第28話 便利屋⑹

 動きやすい服に着替えて向かった俺は、入口からそのすぐそばにある山積みにされた木材のところに移動し、動向を窺っていた。使われることなくそのまま残されてるであろう木材は、相手の視界を遮るように横向きに置いてあった。

 移動したのは、より状況を把握するため。男子学生を照らすために使ってるライト数本と天井にあいた結構大きな穴から差し込む月明かりぐらいしか明かりはなく、頼りになるものがない。少しでも情報は得ておきたい。それで戦況は大きく変わる。


「30人ってのに、間違いはなさそうだな」


 黒服の男やらチンピラやらヤンキーっぽいヤツらやらをざっと数え、マッドから聞いていたことを繰り返すように俺は呟いた。

 「でしょ」マッドが続けた。

 「ほら」探偵が返答する。


「スーツ姿の奴らはどこの組だ?」


 「分からん」探偵が返答。

 「分かんない」続くマッド。


「……真面目に答えろ」


「「真面目だよ」」


 ったく……まあ別にどうでもいいか。どちらにしろ結果には変わりないしな。


「確認だが、あの内の誰かがミツヤってことで間違いはないんだな?」


 ズボンを履いてる格好からして、縄でくくりつけられてるのが男子学生だってのはすぐに分かった。だから確認を取る。


「うん、1番右端の子がそう呼ばれてた。で、彼らはジャンピングの製造と販売をしてる」


 マッドは応える。


「相手はヤクザにヤンキー等々、悪いですよ~な輩がわんさかいやがる。俺と戦えないマッドだけじゃ流石に……」


 そう話す探偵を「人聞きの悪いこと言わないでよ」とマッドが遮る。


「ハジメ君やリュー君みたいに肉弾戦が無理って言ってるだけ。戦えないわけじゃないの」


 「この状況においては意味合いほぼ変わんなくねぇか?」探偵は続ける。


「変わる変わる、大きく変わる」


「……まあ、とにかく2人だけじゃ足りなさそうだから、お前を呼んだんだ」


 反論をやめて話を切り替えた探偵に「まあってなに?」としつこく続けるマッド。そんな2人の会話を俺は「ちょっと待て」とぶった切る。そんなこと、どうでもよかった。


 「今、2人って言ったか?」俺は確認する。


「いや、なんかあった時に応急的に出られるのが2人って意味で、警察はマッドがもう呼んで——マッド、なんでそんな顔してる?」


「ハジメ君……言ってくれなかったの?」


 「……マジか」ため息まじりの探偵。


「だって、ハジメ君には田荘君がいるでしょ!? だから色々とそのほうがいいかなって思ったんだよ」


「色々ってなんだよ」


「色々は……色々だよっ!」


「ここで言い合いしてても仕方ねえだろ。向こう見てみろ」


 探偵とマッドは言い合いをやめて、木材から顔を上げた。

 「何か……始まるみたいだな」探偵が呟くと「いよいよな感じがする……不穏だね」とマッドが続く。

 男らの手には、マッドから聞いた物騒な拷問器具を持ってたり、その他にも糸のこっぽいのもちらりと。脅しなのか本気なのか分からないが、どちらにせよ危ねぇのには間違いない。

 もしこのままボケっと見てて、ミツヤかもしれねぇ奴に死なれたり意識不明になられたりでもしたら、また遠ざかる。それに、後味も悪りぃ。あと少しで真相に近づけるってのに、これ以上はまっぴらゴメンだ。


「とりあえず、今から呼んでも遅い。行くぞ」


「その前に」探偵が呼び止める。


「なんだ」タイミングが悪い。


「それ、なんだ」


「あ?」それ??


「これ」


 探偵は口元をさしてきた。俺は触れる。妙な感触が指先に伝わってきた。


「つけ髭だよな」


「ああ」


 俺は剥がす。すっかり忘れていた。


「なんでそんなもん付けてんだよ」


 探偵は口角に笑みをためた。こんな笑顔の時は得することなどない。


「気にすんな」話題に触れるな、という想いも込めて、その場に投げ捨てる。


 それじゃあ改めて。「行く……」


「ちょっと待って」


 今度はマッド。ポケットに突っ込みながら止めてきた。


「んだよ、お前もか」


「まあまあそう仰らず」


 布製の何かを取り出し「はい」と渡してきた。上部に2つ、その間かつ少し下がった部分に1つの穴があった。3つで三角を描いている。その典型的なフォルムに見覚えがあった。


