第17話 水橋⑷

 急に怖くなってきた。


 いつもとは違う夜の学校。それは光っているのが非常口の緑と白のパネルだけで、暗さを感じるからとかじゃない。それ以上に廊下やら玄関やらを包んでいる全体の雰囲気が圧倒的に昼間と異なっている。まるで昼は表の顔を見せている学校が、夜になって裏の本性を出しているかのような、そんな感じ。

 壁のシミ1つ取ってみても、昼間見てる時は何とも思わないのに、今見てみるとまるで何か得体の知れないものが訴えかけてきているかのように見えてしまうほど違う。絶対そう見えてるだけだっていうのは分かってるんだけどね。あっ、小さい頃から夜の学校は怖いっていうイメージがテレビなり本なりで植えつけられているからなのかも。

 ていうか、なんで学校に向かう道中で思わなかったんだろう……それくらい意気込んでたのかな? 恐怖よりも犯人確保が勝ってたってことなのかな?


「女子更衣室は3階だよね?」


「えっ? あっ、はい」

 頭の中でグルグルと色んな考えが巡っている最中に話しかけられて、少し迷いながら私は返した。


 「了解」先生はスマホの背面についてるライトをつける。


 あっそっか。なるほど。私もそうしよう。ケータイをポケットから取り出す。えぇっと……これでよしっと。


 私がつくのを待っててくれた先生は「じゃ行こうか」と歩みを再開した。


 まず正面にある階段を上がっていき、目的階の3階に着いたら左手方向に歩いていく。幾つか教室を過ぎた先にある外廊下を越えて、1番奥にある部屋が目的の部屋、つまり女子更衣室だ。

 だから、職員室前を通らなきゃいけないから壁沿いを体勢を低くしてっていうのはあるけど、同じく玄関正面にある階段を上がっていけば更衣室近くにまで一気に辿り着ける、学生玄関から入ろうと考えてた。まあ、普段使い慣れてるっていうのもそうだけどね。まあ入れなかったんじゃ意味ないんだけどね……

 それに更衣室のすぐ側にも階段があるから、別ルートに1階の廊下を歩いて、その階段まで行き、上がっていくという方法もあるけど、それだと職員室前の廊下を通らないといけない。もし人がいたら鉢合わせる可能性もあるし、職員室前の廊下って古いからか歩くとギシギシ音がなっちゃうから、今回はやめておいた——っていうのはまあ言わなくていっか。


 そういえば……


 「先生」私は階段を上がりながら横を向く。


「ん?」


「カメラってどうしたんですか?」


「電源切った状態で戻しておいた」


 「えっ、戻したんですか?」てっきりどっかに隠し持ってるもんだと思ってた私は驚きの声を小さくあげる。


 2階を過ぎる。上の方にある窓から光が漏れて、段差を軽く照らしてくれるから、こけずに登れる。


「気付かれてないって相手に油断させるためにね」


 「でも……」と言葉をつまらせると、先生は「水橋さんの言いたいことは分かる」と続けた。


「だけどよく考えてみて。犯人はいつ出るか分からない。仮に私たちが行く前にもう更衣室に犯人がいたら、どうする? それで無いと分かったら、バレたと思うはず。犯人は怖くなってもう仕掛けないかもしれない。そしたら、私たちはお手上げ。今、犯人に繋がる唯一の証拠はあのカメラと中に入った映像だけなんだから」


 そっか……


 階段を上りきり、3階に到着。ここを右手方向に進んでいくと今日の昼間に、先生とこの盗撮について話をした科学準備室や物理・地学実験室、化学・生物実験室がある。授業の時はもちろん、部活動でも使っている。確か科学研究会って名前だったような気がする。地味な部活だからイマイチよく覚えていない。


 先生の「で、こっちを」に続けて、私は「左です」と指を差して教える。


 ここをまっすぐ進んだ先には外廊下があり、その前には開けるのに少し力のいる重いガラス張りの扉がある。そこから光が差し込んでいるが、そこまでの道のりは長く、すぐ目の前はかなり暗かった。階段のところとは全く別の場所のような、同じ空間に位置しているとは思えないような暗さが。


