断(ことわりしました。


エターナルっていう英語は、永遠の、とか、

不滅の、てっいう、形容詞ですから、

これで、合併すれば、モリカワも、不滅で、

永遠に存続できるのかなと、わたしも、

ちょっと、心が揺れましたけどね」


そういう社長に、みんながわらった。


「合併といいましても、モリカワノの株式を、

全部買い付けるという、好意的な形の買収なのですが、

はじめは、総額600億で、話は進んでいたのですが、

次に、700億になったんですよ。でも、お断りしました。


エターナルさんと、モリカワでは、経営の仕方というか、

経営方針でも、おたがいに、かなり違いますから、あとあと、

問題多発で、うまくいかないだろうなと判断したんです。


わたしも、大金に、目がくらんで、夜は寝つけない日々が

つづきましたけどね。一生、遊んで暮らせるお金が、

転がりこんでくいる、めったにないお話ですからね」


そういうと、社長は、いつもの大笑いを、はじめてする。


ロックバンド・クラッシュ・ビートの、課長の、

川口信也、岡村明、高田翔太たちは、愉快そうに

大笑いをする。ほかのみんなもわらった。


「エターナルさんの社長の御曹司の、

新井幸平くんは、エターナルの

M&A事業部の担当で、去年、大学を卒業したばかりで、

新井幸平くんと、M&A事業部のベテランの

男性とのお二人と、3回の、合併の交渉を

したわけですが、新井幸平くんは、

なかなかの好男子で、人の心をつかむのが上手で、

ついつい、彼のペースで、合併話が成立する一歩手前まで

いったんですよ。しかし、初心の起業家精神とかをですね、

忘れてはいけないとか、思い直して、お断りしたんです」


「危ないところだったんだな・・・」と、社長の話を聞きながら、

川口信也は、ちょっと、冷や汗のようなものを感じた。


社長の髭に、ぼんやり目をやりながら、信也は、

頭の中に、次のような、思いがめぐっては 消えていく。


・・・うちの社長が、現代稀に見る正義の味方なら、

エターナルって会社は、マスコミやインターネットでも、

長時間労働をさせるブラック企業という汚名を

つけられているのに、巨大な企業ということもあって、

そんなことは、痛くも、かゆくもないんだからな・・・。


・・・そういえば、エターナルのたぶん二代目になる、

御曹司の新井幸平は、

1991年生まれで、去年、慶応を卒業して、

おれより1つ年下だけど、社交性はあるヤツで、

悪くいえば、口八丁 手八丁で、

12月にあった、TOP 5入り・祝賀パーティーや、

この1月の、モリカワの 新春 パーティーにも来ていて、

それも合併の仕事のためだったのだろうけど、

おれたちの クラッシュ・ビートやグレイス・ガールズの

大ファンとかいって、おれにも話しかけてきたりして、

にくめないヤツだけど、調子もいいよな。

まあ、今回の合併の話は、失敗して良かった!

アイツがおれの上司になったりしったら、最悪だぁ・・・


≪つづく≫  --- 29話おわり ーーー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る