「これは、何に使うんだ?」


「決まってんだろ? こうすんだよ」


 俺が来る前にはもう貰っていたのだろう。見ると、既に被り終えてた探偵がいた。


 「お前……恥ってもんはねぇのか?」躊躇なく被った探偵に訊く。


「ちょっとぉ! 人の親切心を恥扱いしないでくれる? 気を利かせて用意したんだから」


 同じく被り終えたマッドが苦言を呈す。


「気を?」


「相手がヤクザだったらどうするのさ? カタギが素顔晒して喧嘩売るなんてさ……ぼく、報復受けるのヤだよ」


 「俺も激しく同意しまーす」探偵も木材から出ないよう小さく挙手。


「だけどよ……」


「確かにリュー君はヤクザに喧嘩売っても怖くないかもだけど、実際のところこれくらいの変装はしておいたほうがいいって。素顔隠しておいて、損することはないでしょ」


 ったく……

 やけくそ半分に俺は被る。髪が中で変な形になってしまった感覚があったが、もうそんなのは今どうでもよかった。


「ほらっ、これでいいか?」


 何故か沈黙。


 「……プッ」主は探偵。


「あ?」


「あのね……うん、予想以上にとてもお似合いで——ブゥッ!」


 この野郎、吹き出しやがった。それも思いっきり。

 探偵は笑うのを必死に堪えようと手で口を覆い抑えようとするが、効果はあまり見られず、小刻みに揺れ指の隙間から息が漏れ出してる。


「まずはお前からやってやろうか?」


 俺は指を鳴らす。


「おうおうおう、相変わらず怖いね」


 「ちょっとぉ! ここで喧嘩してどーすんのさ? それを向ける矛先はあっちだよ」仲裁に入りながら向こうの連中を指差すマッド。


「知るか。バカにする奴は全員、俺の敵だ」


「そんなこと言ったら、この世の中敵だらけに……あっ、あっちは敵でしょ? あっちもハジメ君を敵だと思うはずだよね? つまり、敵の敵は味方理論で言ったら、2人は味方同士!」


「自信満々に言ってっけど、意味がよく分かんねぇ。それに探偵を敵にすりゃ、奴らが味方になる」


「いいからいいから」


 適当だな、まったく……

 こんなんでよく、色んなもんを発明できるよな。


「とりあえず今は、目の前のことに集中しよ? ね?」


 ハァ……


「じゃあ行く」


 「待って」またしてもポケットに突っ込み、「その前に、リュー君に是非ともこれを投げ込んで欲しいんだ」とポケットから棒状の何かを取り出すマッド。


「どこに?」


「あそこの、ライトで照らされてる水たまりのところなんだけど、見える?」


「見える」


 月明かりが差し込んでくる、あの穴から、雨が入り込んだんだろう。窪みでもあるのか、水たまりは広く円を描くように男子学生どもを囲んでいた。それはまるで、水までもが逃さぬようにも見えた。


「もしかして、そこにこれをか?」


 コクっと頷くマッド。


「ここの下の方にあるスイッチを押してから投げて。注意して欲しいのが、押したら絶対にこの持ってるゴム部分以外は触れないように」


 絶対……ね。


「なんでだ?」


「まあそれは投げてからのお楽しみ~」


 呑気なんもんだな、全く……

 なんで投げなきゃいけないのか、それになんの意味があるかは分からなかったが、投げろといったからには必ず何かしらの意味はあるんだろう。そう思い込ませ、俺は構える。


「成功させてね」


「へいへい」


 俺は腕を引き、力を込める。

 すると、「おいちょっと待て。もしかしてそれ……」と探偵が何か言おうとしたから、俺は顔を向ける。だが、「はいはい違うから静かに」と、すぐさま制止するマッド。


 「早く投げちゃって」マッドに促され、俺はボタンを押し、思いっきり投げた。

 弧を描きながら、棒状の何かは飛んでいく。それに気づいた何人かが向こうで「なんだ!?」と警戒し始めた。


 「ナイスっ」マッドは親指を立ててきた。


「どうも」


 で、着水。瞬間、雷が落ちたように激しい光が。けたたましいバチバチ音が倉庫中も鳴り響いた。

 そして、水たまりに足を入れていた人間が一斉に痙攣し、倒れた。中には断末魔的な叫び声を上げながら。一方、何名かの無事な連中は「どうした!?」や「何があった!?」と叫びながら辺りをキョロキョロしている。明らかにパニクってる。成る程な。敵を少なくしてからってのが投げた目的か……ん? 警察を呼ばなかったのってまさか故意じゃねえよな?


