第631話大蔵卿ばかり耳さとき人はなし

清少納言先生:今日は、大蔵卿藤原正光様のお話です。

舞夢    :了解しました。訳をしてみます。


大蔵卿ほど、耳さとい人はありません。

まるで、蚊のまつ毛が落ちる音まで聞きとってしまうくらいでした。

その彼が職の御曹司の西面に住んでいた頃で、左大臣道長様の御養子になられた直後の源成信中将が宿直をなさっておられたので、お相手をしていたのですが、そばにいた女房が、

「この成信の中将様に扇の絵のことを、おっしゃってください」とささやいてきました。

私(清少納言)は、

「もうすこししたら、あの大蔵卿のお方がお帰りになられてから」

と、本当に小さな声で耳打ちをしたのです。

しかし、その女房は、私の声を聞き取れなくて、

「何とおっしゃいました?何と?」

と、耳をまた傾けてくる状態であったのに、

かの大蔵卿は遠くに座っているにもかかわらず

「気に入りませんね、そういうことを言われるのなら、今日は帰りません」

とおっしゃるのです。

本当に、どうしてあんな小さな声を聞き取られたのでしょうか、あきれるしかありませんでした。


清少納言先生:はい、お疲れ様。

舞夢    :人気者の成信様へのジェラシーでしょうか。

清少納言先生:それも、あるかなあ。でもね、耳に入る音で判断することも大事なの、あの時代はね。

舞夢    :衣擦れの音で、衣服の新旧を判断し、身分まで類推する時代ですか。

清少納言先生:そういう感性が、宮勤めには必要になるのです。


※なかなか、神経を使わざる負えない当時の宮廷社会が、わかるような一文である。


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