 数歩歩いていくと、扉のすりガラス越しに見える赤を基調とした綺麗な模様が見えた。私はケータイを少し斜め上にし、ライトを当てる。“茶道室”と書かれていた。

 思い出した。確か、ここ体験入部でどこにしようかって友達と1度来たことがある。あぁ、お抹茶と和菓子は美味しかったな……


 そのまま50メートル弱ぐらいの暗い廊下をケータイのライト頼りに、また少し怖がりながら歩いていくと校舎の端、つまり重いガラス張りの扉の前に着く。そのまま、外廊下の扉を開けようと、少し膝を折り曲げる先生。


「あれ?」


「どうしたんですか?」


「開いてる」


 見ると確かに、室内側についてる鍵が横になっていた。閉まる時は縦になるタイプの


 「閉め忘れですかね」と言いつつも、「いくら3階といえど不用心過ぎじゃない?」と自己否定する私。閉め忘れというよりかは閉めたのを開けた。つまり——「もう来てたりして」先生が私の考えを繋ぐように言葉にした。一瞬体が固まる。ピンと張ったように手の先が伸びる。


 「とりあえず、行ってみよう」先生は扉を開けてくれた。私は促され、先に外に出る。そこまで強く風は吹いていないけど、12月だから少しでも吹けば体が小刻みに震えるぐらい寒い。

 歩みを進める。扉に手をかけると、先生が「待って」と止める。私は振り返る。風で金色の髪がなびき、前髪を少し払いながらポケットから鍵を取り出した。


「これなきゃ開かないから」


 あぁそっか。ついうっかり。

 私は扉の前からどく。先生はまたしても膝を曲げてドアノブに鍵を差し込む。砂同士を強く擦るような音が聞こえる。音が立たぬようゆっくり回す。軽くガチャリと音はなったけど多分大丈夫。そのまま、先生はドアノブを回して開けた。

 開けてくれたことに少し申し訳なくなりながら、私はそそそそと中に入る。ゆっくりと別に暖房があるわけじゃないけど、風を浴びてない分、とても暖かく感じた。で、今度は私が扉を支えて、先生を中に。入ったのを確認して、ゆっくり音が立たぬよう閉めた。


 教室の上に小さく突き出るようにして白い板に“女子更衣室“”と書かれている。その文字を見たことで今までよりも足音を立てぬように注意しながら距離を縮めていく。ゆっくりゆっくり。一歩一歩。

 見る限り、明かりはついてないみたいだ。更衣室だから、長方形の普通の教室にある少し高い位置にある窓や地面にある窓はない。だけど、明かりをついているかどうかは、隙間から僅かに漏れる光でなんとなくは分かる。


「先生、います——」


 そんな私に言葉を遮るように先生は口元に人差し指を持ってくる。えっ?——と、思わず声が出そうになるが、なんとかして嚙み殺す。


 先生は私を見ながら斜め左前を指す。

 そこは、階段。更衣室と外階段の間にあり、学生玄関から繋がっている階段だ。


「あそこに一旦隠れよう」


 先生の提案に私は頷き、2人で腰を落とし忍び足のまま向かい、壁際に隠れた。


 そこから、様子を伺う先生。私は気になり、「どうしたんですか?」と限りなく小さな声で訊ねた。先生は私の目を見て、人差し指で耳をトントンと叩いた。聞いてみろ、ということなのだろうか。とりあえず、目を閉じ耳を澄ましてみた。


 ……あっ! 音がする。ガサゴソと何かを触る音が更衣室の中から聞こえる。


 この音……心当たりがあった。ダンボールだ。カメラが置いてあったダンボールを動かしてるに違いない。


 もし怪しまなければ明かりをつければいいだけの話。なのに、それをしていない。


 さっき扉が開いていたことも考えると、中にいる人の答えは1つしかない。


 つまり、今、犯人は中にいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る