 「予想以上に、大、成功~」喜ぶマッド。「やっぱそうじゃん! 何一つ間違ってねぇじゃん!」叫ぶ探偵。


「そんな怒んないでって。もう一回使ってたやつだし、また作ってあげるから」


 探偵とマッドはこれから敵陣に行こうとしてる人間とは思えないほど、日常会話的やり取りをしていた。


 マッドは腕時計を見る。


「そろそろオッケー! 行っていいよ!!」


 何が行っていい、だよ。


 「警察呼んどけよ?」俺は目を見ながら人差し指で強調しておくと、「了解です」とマッドは敬礼する。


「んじゃ、行きますか」


 探偵の一言で、俺らは重い腰を上げた。




 生き残りの1人が俺らと目が合う。気づかれた——といってもそっちに向かってんだから時間の問題だが。


「なんだお前らっ!?」


 だが、暗さとパニックのおかげで、気づかれたのはだいぶ近づいてからだった。


「どっから出てきやがった!?」


 スーツ姿のヤクザが探偵に向かって右ストレートをかましてくる。だが、早くない。見切った探偵は左手で躱しながら、そのまま反時計に回転し、後ろ回し蹴りを腹に一発。相手は真横に吹っ飛ぶ。探偵お得意の足技で、まさに相手を一蹴。


 「コノヤロぉー!!」素早く視線を戻す。今度は俺に向かって、右手を引いて構えながらやってきた。

 構えながら来るからバレるんだよ。

 俺は右手が当たるよりも早く顎に掌底を一発。顔のパーツが手のひらにのめり込んだ感触を感じた直後、斜め上に勢いよく吹っ飛び、地面に叩きつけられる。


 「テメェー……」左から聞こえた。見ると、右手に中華包丁を持ったヤクザが。走ってきて、包丁を下に振る。体を横にして躱す。相手は慣れていた。素早く刃を横に向けまた振る。腹をへこませるようにギリギリで躱す。タイミングが計りづらくそのまま3度目、4度目も攻撃一方。5度目で左横に躱した時、ようやく隙が見えた。俺は右足で無防備だった脛を蹴る。

 相手は一瞬ひるむ。そのまま右手に周り、手首めがけて拳固を振り下ろす。相手は苦悶の表情をしながら、手首を軽く浮かせ、力のなくなった手から包丁を落とす。

 これで怖いものはねえ。

 軽く跳ねながら顔面に肘を打ち込む。鼻が潰れる感触が伝わる。そのまま、相手の後ろに足をつけ、体勢を整えてから、前へ払うように蹴り飛ばす。体は宙を浮き、後頭部から着水。


 「おらっ!」右を見ると、すぐそばにヤンキーが金属バットを振り上げている。

 振り下ろすタイミングを見て避け、片手でバットの打球部を掴み、もう一方の手で腹に向けて先端部を押す。グリップエンドがみぞおちにヒット。相手は、口から少量の唾を吐きながら、膝を落とす。

 邪魔だよ。

 俺は側頭部を押し倒す。水がはねる。


「ったく……」


 残りはあと——くっ!


 首に腕がかけられ、絞められる。後ろから忍び寄ってきていたのか、気づかなかった。スリーパーホールドを解こうとて抵抗するも、ガッチリと掴まれ、困難だった。少し息苦しくなる。


 だったらっ!


 俺は相手の足の甲を勢いよく踏む。「ぐぁっ」と声を出し、腕の締まりが緩む。俺は力込めて一気に解き、すぐさま振り返る。同時に、相手の胸ぐらを掴む。相手も抵抗しようと、俺の手首を掴んできた。


 ん?


 手に刻まれた火傷痕が目に入った。見覚えのある痕だ。


 これ、どっかで……あっ、思い出した。なんだこんなとこにいたのかよ。


 「あん時はどう」俺は胸ぐらを掴み、頭を引く。「もっ!」顔面を突く。骨にめり込む音と感触が伝わる。

 手を離し、後退する相手。

 見ると、鼻から血がポタポタと垂れている。赤い血は透明な水に落ち、染めることなく消えていく。

 「クソォッ!」と再び突進してくる。だが、感情に任せた見え見えの分かりやすい動き。

 伸びてくる腕。俺は素早く前進し、体を少しだけ屈み、そして両腕で掴む。そのまま体を伸ばしながら斜めに持ってくる。


 「おらぁあ!」力を込めて、相手を持ち上げ、投げ飛ばす。目の前の水たまりを飛沫あげながら滑っていく。ピクリとも動かなくなった。


 ふぅー……


 「どりゃっ、と」探偵の声が聞こえる。顔を上げて少し左を見ると、蹴りを躱されたのだろうか、髪の整った金髪の相手に片足を両手で掴まれていた。だがその掴み方だと探偵には甘い。まだ回転できる隙間はある。

 予想はすぐに的中。探偵は無事なもう片足で地面を蹴り回転しながら高く跳ね、膝を顔側面に入れた。頰の肉が歪む。脳震盪を起こしたのか、掴んでた手を離す金髪。そのまま、フラフラと後ろへ倒れ込んだ。

 勿論、探偵は体勢を空中で上手く整えながら、地面に着地。「はぁぁー」と言いながら手をパンパンと払う。


 これで全員か?


 ガタンッ、とどこからか音が聞こえる。俺はマッドのほうを見た。アイツは、いや違う違う、と言わんばかりに手を素早く横に振っている。辺りを見回す。で、気づいた。暗くて分からなかったが、どうやらもう1人いたみたいだ。


 俺は真っ直ぐに歩みを進める。「おーい」声を上げながら、俺の横になってくる探偵。「なんだ?」呼ぶ時に向けた顔が俺を見ていたから、さっきのおーいはマッドへじゃない。俺は歩みは止めずに訊いてみた。


「何人やった?」


「4人」


 「なんだよ同じかよ……」肩を落とす探偵。


「そんなん別にどうでもいいだろ」


「いやいや、1人に笑う奴は1人に泣くことになる」


「まず笑ってもいないし、泣くことも絶対ねえ」


 俺と探偵は歩みを止める。最後の1人の元に着いた。テーブルの近くの壁に背中をくっつけて立っている。膝はほんのわずかだがガクガクと震えている。その姿はまさに、恐怖に堪えている小動物かのよう。


 「お、お前ら一体、な、何者なんだ……」俺と探偵を交互に見ている。


 「誰?」探偵は俺に顔を向けてくる。

 「言うわけねぇだろ」俺は見ずに首を回す。


 正面を向き、「だそうです、残念ながら」と、探偵は答える。


 「んじゃ」探偵は少し前へ歩く。


「お前ら分かってんのか? 俺は屋白組若頭の石平いしだいらだぞ!」


 何か良からぬことをされるってのは察したのか、身を小さくしながら、ここぞとばかりに叫ぶ。


「おおよそ検討はついてたよ」


 探偵の一言に驚き、「は……えっ!?」と声を上げる。


「むしろ、ご丁寧に教えてくれてどうもって感じだ」


 ここまで聞いて驚かないのは、予想外だったのだろう。若頭は口をパクパクさせて、動揺をあらわにしている。


 俺は続ける。大方、ヤクザだろうってのは検討がついてた。ヤク・シャブあればヤクザ群がる——それが世の常ってもんだしな。

 あくまでそれがすぐに確定的になっただけのこと。俺らにとっては、調べる手間省いてくれてどうもって感じだ。


 「テ、テメーらがどこの誰か知らねぇけどな……」動揺を隠しながら若頭は続ける。


「必ず見つけ出して、今日ここでしたことを心の底から後悔させてやる。お前らだけじゃない。お前らの家族、友人、恋人、隣に住む人間までお前らと少しでも繋がりのあれば必ず」


 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっといいか?」探偵が遮る。

 「あ?」油断したように眉を上げる若頭。


 「要点は短く」探偵は若頭の肩を掴んで引き寄せ、「ね」と膝をみぞおちへ振り上げた。


 「うっ」と喉から搾り出したような小さな声を上げ、糸が切れたように下から順に地面へ落ちていった。すやすや眠りやがった。


「そろそろお前がキレるかなって思って、やっといた」


 「気遣いどうも」俺は珍しく気を使った探偵に礼を言う。常套句しかないような脅迫を永遠に聞かなきゃいけないのは苦痛極まりない。


「ま、何はともあれこれで5だから、勝者は俺な~」


 なんだろうか……こんなの別にどうでもいいんだが、よかったはずなんだが、スゲェー腹立つ。


「だ、誰かいるのか!?」


 「あっ、忘れてた」探偵が振り返り、少し小走りに。俺も同じく、忘れてた。


「た、助けて——助けて、下さいっ!」


 中央で必死に縄を解こうとする高校生たちに近づき、探偵はまず1番右端の奴、つまりミツヤの袋を取った。


 「あっ、お前……」俺の思わず漏れた一言に、ミツヤも気づいたのだろう。ハッとして顔を隠すようにそらした。


 そうか。だから、あの火傷のやつもここに……


「あん時の『忘れんなよ』って、ジャンピングのことだったんだな」


 俺の言葉に苦々しく口を曲げるミツヤ。


 そんじゃ、洗いざらい話してもらうとしますか。

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